2006年12月

若宮啓文氏が朝日新聞12月25日付朝刊の「風考計」というコラムで、また情緒だけで論理のかけらもない長文を書いています。

その内容を概括すれば、とにかく自分が他者を攻撃する言論は正当だが、その攻撃を受けた側が反論をすると、それはテロや軍国主義とかかわる危険な脅しになる、というのです。自分たちと異なる意見はみな戦前の戦争や侵略を支持し、それらを再現させようとする動きであるかのように断じるのです。
論敵をテロや侵略と結びつける点は「悪魔化」だといえます。英語だとdemonization, つまり同じ民主主義の土俵で民主主義の政策論争をしている相手を軍国主義者扱い、あるいはテロ信奉者扱いするという「悪魔化」なのです。

見出しは「言論の覚悟」「ナショナリズムの道具ではない」となっています。自分の言論に反論してくる言論は「ナショナリズムの道具」だから、けしからんというのです。
 
原文を随時、引用しながら、上記の特徴を具体的に指摘しましょう。『』の中は若宮氏の文章です。

[情緒べたべた、論理欠落]

『「キミには愛国心がないね」 学校の先生にそう叱られて、落第する夢を見た』
『夢でよかったが、世が世なら落第どころか逮捕もされていただろう』
『このコラムで「いっそのこと島(竹島)を韓国に譲ってしまったら、と夢想する」と書いた』

若宮氏は今回のコラムも自分が睡眠中にみたと称する夢の内容の紹介で始めています。竹島を韓国に譲れという以前の主張も、自分がみた夢だというのでした。

国の外交や主権のあり方を論じている新聞評論を筆者が眠っているときにみた夢を基点にするとは、なんと閉塞的、なんと情緒的な態度でしょう。
この夢では自分が首相の靖国参拝や自衛隊のイラク派遣に反対したから、学校の先生に懲罰を受けた、というのです。そして「世が世なら」その言論での反対のために、自分が逮捕されただろう、というのです。
大新聞の論説主幹の思考としては、あまりに幼稚ですね。

個々人が睡眠中にみた夢の内容にどんな客観的な意味があるのでしょうか。自分が眠ったときの夢が他人や社会、国家に意味があるというのなら、これはなんとも傲岸不遜な認識です。夢でみたことを他人に伝えて、公的な主張の土台にするという発想は、ただただ自分の情緒をべたべたと広げて、論理のない独善の感情を表明しようという構えにすぎません。

[時代錯誤 いまの民主主義否定]

若宮氏はさらに書きます。
『「戦争絶滅受合法案」というのを聞いたことがあるだろうか』
『長谷川如是閑がこの法案を雑誌「我等」で書いたのは1929年のこと』
『それより11年前、日本のシベリア出兵や米騒動をめぐって寺内正毅内閣と激しく対決した大阪朝日新聞はしばしば「発売禁止」の処分を受けた』
『満洲へ中国へと領土的野心を広げていく日本を戒め、「一切を棄つるの覚悟」を求め続けた石橋湛山の主張は、あの時代、「どこの国の新聞か」といわれた。だがどちらが正しかったか』

以上、若宮氏は今回のコラムでも、他の評論でも、とにかく戦前の日本の出来事を材料に使い続けます。いまの日本の政権やその支持派が軍国主義時代の政府や軍部と同じであるかのように虚像を描くのです。
首相の靖国参拝、防衛庁の「省」昇格、イラクへの自衛隊派遣など、若宮氏が反対する日本の動きはみな戦前の軍国主義への道であるかのように、断じるのです。
現在の堅固な日本の民主主義の否定ですね。国民多数の意思で選ばれた民主主義政府が民主主義的な手順で実行する政策も「シベリア出兵」や「満洲への領土的野心」と同列におくのです。いまの日本国民へのこれほどの侮辱もないでしょう。
意図的な「時代錯誤」とでもいいましょうか。

防衛庁が省になることが、なぜ「中国への領土的野心」などと結びつくのか、若宮氏は現代の民主国家・日本の枠内での論理的な説明はまったく示しません。
「キャンディを一つでもなめると、糖尿病になって死ぬぞ」と他人を脅すのと同程度の論理性です。

[存在しない悪魔を創り出す論敵の悪魔化]

若宮氏はいまの日本には悪魔が跳梁するように書きます。

『現代の世界でも「発禁」や「ジャーナリスト殺害」のニュースが珍しくない。しかし、では日本の言論はいま本当に自由なのか。そこには怪しい現実も横たわる』
『靖国参拝に反対した経済人や天皇発言を報じた新聞社が、火炎ビンで脅かされる。加藤紘一氏に至っては実家が放火されてしまった。言論の風圧をねらう卑劣な脅しである。気に入らない言論に、一方的な非難や罵詈雑言を浴びせる風潮もある。つい発言を控える人々は少なくない。この国にも言論の「不自由」は漂っている』

火炎ビンでの脅しとか放火というのは犯罪行為です。首相の靖国参拝への賛成を表明する側も厳しく非難する卑劣な行為です。しかし若宮氏はいかにも靖国擁護派や自衛隊イラク派遣賛成派が、この脅しやテロの実行犯と同類であるかのように示唆します。これまた論敵の「悪魔化」です。

犯罪には右も左もありません。逆に右も左もあるといえます。同じテロというのなら、近年の日本では右翼よりも左翼の犯罪行為の方がずっと悪質で狂暴で残忍です。若宮氏はしかし「左翼のテロ」には触れません。

[やはり日本という概念がお嫌い]

若宮氏は日本の国家とか国益とか、とにかく日本側のナショナルという概念を斥け、薄め、暗く悪く描きます。今回のコラムに限られない特徴です。
今回はとくに竹島を韓国に進呈すべきだという「夢」を改めて述べて、次のように書いていました。

『--「砂の一粒まで絶対に譲れないのが領土主権というもの」などと言われると疑問がわく。では100年ほど前、力ずくで日本に併合された韓国の主権はどうなのか。小さな無人島と違い、一つの国がのみ込まれた主権の問題はどうなのか』

日本は韓国を併合したのだから、竹島を韓国に占拠されても文句を言うな、と述べているのです。日本の韓国併合がまったくの違法な「力ずく」だったのか。たとえそうでも、若宮氏のここでの主張は、100年前に不当な行動をとった国は、その相手からなにをされても未来永劫に受け入れねばならない、と述べていることになります。
日本は韓国を併合しても、それを返還しました。それでも韓国は永遠に日本の主権を踏みにじり続けてよいのだ、というこの屁理屈こそが若宮コラムの真髄でもあるようです。
こうした屁理屈には、日本側の立場や利害に立脚して、国際情勢を考えるという思いはツユほども感じられません。
「日本」という概念が好きではない、と思わざるをえません。

若宮氏はいまの日本には存在しない軍国主義とか全体主義など戦前の事例を持ち出さずには、自分たちの主張の正当性を語れないようなのです。民主主義の基盤を十分に尊重して持論を述べる論敵たちに対しても、その相手をテロや侵略と結びつけて悪魔化しないと、自分たちの主張をうまく展開できない、というふうなのです。

若宮さん、どうですか。たまには日本のいまの民主主義を認めて、いまの民主主義体制内での政策論を展開してみたら。








 新しい本を出しました。
PHP研究所からの刊行です。
内容は、中国とは日本にとってなんなのか、パートナーなのか、脅威なのか、という命題です。

目次をまず紹介します。
序章 安倍訪中と日米中関係ーー日米同盟や揺らがない
第一章 靖国問題の虚妄ーー目的ではなく手段である
第二章 東シナ海での日中激突の危険ーー中国に有利に  
      動いている
第三章 中国発・アメリカ利用の反日圧力ーー「実」と「虚」   
      を取りまぜる
第四章 日本の対中国失策ーー日本の対中政策はゆがん   
      でいた
第五章 アメリカの対中認識が教える現実ーーアメリカも   
      中国と対峙する
第六章 米中間の亀裂ーー米中両国はせめぎあう
第七章 中国内部の現実ーー対中ビジネスのリスクとは何  
      か
以下はこの書『日本に挑む中国』の「まえがき」です。
この書の趣旨を「まえがき」に記したつもりです。

           まえがき

中国というのは日本にとってきわめて重要ではあるが、なんとも厄介な存在である。貴重な経済パートナーであると同時に、「いまそこにある危機」でもあるのだ。この書は日本という基本的立場を踏まえたうえで、その中国にさまざまな角度から光をあてることに努めた報告である。具体的には中国のわが日本に対する政策の虚実、逆に日本の中国に対する姿勢の振幅、超大国アメリカと中国とのせめぎあいのうねり、さらには中国内部での現実の明暗などについて報告し、論評した。

そうした作業を通じて中国とは日本にとってなんなのかを、少しでも鮮明にすることが本書の目的だともいえるだろう。

私はいまはワシントンを拠点とし、中国をみるにもアメリカの情報や考察がまず入り口となる場合が多いが、日本にもどる機会も少なくないから、日本の対中認識や対中姿勢にも直接に触れてきた。中国にも二年間、住んだ経験がある。その二年はもちろん中国の動きを報道することが日常の任務だった。自画自賛にひびくかもしれないが、アメリカ、日本、中国にそれぞれ拠点をおいてきた経歴は中国を多角的にみて、考えるという作業には有益だと思う。

 

 中国は日本にとって、機会なのか、パートナーなのか、危機、あるいは危険なのか、脅威なのか、友邦なのか、宿敵なのか――

 こうした問いかけは当然、中華人民共和国という存在がいまの国際社会にとって、あるいは現代の世界にとって、なにを意味するのか、という設問にも直結している。また超大国アメリカにとって、中国はいかなる存在なのか、という問いとも表裏一体となっている。 

 当然ながら中国の持つ意味は世界にとっても、わが日本にとっても、単純な標語で規定するには、あまりに多層であり、複雑である。だからこそ中国を読み解く作業も多層かつ複雑な観測が欠かせない。

日本からの日中関係を踏まえての中国読解はもちろん最重要だろう。日本の同盟国であり、唯一のスーパーパワーとされるアメリカの中国観も大きな指針となる。中国内部で起きていることの情報や分析も不可欠である。こうした多様な視角からの考察があってこそ初めて中国という存在の実像が手ごたえのある感じで屹立してくるのだといえよう。この書で試みたのも、そうしたアプローチである。

 

 二〇〇六年十月二十六日に新首相に選出された安倍晋三氏は就任後まもなく、まず最初の訪問国として中国に出向いた。この事実は、中国が日本に対して発揮する独特の重みを象徴していた。だが安倍首相の訪中は同時に中国が日本に突きつける数々の課題の難しさをも明示していた。

 中国も日本も互いにとって超重要な隣国同士である。「日中友好」という年来のスローガンが明示するように、両国が補完しあい、協力しあい、交流しあい、という緊密な関係を保たねばならない現実の要請は明白である。 

現に中国は日本にとって貿易の相手としては最大となった。中国にとっても日本からの投資は経済の高度成長に欠かせない主要因だろう。経済面に限らず、両国間の人的な交流も拡大する一方である。

安保や外交でも北朝鮮の核兵器開発への対応の実例のように、日本にとって中国の協力を必要とするケースが少なくない。おそらく中国と日本の両方にとって、大量破壊兵器をもてあそんでの北朝鮮によるこれ以上の冒険主義的言動を抑えることも、共通の利益であろう。国連でも安保理の常任理事国として拒否権を握る中国は日本の国連外交で正面からの敵にはなかなか回し難い強力な存在である。

しかしその一方、日本と中国との間には、どうにも避け難い対立案件もある。目をそらせないギャップや断層がある。相手への善意や友好をあえて抑制せずに、自然体に構えていても、なお双方の立場がぶつかってしまうという領域が厳存するのである。

もっともわかりやすい対立案件は領土問題だろう。日本固有の領土の尖閣諸島を中国は自国領だと主張する。東シナ海での排他的経済水域(EEZ)の線引きの対立では、ガス田資源開発という枢要の国家利害がぶつかりあう。その摩擦はいまや中国側の攻撃性さえ感じさせる日本領海侵入などで軍事衝突の危険さえ生むようになった。

日中両国のそうした対立の背後には、政治の体制や価値観の巨大なギャップがある。簡単にいえば、日本は複数政党の競合を前提とする民主主義であり、個人の自由や権利を尊重する。中国は共産党の独裁体制を不変とし、個人の自由や権利も大幅に制限している。

こうした政治面でのコントラストは安倍新政権が対外政策で民主主義という価値観をこれまでになく明確に主張し、実際の政策に盛り込む姿勢をみせる現状では、さらに大きな意味あいを持つだろう。

日中両国間では安全保障上のゼロサム的な対立も巨大である。日本がアメリカとの同盟強化という形でアジア地域の安保面での役割を拡大すれば、中国側ではそれだけ自国の安保上の利害が削られるような認識からの反発が起きる。

中国が史上でも稀なペースでの軍拡を続け、台湾攻撃能力を強め、さらには東アジアでの覇権の樹立をも目指しかねない軍事姿勢をみせるとき、日本もアメリカとの連携を強め、台湾海峡の平和と安定への懸念をはっきりと表明し、日米共同のミサイル防衛網の構築を決めるにいたった。

中国側が現状変更を求めて、最初にとった軍事増強策がそもそもの対立の原因ではあっても、いったん始まった摩擦は仕掛け役がどちらかなど問題にはならない形で過熱しがちとなる。

日中両国間では地政学的に不可避な対立さえ影を広げてきた。同じ地域に二つの同じようにパワーフルな主権国家が存在すれば、必然的にその両国が競合し、対立していくという国際政治の古くて新しい現実である。日本が二〇〇五年春、国連安全保障理事会の常任理事国入りを真剣に目指したとき、中国がものすごい勢いで反対の動きをとったのが、その典型的な実例だった。

日中両国間にはさらに歴史問題なる案件をめぐる対立もある。ここ数年、両国間の摩擦の主題とまで映るようになった靖国問題もその一環といえるだろう。

日本では首相が、あるいは他の一般国民が靖国神社に参拝するか否かは、小泉純一郎前首相が「心の問題」と評したように、戦没者への追悼をどうするかという内向きの命題である。国家にとっては内部の問題、個人にとっては心情の問題である。信仰や礼拝、あるいは精神の問題だともいえる。いずれの場合も日本国としての対外政策や対中政策とは関係がない。

ところが中国はその靖国問題をうまく外交案件にすることに成功してしまった。首相の靖国参拝の是非を対日戦略の人質にとり、外交カードにして、日本側を揺さぶってきた。中国側は日本の現在の首相も、次期の首相も靖国参拝中止を言明しない限り、日中首脳会談には応じないとまで断言してきた。

しかも中国側は日本人の靖国参拝一般を「拝鬼」と呼び、首相ら政治指導者の参拝は「侵略戦争の美化」とか「軍国主義の復活」と断罪する。小泉前首相が参拝のたびに「平和への祈り」や「不戦の誓い」を強調し、A級戦犯の行動を非難することなど、中国側はまったく無視してしまう。日本側で首相の靖国参拝に反対する親中派・媚中派からみても、誤解であり、曲解だろう。

だがそれでも近年の日中関係では中国側の「靖国カード」によって、日本側は翻弄され、たじたじとなってきた。

 

本書では以上のような日中の対立の領域にとくに力点をおいて、第三者であるアメリカの視点も含めながら、中国側の現実や真意を照らし出すことに努めた。そのうえで中国が最近、勢力拡大の活動をグローバルな次元へと広げ、日中関係での一進一退をはるかに超えて、超大国アメリカともせめぎあいを始めたことを報告した。

米中関係の新しい展開では当然、アメリカが中国をどうみるかも焦点となる。日本から、あるいは日中関係からみただけではわからない中国の実像がアメリカを含めての三角測量で、ちょっとでも明確に浮かびあがればと期待した次第である。

 

この本の執筆や編集にあたってはPHP研究所の安藤卓氏、中澤直樹氏、横田紀彦氏らのご指導が貴重だった。実際の本づくりの作業では同研究所の豊田絵美子氏にお世話になった。各氏に感謝の意を述べたい。

 

二〇〇六年十一月

            古森義久

 

 

 

 

 






ニューヨーク・タイムズのオオニシ・ノリミツ東京支局長が日本の拉致問題解決への努力をゆがめて誹謗する記事を書いたことに対し、「家族会」「救う会」側の代表の形で増元照明氏がさっそく抗議の一文を書きました。
重要な一文なので、私のサイトでも紹介させていただきます。

以下は増元氏の書いた一文です。

2006.12.20

「強く抗議する!」

 ニューヨークタイムズ(17日付)が、「北朝鮮による拉致問
題」が右翼勢力によってあおられているという記事を書いた。
書いたのは東京支局長のノリミツ・オオニシという方のようで
ある。

 「日本政府や拉致被害者の家族らが進める「北朝鮮人権週間」に右翼組織のメンバーが関与していると指摘。拉致問題への理解を訴えたポスターの図柄なども引き合いに出し、北朝鮮への危機感をいたずらにあおる内容だと批判した。
さらに「日本の国外では拉致などとっくの昔に言いふるされた」問題と指摘。日本国内では「民族派の政治家や
グループ」の画策でなお連日ニュースで取り上げられているとし、「拉致問題が憲法改正や学校教育での愛国心育成と同じ“右翼好み”の課題になっている」との見方を示した。記事は、拉致問題をめぐる「より穏健な声」が右翼勢力によって暴力的に封じられているとする一方で、安倍首相は支持率がかげると「政治的な生き残りのため、拉致問題にしがみつくことになるだろう」

 「北朝鮮人権週間」に右翼組織のメンバーが関与しているという部分は、どのような取材の下にかかれたものであろうか?
是では、まるで家族会が「右翼組織」に操られたものとの誤解を受ける。家族を取り戻そうと必死で動く私たちは、確かに素人同然であるが支援者の人々を「右翼」呼ばわりはないだろう。私たちは、この運動を右翼も左翼もなく、日本人として皆に理解して協力を仰いでいる。
左翼系の人々が、協力をしてくれるのであれば、喜んでお受けするつもりでいるのであるが、その方々は、一向に協力してくれることはなく、あまつさえ邪魔をしようとしている。社民党のホームページに2002年10月まで「拉致はでっち上げ」という北川氏の論文を載せていたことでもわかる。今でも、「拉致被害者の救出」を言うのではなく、この記事に書かれているように「拉致などとっくの昔に言い古された問題」として、北朝鮮擁護に走っているではないか?
 それにしても、「拉致被害者」を見捨てるような発言をして
いることに腹立たしささえ覚える。彼の意識の中では、「めぐ
みさんの骨と称してきたもの」も本物であり、北朝鮮の脱北者の証言も嘘なのであろう。
でも、彼らが信じなかった「北朝鮮による拉致」は事実であったし、脱北者の証言の信憑性は疑う余地はない。彼らの無節操な言動の影で多くの北朝鮮人民が命の危険に晒されている。本当に人として、この事態を指をくわえて見ているつもりなのか?
 この記事では、「RENK」の李英和さんも「守る会」の山田さん、三浦小太郎さん、「難民救援基金」の加藤さんや野口さんさえ、右翼と断じているように見える。彼らが、右翼の人間でないことは多くの人々が知っている。にもかかわらず、このような記事で「日本発」の誤ったメッセージを世界に配信すると言うことは、拉致被害者の救出のためには、何等助けにならない。
かれの言う「より穏健な声」が多くの人民を見捨てる行為であることを、彼は今後「北朝鮮政権が崩壊」し、事実が明らかになった時にどのように責任を取るつもりなのか?
土井元社民党党首のように「間違えていました」ではすまないように思うのだが?
 彼らの主張を受け入れるわけにはいかない!
 私たちは、家族を忘れることはないし、金正日を許すことは出来ない!
そして、人民の敵を支援するイデオロギーに凝り固まった人々を許すことは出来ない!




ニューヨーク・タイムズ東京支局長ノリミツ・オオニシ記者が月日付同紙に「日本の右翼が北朝鮮拉致への怒りを煽る」という見出しの東京発の記事を載せています。
その要旨は記事の中の以下の記述に総括されている感じがします。

「(北朝鮮による日本国民の)拉致問題というのは、北朝鮮指導者の金正日氏が4年前に、その犯罪が起きたことを認め、拉致された生存者5人を日本に返したあとは、日本の外では、もうずっと以前に終わってしまったと言える。しかし日本国内では拉致問題はまだ民族主義的な政治家や組織によって彼らの念願の目標である消極平和主義の憲法の破棄や愛国心や道徳の学校教育への導入と同じように、連打されることによって、なお燃えさかる問題として、保たれている」

つまり拉致問題はもう本来は終わったのに、日本国内ではナショナリストたちにより改憲などの政治目的のために、政治的、人工的に利用され、煽られている、というのです。
オオニシ記者の記事は長文で、拉致の解決を求める団体や政治家はみな「右翼」だと断じて、拉致解決の運動もみな反北朝鮮の政治活動だとも断じています。日本国民多数の生命を憂う日本国民の人道的な懸念を一切、認めず、みな「右翼の政治活動」と片づけるのです。
もしアメリカ人やカナダ人の若い男女がキューバ政府工作員に拉致され、消息不明となっていたら、どうでしょうか。アメリカは国家を総動員して、その救出に全力を投入するでしょう。
アメリカ政府は朝鮮戦争でも、ベトナム戦争でも行方不明となった自国の将兵の捜索や消息の探索には、他の外交案件すべてを凍結しても、必死になって、取り組んできました。死亡が確認するまでは生存という扱いで、対処するのです。
であるのに、オオニシ記者は日本国民に同胞の安否を気遣うことさえ、認めず、その気遣いを「右翼の政治的操作」と決めつけるのです。日本国民への誹謗のようにも響きます。アメリカ人やカナダ人なら当然することを日本人がすると、「右翼の政治活動」と断じるのですから、民族や人種への偏見までも感じさせます。

なおこの問題記事の概要は20日付けの産経新聞朝刊にも山本秀也記者の記事として掲載されています。

日本人にとっての国際化とはなんなのか。
最近はあまり正面から語られなくなった命題です。
でも日本から外国に出る人は増えています。逆に外国から日本へ入ってくる人間や事物も増えています。日本人にとって、非日本の文化や事物、人間との調和をより真剣に考えざるをえないことは現実でしょう。
私のようにアメリカに在勤し、日本への報道をしていると、日本とアメリカ両方の文化や価値観には常に同時にさらされます。だから日本人の国際化とはなにか、などと考える頻度も高いわけです。

もっとも「国際化」という言葉にも落とし穴があります。日本の外に広がる国際社会とはいっても、実際に存在するのは韓国であり、中国であり、アメリカであり、他の国家のわけです。地球上、人間の住むどんな場所も「国際」という空間はなく、どこかの国家に所属するわけです。
それでも諸国家をまとめての多国という意味の「国際」という概念は存在します。でも個々の日本人が日本以外の主体との調和を考える場合は、その対象は日本とは別の国家であり、その国家に帰属する社会や人間、ということになるでしょう。

前置きが長くなりました。
要するに外国にいる日本人にとっては「国際化」よりも、その目の前、周りの国の社会や人間との調和が最大課題だということです。
その意味でアメリカにいる日本人がアメリカ社会にどこまで溶け込むか、をよく考えさせられます。日本の企業から派遣され、日本人の家族と住み、という人たちのアメリカ社会への溶け込み度と、日本の組織に所属せずにアメリカに住み、働き、家族もアメリカ人というケースとでは、当然、その溶け込み度合いが異なってきます。

さてそこで話題がまた柔道となって恐縮なのですが、12月2日にアメリカとカナダで30年、40年と柔道の指導をする日本人の方々と顔を合わせて、おもしろい「アメリカ化」の現象を発見しました。
加藤良三駐米大使が日本人の北米柔道指導者たちの業績に感謝する集いをワシントンの大使公邸で開いたのです。
その際、アメリカ、カナダの各地から22人に柔道師範たちが集まりました。ほとんどが日大、明大、慶應、早稲田、中央など主要大学の柔道部でかつて活躍した名選手、強豪選手たちで、1960年代、あるいは70年代から北米に定住して、柔道指導にあたってきた人たちです。
この人たちは日本の柔道を教えながら、日本とは最も遠い距離に立ち、アメリカやカナダの社会に密着している、あるいは没入している、つまり「アメリカ化」「カナダ化」の度合いが日本企業駐在員や日本外交官らより、ずっと高いことを知らされました。
日本の組織とは縁がなく、日本語を話すことは少なく、配偶者もアメリカ人、あるいはカナダ人、という人たちが大多数でした。
その人たちについて書いた私の記事が以下の紹介です。


【緯度経度】ワシントン 古森義久 北米柔道指導者の風雪  

 昔の柔道試合の展開がなまなましく浮かびあがった。激しく動く相手がこちらの柔道着をがっちりとつかんだまま、捨て身になって、足元に飛び込んでくるのだ。そして下から片足を私の腹に当てて、勢いよく跳ねあげる。自分の体がすうっと宙に浮き、半回転して、横倒しに畳に落ちる。そのときの「しまった」という嫌な感じまで、つい思いだした。

 12月はじめ、加藤良三駐米大使が日本人の北米柔道指導者たちを招いて催した夕食会でのことだった。ワシントンの大使公邸でのその集いで日大柔道部出身の柴田錬蔵氏に再会した。

 1964年5月の全米柔道選手権大会の軽中量級準決勝で私は柴田氏と対戦し、巴(ともえ)投げで倒されたのだった。私の留学中、ニューヨークの万博会場の巨大な屋内スタジアムでの大会だった。慰めは試合時間いっぱい闘って、判定負に持ち込んだことと、その柴田氏がその級の全米チャンピオンとなったことだった。

 柴田氏も42年ぶりの再会を喜んでくれた。名刺をみると、「柔道師範7段」とあった。詳しく聞くと、60年代以降ずっと米国西海岸で柔道を続け、海兵隊の正規の師範を務めたほか、フジモリ大統領に招かれ、ペルーでも指導にあたったという。その結果、弟子からは米国の五輪選手が3人も出たとのことだった。

 柴田氏は柔道指導だけでは収入が少なく、生活に苦労したことまで率直に打ち明けた。母校の推薦でロサンゼルス地区クラブの師範として渡米したものの、給料が少なく、他の仕事を自分で探し、なんとか柔道を一貫して続けたという。

 同じ苦労は国士舘大学出身の小笠原長泰氏も語っていた。いまでは東部のニュージャージー州で自分の道場を開く同氏も67年に渡米してから昼間は建築事務所で製図を描き、夜は柔道を教えるという二重勤務を長年、強いられた。ちなみに小笠原氏は9・11テロでの“第四の旅客機”乗っ取り犯に立ち向かった米国青年の師範だった。

 加藤大使は北米各地に定住してきたこれら柔道指導者たちを日本政府代表としては初めて3年前に慰労したが、今回さらに輪を広げ、22人を招いての宴となった。同大使は「柔道指導を通じての米国、カナダとの友好や理解の促進に感謝します」と謝辞を述べた。

 米国とカナダの公式登録の柔道人口は合計7万ほどだが、米国柔道連盟幹事タッド・ノルス氏の言明では実際に練習をしているのは米国だけでもゆうに10万を超えるという。この両国での近年の柔道の広がりは50年代から70年代にかけ日本からやってきた学生柔道の元名選手らの指導によるところ大だった。

 日本で生まれ育った柔道の外国への普及は間違いなく日本の文化や価値観の対外発信にもつながるのだが、ふしぎと日本側でこれら日本人指導者たちの労苦が認知されることは少なかった。海外での日本語教授、華道や茶道の指導、さらにはビジネスがらみの技術指導などが日本政府機関からも認められ、支援されるのに対し、北米での柔道は日本代表の形の人たちが指導に献身しても、日本側からはほとんど無視されてきた。

 柴田氏や小笠原氏のように長年、柔道指導だけでは生活が苦しすぎたというのも、そんな現実と無関係ではないだろう。もっとも母国を離れ、北米で柔の道を歩むのも、個人が決めた選択である。だから個人で苦労するのも当然ともいえようが、指導者たちの話を聞くと、それぞれが日本からは最も離れた環境で自分ひとりの技や力だけに頼り、武者修行同然の幾多のチャレンジを経て、地歩を築いた辛苦の風雪の物語である。

 大使の招宴にカナダから参加した中央大学出身の中村浩之氏はモントリオールで450人の門弟を抱える「志道館」道場を経営するだけでなく、カナダ政府から財政支援を得る全国柔道訓練センターの首席コーチでもある。だが68年に当時、勤めていた博報堂を退職し、移民としてカナダに渡った中村氏も、母校からも講道館からも、まして日本政府機関からも支援は皆無、まったくの単身でカナダでの柔道活動をゼロから始めた。小兵ながら日本の学生柔道でも最高レベルだった技量で各地の道場で実力を示し、指導権を確立するまでには負傷の挫折もあり、限りない労苦があったようだ。

 いまではカナダ柔道の名実ともに頂点に立った中村氏は「日本の柔道を必死で広めた結果、皮肉にも日本とはすっかり縁遠くなりました」と苦笑する。日本の事物の対外発信とか国際化の究極は意外にもこうした形をとるのかもしれない、と実感させる述懐だった。(ワシントン 古森義久)

産経新聞12月16日朝刊「緯度経度」から


 

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