2006年12月

日中関係はいまどうなっているのか。こんごどうなるのか。

一種の凪が訪れたような日中関係はいま論評の対象となることが少なくなりました。いうまでもなく安倍訪中と中国側の「靖国」攻撃の中断で、当面の対立が消えたことが原因です。
「対立」が表面ではみえなくなったのも、本来、中国が「靖国」を人工的、政治的に加工し、拡大して、日本側に突きつけていた不自然な状態がひとまず薄まった、というだけという側面があります。
しかし「靖国」では、中国側は安倍首相がもう参拝はしないと示唆したように解釈しています。安倍首相は周知のように、参拝しないとはまったく言明していません。曖昧にするというだけです。でももしかすると、参拝をしても、その事実を認めないという対応もあるかもしれません。そうなると、事実上、日本の首相は靖国には参拝していないことに等しくなります。
さあ、安倍首相は靖国神社に参拝するのか、どうか。
このへんの問題を考えるために、アメリカが安倍訪中や日中関係をどうみているのかを報告しましょう。
アメリカ側では、安倍訪中による日中関係の改善を歓迎しながらも、中国側が安倍首相から「靖国参拝をしない」というメッセージを得たとみなしていることが将来、日本側を不利にする、という解釈もあるのです。

以下は私が総合雑誌VOICE最近号に書いた論文の抜粋です。


安倍晋三新首相の中国訪問をアメリカはどうみたのか。

もっともアメリカといっても多様である。その上で総括を述べるならば、表面はあくまで歓迎だが、水面下では、深刻な懸念も表明された。明と暗とが交錯した複雑だが、明のほうがずっと顕著だともいえる。

 

ブッシュ政権は安倍訪中の展望が確実となった十月四日、この動きを歓迎するという大統領の異例の声明を発表した。

「ブッシュ大統領は安倍晋三首相の中国訪問と韓国訪問の計画に元気づけられた。アメリカは東アジアでの最重要な同盟国の日本と韓国との緊密な協力に最大の比重をおく。日韓の二国間のより強いきずなは米日韓三国間の協力をより緊密にし、民主主義と自由という共通の価値観に基づく相互のパートナーシップを強化する。中国との協力はアジアでわれわれが直面する共通のチャレンジに対処するうえで致命的に重要である」

中国と韓国との間で「同盟国」とか「民主主義」「自由」というキーワードによって明確な差をつける点は、いかにも同盟をいつも重視するブッシュ政権らしい。だから安倍新首相がアメリカより先に中国を訪問したところで、アメリカ側の日本の新政権への信頼や期待が揺らぐことはないといえよう。

  アメリカの専門家の間でも、東アジア担当の国家情報官としてクリントン、ブッシュ両政権に務めた中国問題専門家のロバート・サター・ジョージタウン大学教授は中国側の譲歩に光をあてて、安倍訪中を評価する。

 「中国政府が『日本の首相が靖国参拝の停止を事前に言明してこそ初めて日中首脳会談に応じる』としていた前提条件を引っ込めて、安倍首相の訪問に応じたことはやはり中国側の譲歩とか軟化としてとらえるべきでしょう。中国当局は日本の首相の靖国参拝中止と日中首脳会談開催を直接にリンクさせる対立的な要求を明らかにすることでみずからを傷つけたともいえます。こうした強硬で高圧的な対日姿勢のためにアジアで孤立する方向に進んでいたのです。その硬直した姿勢からの脱却が今回の日中首脳会談の開催と安倍首相の訪中の歓迎だったといえます」

 サター教授は安倍首相への礼賛も惜しまない。

「安倍首相は今回の訪中ですでに偉大な政治家という印象を生んだといえます。象徴的な中心課題となってしまった靖国参拝について、曖昧なままにするという新しい手法で妥協点を見出したわけですが、参拝の中止は一言もほのめかさず、日本側の自主性を保ちました。ただ中国側の解釈は異なるでしょうから、将来、靖国がまた摩擦や対立の原因になる可能性はあるわけです」

 

アメリカ議会の中国関連の政策諮問機関「米中経済安保調査委員会」のラリー・ウォーツェル委員長も今回の安倍訪中に関してはまず「中国側の後退」を指摘した。ウォーツェル氏はサター教授がどちらかといえば、民主党に近い人物だったのにくらべて、明確に共和党支持である。

「これまでのいわゆる『日中関係の悪化』とぃうのも現実には中国側が一方的に関係を悪化させる道を選んでいただけのことなのです。その武器としたのが靖国問題です。日本の首相が参拝中止を言明しない限り、日中首脳会談には応じないと述べていたのを一転させ、安倍首相がその種の言明をしない状態でも会談に応じた。これは中国のそれまでの主張の後退です」

アメリカの反応についてウォーツェル委員長は次のように語った。

「同盟国の日本がとくに譲歩を強制されることなく、中国が日本とのトップレベルでの会談に応じれば、東アジアの空気の軟化につながり、地域の安定にもやがては寄与し、北朝鮮の核兵器開発を阻むための六カ国協議にもプラスの影響が及ぶでしょう。だからブッシュ政権の政策担当者たちもこんどの事態には快適な気分を味わっていると思います」 

 だがウォーツェル委員長も靖国問題のこんごについては留保を表明した。

「安倍首相は靖国をこんご参拝しないとはまったく述べていません。その点では日本側の自主性を貫く姿勢であり、私も賞賛します。

しかし中国側の解釈は異なるかも知れない。

安倍首相の『適切な対処』というような言葉を、もう参拝はしないという示唆として受け取り、首相が実際に参拝したときには、『裏切り』などとして非難するかも知れないですね」 

 

この面での懸念をさらに強く表明したのはブッシュ政権に近い大手研究機関のヘリテージ財団中国専門研究員のジョン・タシック氏だった。アメリカ国務省の中国専門外交官としての長い経歴を持つタシック氏はまず中国の対日軟化の裏を北朝鮮の核実験に結びつけて分析する。

 「気がかりなのは安倍首相が靖国参拝を曖昧にしたことが中国側にこんご有利となるテコを与えたのではないか、という点です。もし安倍首相が靖国に参拝すれば、中国側は『われわれに参拝はもうしないと暗黙に思わせておいて、その了解を裏切った』と非難することができる。中国からすれば、安倍氏が首相に就任後、村山談話の継承などで中国への侵略に関する反省や謝罪を改めて述べたこととなり、靖国参拝を曖昧にすることとあわせて、もう参拝はしないことを示唆した、と受け取ったともいえる。来年の八月十五日になって、安倍首相が参拝をすれば、中国は裏切りの非難を浴びせ、参拝をもしやめれば、『日本の首相がついに中国の指示に従った』と宣伝することができるわけです」

 タシック氏は「中国が今回は譲歩した」という見解にも反対を表明する。

 「中国が東シナ海での排他的経済水域(EEZ)の新たな確定の交渉に応じるとか、いま進めている春暁のガス田開発を一時休止して、日本側と話しあうとか、いう具体的な動きを示せば、確かに中国側が譲歩したといえるでしょう。でもそうではなくて靖国問題を曖昧にしておこうという日本側の案にあえて反対はしなかった、というだけなのです。だから実質上の譲歩はしていないとみた方が正確でしょう」

 日本側としては、このタシック氏の懐疑に満ちた見解をもっとも重く受け止めておくことがこんごの対中外交には有益になるように思われる。

 

中国研究の権威、中嶋嶺雄先生との共著です。
副題的な記述は以下のようになっています。
「暴走する中国、封じ込めるアメリカ」
「2007年から世界情勢の大転換が始まる!! そのとき日本はどうすべきか」
「台湾問題、北京五輪、共産党大会、上海万博、北朝鮮をめぐる攻防、緊張感増す米中の水面下の駆け引き」

この『米中新戦争』(ビジネス社刊)のまえがきを以下に紹介します。

「まえがき」

 

 中国は依然、私たちの前に大きくそびえている。明と暗、光と影を複雑に錯綜させたその巨大な姿は私たちに期待や希望を抱かせる一方、懸念や反発さえも感じさせる。日本にとって、日本国民にとって、中国とは一体、なんなのだろう。いやこの世界にとって中国とはなにか。

 この書はそんな中国が内に外にみせるダイナミックなうねりを二〇〇六年末という時点に立って、もう一度、多角的に考察し、論証しようという試みである。中国研究の泰斗の中嶋嶺雄氏との対談という形で、中国と日本、中国とアメリカ、そして中国内部の動向などに光をあて、それぞれの側面の意味を論じた。

中嶋氏との同種の共著『2008年 中国の真実』(ビジネス社、二〇〇二年)、『中国暴発』(同、二〇〇五年)に続く中国解析の作業であり、ここ二年ほどの新しい動きをクローズアップした。

 

しかし中国について考えるには、いまが好機だろう。二〇〇六年十一月末の現在、日本と中国との関係は、当面の切迫する摩擦がひとまず薄れ、いくらかのゆとりをもって全体をみまわせるようになったからだ。

 安倍晋三新首相は二〇〇六年十月、中国を訪問し、胡錦濤国家主席と会談した。それまでの五年余の小泉純一郎政権時代には、中国側がいわゆる「靖国問題」を理由にボイコットしていた日中首脳会談の再開だった。中国側は日本の現首相も、次期首相も靖国参拝の中止を事前に言明しない限り、首脳会談に応じないと断言していた。ところが安倍新首相はそんな言明はしていないのに、中国側が首脳会談に応じたのだ。いわゆる「靖国問題」は中国側が対日戦略の武器として人工的に打ち出した産物であることを実証したような態度だった。

 だからいまなら靖国をめぐる火花に惑わされず、中国を考えることができる。もちろん「靖国問題」は消えていない。中国当局が電灯をつけるようにスウィッチを入れさえすれば、またすぐ表面に出てくるのだ。しかも日中両国間には尖閣諸島の領有権や東シナ海のガス田開発など年来の衝突案件がある。アメリカとの同盟強化策として日本が最近とってきた一連の安全保障措置も中国の反発をかっている。こうした日中間の実質的な諸課題を靖国の炎が当面、静まったこの機に、じっくりと考えることができるのである。

 

 アメリカでも十一月上旬の中間選挙での議会民主党の前進で、ブッシュ政権の外交政策も改めて再考の試練にさらされるようになった。もちろんイラク政策の構築、再構築が最優先されるだろうが、中国をどうみて、どう対処するかも、共和、民主両党の長期の重要課題となっている。アメリカの視点から中国を考えるには、これまた好機だといえよう。

 中国は単に日本に対し、その存在をますます巨大にするだけでなく、超大国アメリカにとっても、さらにはグローバルにもパワー拡大を明確にしている。中国政府が十一月に北京にアフリカ諸国首脳を招いて対アフリカ外交の大キャンペーンを盛大に打ち上げたことなど、そのほんの一例である。

 中国はアメリカの至近地域である中南米でも活発な進出を続けている。中東や中央アジアでも影響力の拡大が目立つ。まさにグローバルな台頭なのである。その結果、アメリカ主導の既成の国際秩序へのチャレンジともなって、アメリカ側には米中新冷戦の始まりだとする認識を広めるにいたった。

 中国のグローバルな拡大には自国の軍拡や接近する相手の諸国への軍事援助を伴う。同時にアメリカがもっとも忌避する非民主主義的な独裁国家への親密な接近も目立つ。こうした軍事志向と反米傾向がにじむ動きはアメリカ側の一部に「中国とはいつかは冷戦だけでなく、熱い戦争までが避けられない危険さえある」という懸念を生むにいたった。

 他方、中国はアメリカにとっても、日本にとっても貴重な協力の相手ともなる。北朝鮮の核兵器開発の阻止の努力でも、国際テロ勢力の活動を防ぎ、滅ぼそうという試みでも、中国の協力が欠かせないともみえる場面がよく生まれるようになった。経済をみても中国は日米両国などには価値あるパートナーである。

 中国自身も既存の国際社会へのよき協力者、よき参加者としての言動をふんだんにふりまく。アメリカ側が「ステークホルダー」(利害保有者)と呼ぶ役割であり、期待である。中国みずからが真にそうした目標を求めている部分もあるだろう。

 だがそう断じるにはいまの中国にはあまりに不整合、不透明の領域が広い。中国内部の社会や政治の揺れる実情をみても、経済の高度成長のひずみの実態をみても、中国自体がまだまだどこへいくのかわからない不確定要因、不安定要因であることも否定できないのである。

 この書ではそうしたあるがままの中国を日本やアメリカ、そして国際社会という多様な視点から率直に論じ、伝えたつもりである。

 本書の実際の本づくりに際しては中国に詳しいジャーナリストの加藤鉱氏とビジネス社の編集者の武井章乃氏の貴重なご助力を得たことに深い感謝を表明したい。

 二〇〇六年十一月    

            古森義久

 


日本に核武装を促す声がアメリカで出ています。しかもブッシュ政権にきわめて近い有力者、識者の間からです。
なぜなのか。その背景の一部を説明しましょう。

北朝鮮の核兵器開発の動きはなお国際社会を揺らがせています。この核開発を防ぐための六カ国協議が今月中旬、北京で再開の見通しともなりました。
日本にとっても深刻かつ重大な問題です。
しかしこの北朝鮮核開発というのは、日本国内ではともすれば、アメリカ任せ、アメリカ非難、アメリカ依存、などなど、とにかくアメリカが解決すべき課題だという認識が幅広く存在するようです。
アメリカはもちろんこの問題での当事者です。でも唯一の当事者ではありません。それになんといっても北朝鮮の核の脅威はアメリカ一般国民にとって、地球のほぼ裏側のはるか遠方の事態なのです。日本にとっての脅威とは異なるのです。
アメリカ側には北の核問題をなぜ中国や日本がもっと力を入れて、解決に当たらないのか、という不満が微妙な形で存在します。その不満が形を変え、いっそ日本も核兵器を持てばよい、という一部の声になりつつあるのです。
このへんの現状を報告します。
私が雑誌『諸君!』12月号に書いた「ブッシュの”北朝鮮料理法”は如何に?」という論文からの抜粋です。



北朝鮮の核実験についてアメリカ国内でも「ブッシュ政権の対北朝鮮政策の失敗」と断じる声は民主党側を中心に広範に存在する。と同時に「民主党の前クリントン政権による米朝核枠組み合意の融和政策こそ北朝鮮側の核武装の素地を生んだ」という批判もこれまた広範に聞かれる。だが全体として北朝鮮の核開発を「すぐそこにある重大危機」として受け取るという感じは少ない。議論の熱っぽさ、深刻さでは、北朝鮮の核問題よりもむしろイラクでの米軍の活動の適不適のほうが上のようなのだ。やはりアメリカ国民の生命が直接に左右される課題かどうかの違いであろう。

この点ではまさに北朝鮮の核はアメリカ自体にとっての切迫した危機というよりも、グローバルな、あるいは遠方の重要地域での政策課題として扱われているといえる。アメリカの対外戦略や核政策に打撃を与える負の重大事態ではある。だがアメリカの国家や国民の生存を直接に左右する危機ではない。単純な表現をあえて使えば、一般アメリカ国民にとっての北朝鮮とイラクの差異は、頭で考える戦略や政策と、肌身で感じさせる自国民の生命への危険との違いだともいえよう。

この点では日本側の一部にある「北朝鮮の核問題はひとえにアメリカの責任」とする見解には、危険な欠陥がある。

 

アメリカの中国に対する疑念や非難は、さらに根が深く、広く、激しい。中国はそもそも北朝鮮に対し死活の権限を握っている。北朝鮮が必要とする石油など燃料資源の約八割は中国からの輸入だとされる。北朝鮮が必要とする食糧も半分ほどが中国から購入される。

軍事面でも中国への北朝鮮の依存は伝統的に度合いがきわめて高い。北朝鮮の核兵器やミサイルの製造に関しても中国が支援した分野や時期があると指摘する米側の専門家たちはブッシュ政権の至近の位置にも存在する。

 共和党保守系の安全保障研究機関「民主主義防衛財団」のクリフォード・メイ理事長は十月中旬の複数の米紙への「北朝鮮を無視し、中国に焦点を合わせよ」と題する寄稿論文で北朝鮮核問題での中国の責任不履行を激しく非難した。  

 「中国は自国が保有する強力なテコを使って、北朝鮮の核武装という野望を阻むということをもうずっと以前にするべきだった。アメリカは北朝鮮の核武装を決して許容しないという基本方針をいまあらためて中国に知らせねばならない。無法国家に核兵器を取得させることを許さないというアメリカの決意を中国に十分に理解させねばならない」

 こうした言明の背後にあるのは、中国がこれまでも北朝鮮の核兵器開発を知りながら、黙認、あるいは放置、場合によっては奨励さえしてきたのだろうという懐疑である。中国がもし本気で朝鮮半島の非核化を望むならば、北朝鮮に対し石油や食糧の供与打ち切りを告げ、核の冒険を止めさせることができたはずだ、という前提でもある。

 ブッシュ政権の当局者たちは中国の協力がこんご必要なだけに、中国に対してある程度以上に激しい言明は避けようとする。だが政権の外にいる人たちは「中国は北の核開発は阻めたはずだ」と公言する。そしてこの面での中国への不満や不信が高まっているようなのだ。このへんの実態を示すようにワシントン・ポストのコラムニストのアン・アップルバウム氏が同じ十月中旬の同紙掲載論文で「中国の問題だ」と題して、中国を大胆に批判した。

 「中国は北朝鮮の金正日政権の命運を左右できるほどのパワーを有しているのに、なぜ北の核問題への対処はアメリカの責任となるのか。アメリカは中国と違って、北朝鮮との国交もなく、貿易関係もなく、地理的にも離れている。であるのに国連でも中国ではなくアメリカが北の核武装阻止の動きの先頭に立つのはなぜか」

 アップルバウム氏は中国を「北朝鮮に核兵器を放棄させるだけでなく、その政権を転覆させるための軍事、経済、政治のパワーを確実に有した唯一の国」とも評している。だが現実に中国は金政権の存続を求めているようだ、と批判するわけである。

 同氏はさらに北朝鮮が核武装へと進めば、東アジアでの軍拡を誘発し、日本が軍備を増強し、中国がその影響を受けることになるだろう、とも指摘する。

 

以上、報告してきた北朝鮮の核武装をめぐるアメリカ側の中国への不満と韓国への不信をみれば、そこで当然、生まれてくるのは日本への期待や依存の増大である。単なる消去法でもそうした帰結となる。現実にも日本は北朝鮮の核武装などに対して小泉政権のころからアジアの他のどの国よりもアメリカの姿勢に近い政策を鮮明にしてきた。コンドリーザ・ライス国務長官が北朝鮮問題での十月中旬の各国歴訪でも日本をまず訪れ、アメリカの日本に対する防衛責務を核抑止力をも含めて強調したのも、日本への期待の表れだといえる。

 この日本への期待や信頼はアメリカ側でこれまでに例のない日本核武装奨励論ともなって浮上した。この主張はブッシュ政権の公式政策にも反するし、ごく少数の識者の意見である。たが大手マスコミで堂々と発表され、これまでの米側のタブーを破る形となった。

 第一はブッシュ大統領の補佐官を務めた実績もあるデービッド・フラム氏が十月十日のニューヨーク・タイムズに載せた論文だった。

同氏は実はブッシュ大統領が初めて「悪の枢軸」という表現を使った一般教書演説の草稿づくりにあたった人物で、現在はブッシュ政権に近い大手研究機関AEIの研究員である。フラム氏は以下の趣旨を述べていた。

 「アメリカ政府は日本にNPT(核拡散防止条約)を脱退し、独自の核抑止力を築くことを奨励すべきだ。第二次世界大戦はもうとっくに終わり、いまの民主主義の日本が台頭する中国に対しなお罪の負担を抱えているとするばかげた見せかけを捨てるときだ。核武装した日本は中国と北朝鮮がもっとも恐れる存在である」

 「アメリカからみてもっとも危険な敵の核兵器取得がアメリカにとってもっとも頼りになる同盟国の核兵器取得という結果を招くことを北朝鮮と中国に知らせるべきだ。こんごのアメリカの戦略目標は同盟国の日本の安全を強化し、北朝鮮に核武装への暴走の代償を払わせ、中国に核武装の日本と直面するという懲罰を与えることだ」

 やや乱暴にひびく主張だが、背後にあるのは北朝鮮の核武装はNPT体制の崩壊を意味し、中国は北を支援することへの懲罰として核武装した日本に直面すべきだ、という提案である。さらに基盤となるのはアメリカが脱NPT時代では日本をもっとも信頼するようになる、という予測だといえる。

 さらに十月二十日のワシントン・ポストには有力政治評論家のチャールズ・クラウトハマー氏によるまったく同じ趣旨の寄稿が掲載された。「第二次大戦はもう終わった」と題するこのコラム論文は次のように述べていた。

 「常軌を逸した国である北朝鮮の核保有宣言に対し、国際社会の模範であるだけでなく、アメリカにとってイギリスに次ぐもっとも信頼できる同盟国の日本が核兵器を保有して、北朝鮮や中国への抑止とするべきだ」

 これまでもアメリカ側では「日本の核武装論」はあったが、みな現実には起きてはならないシナリオとしての「戦略カード」の擬似議論だった。それがここにきて日本の核武装を奨励する主張が出てきたのだ。もちろんブッシュ政権も反対する主張ではあるが、責任ある立場の二人の論客からこんな主張が出てきたことは、北朝鮮の核武装がこれまでの核拡散防止体制全体をほころばせたという認識と、東アジアの安全保障体制全体がそのために変わっていくという認識の結果だといえよう。

こうした大胆かつ異端な主張の背後にも、アメリカ本土から遠いアジアの核問題をなぜアメリカだけが責任をもって、解決せねばならないのかという疑問がにじんでいる。同盟国の日本が新たな核保有国として協力してくれてもよいではないか、という期待だともいえよう。


 だからこんどの北朝鮮の核実験をすべてアメリカにとっての問題、アメリカの失態としてみることには大きな危険がある。アメリカ自身が自国だけの課題とはみず、むしろ至近距離にある中国や日本の課題ではないか、とみる態度がうかがわれるからである。

前述のアップルバウム氏は次のようにも述べていた。

「北朝鮮の核兵器保有でもっとも影響を受けるのは韓国、日本と並んで中国ではないか。だがアメリカの外交官たちが国連でも他の場所でも問題解決のための負担を一手に背負って動いている。問題を解決できる国をさておき、解決の能力を持たないかもしれないアメリカだけが動くのはいかにも奇異である」

北朝鮮の核武装は日本にとっての危機であり、課題でもあるのだ。その課題への対処をアメリカ任せにしてしまうことの危険性がアメリカ自体のいまの対応に微妙にうかがわれるのである。

 

 

 

 

 

 




アメリカのインターネット論壇NBRの久しぶりの点検報告です。
秋田国際教養大学のグレゴリー・クラーク副学長がNBRでミスを指摘されていました。
クラーク氏は日本の外務省や拉致被害者「家族の会」「救う会」や私を非難した投稿記事をジャパン・タイムズ11月20日付に載せ、そのことをNBRで嬉々として宣伝していました。その投稿記事の転載を読んだ外国人の一人からクラーク氏がミスを訂正されたのです。

そもそもクラーク語録を私が取り上げたのは、彼がNBRへの投稿で以下のような暴言を書いていたからでした。

「日本の拉致は捏造だ」
「横田めぐみの『悲劇物語』は北朝鮮へのヒステリーを煽るための『やらせ』だ」
「日本の北方領土主張はウソだ」
「日本社会は原住民的『部族』社会だ」

NBRというのはだれでも参加できるし、だれでも読める公開のサイトです。創設や運営にはアメリカ議会の関連組織からの資金や、日本の国際交流基金の資金が、出されている事実からも明白なように、公的な性格を持つオープンな議論の場なのです。
ところがクラーク氏はジャパン・タイムズへの投稿で以下のように書きました。それをまたNBRで紹介したのです。

"NBR is a completely private forum, with watchers free to say things they would not say before a public audience."
(NBR は日本ウォッチャーたちが公開の受け手に対しては言わないことを自由に言う完全に私的なフォーラムなのだ)

つまりNBRは一部の外国人の日本ウォッチャーたちだけの英語での意見交換の場であり、それは私的な場だから、だれもそこに記されたことは他の場で紹介したり、論評したりしてはいけないのだ、とクラーク氏は主張するのです。

しかし「日本国民の拉致は捏造だ」などと重大な誹謗を公開のインターネットのサイトで、実名で書いて、それを他の人間が紹介したり、論評したりすることは禁じられているのだ、とは、なんと傲慢で、身勝手な言い分でしょう。呆然としました。

だが案の定、このクラーク氏の記述に対しNBRに11月27日付で次のような否定が載りました。

"NBR is not a 'completely private forum.'  It can be read 
by anyone on the web.  It is indeed a pulic forum."
(NBRは「完全に私的なフォーラム」ではない。ネット上でだれもが読むことができる。公開のフォーラムなのだ)

以上、クラーク氏のミスを指摘したのは Steve Silver という人物です。どこのだれかは私は知りません。

以上のやりとりでもクラーク氏の異様な現実認識や事実把握の能力欠落が明白に露呈されています。「拉致は捏造だ」などと書いて、それは「私的な論壇」の中だから、外部には出ない、とくに日本側には伝わらないと、思ったのでしょうか。だとすれば、なおさらそれらの記述はクラーク氏が実際に信ずる本音ということになりますね。

実はクラーク氏のミスを同じように批判する指摘がジャパン・タイムズ12月3日付に投稿として掲載されていました。
元ジェトロ・ニューヨーク所長の奥村準氏からの投稿です。
奥村氏もクラーク氏の「NBRを私的な論壇だからそこでの記述を他に出してはならない」という趣旨の主張を否定していました。そしてクラーク氏の言い分が本当ならば、NBRは「知的ポルノの店と同じになる」と皮肉っていました。

それでなくてもクラーク氏は自分が日本国民の多数を誹謗するようなことを書いて、それを批判されると、その批判は「右翼の卑劣で邪悪な攻撃」だとわめきちらします。自分と異なる意見の持ち主はすべて「右翼」というレッテルを貼らないと、なんの議論も展開できないようです。だから彼の文章は「右翼」というののしり言葉に満ち満ちています。
「日本の外務省と右翼とはもうすっかり同じになってきた」なんて書いていました。
クラーク副学長、ご乱心ですか、と改めて問いたくなります。


 

1937年の南京事件を題材とする映画がアメリカの「アメリカ・オンライン」の副会長の主導で制作されることが明らかとなりました。産経新聞11月26日付でワシントン駐在の山本秀也記者が報道したとおりです。
この映画はドキュメンタリーであり、一般にいうハリウッド映画とは異なります。だからそのインパクトも限定されるかもしれません。しかしアイリス・チャン著の書「レイプ・オブ・南京」を下敷きにして作られるという点に重大な問題点がある、ということになるでしょう。この書はノンフィクションとしてはあまりにミスや欠陥が多い本だからです。どういうミスや欠陥があるのか。
私はこの書がアメリカで出版された1997年から98年にかけて、かなり詳しく、多角的にこの書について報道をしました。そのとき書いた多数の記事から一つ、ここで紹介します。この書の欠陥をアメリカ側の権威ある歴史学者が率直に指摘したことを伝えたインタビュー記事です。



「レイプ・オフ・南京」 スタンフォード大学歴史学部長 ケネディ教授に聞く

1998年08月15日 産経新聞 東京朝刊 社会面

 【ワシントン14日=古森義久】米国の著名な歴史学者でスタンフォード大学歴史学部長のデービッド・ケネディ教授=写真=はこのほど、産経新聞のインタビューに応じ、米国内で話題となっている南京事件に関する書「レイプ・オブ・南京」への見解を語った。同教授は、同書を政治的な動因に駆られ、残虐描写だけを十分な根拠なく過剰に繰り返した書物で、歴史書としては不適切だ、と評した。

 同教授との一問一答は次の通り。

 --アイリス・チャン著の「レイプ・オブ・南京」をどうみるか。

 「主な問題点が三つある。第一は、この書は南京での残虐行為を毒々しい描写でくどいほど繰り返しているが、もしそんなひどい行為が起きたのなら、なぜ起きたのか、説明や分析の試みが皆無の点だ。日本軍の指揮系統がどうなっていたのか。日本軍将兵は何を考えていたのか。第二は、この書は毒々しい残虐行為をセンセーショナルに拡大し、読者の側に残虐性へのゆがんだ好みをあおろうとしている点だと言える。第三は、事実の裏付けの不十分さ、記述の不正確さだ。例えば日本の政府や国民が南京事件を隠し、反省もせず、若い世代に教えないという断定は皆私の知る事実とは反する」

 --残虐行為の描写だけでも意味はあるという見解があると思うが。

 「描写だけの本自体が悪いことはない。ただし残虐だけの果てしない誇大描写を読んだ後、不快な感じだけが残る。残虐性をのぞき見ることへの人間の下劣な欲望をあおられただけ、という感じなのだ。そんな残虐がなぜ起きたか、防ぐ方法はなかったのか、というもっと大切な問題には本は何も触れていない。その点は残念だ」

 --南京事件とホロコーストとの同一視はどうか。

 「この本のそんな同一視は極端な行き過ぎであり、不適切だ。もし南京事件が日本政府の最高レベルでの決定による残虐行為で、中国民族を絶滅しようとする組織的な殺りくであれば別だが、そうではない。ホロコーストは事前に計算され、決定された政府の政策の結果で、近代国家の最新の技術力や組織力を総動員しての大量殺害だった。だが南京ではそんな要素はない」

 --チャン氏は米国で一九七〇年代に出たデービッド・バーガミーニ著の「天皇の陰謀」という書を根拠に南京事件への日本指導層の関与を指摘している。

 「その書は、米国の専門家の間では完全に否定され、論破され、証拠なしとされてしまった。だがチャン氏はその内容を引用し、依存して、南京事件を昭和天皇の意思による国家の最高方針の結果というふうに論じている。この点は米国内の歴史学者はだれも信じないだろう。なぜそんな理不尽な主張が出るのか不思議なくらいだ」

 --著者の最大の意図はどこにあると思うか。

 「(オランダ人の日本研究家の)イアン・ブルマ氏の著書などを読むと、南京事件にかかわったという中国側の人たちは皆奇妙なほど同一の証言をする。当時の回想でも日本側への要求でも、皆同じだ。その点に背後の中国の政治的な組織の存在を感じさせられる。チャン氏も米国内の中国系政治組織に支えられているようだ。この書の執筆にもそんな政治的な動因が大きいと思う」

 --だが中国側からみれば、プラス面もあるのではないか。

 「全く価値のない本というわけではない。だが極めて不適切な本だと思う。人間には残虐行為を働く潜在能力があること、中国では数多くの犠牲者が出たこと、などを伝える点は意味もあろう。だがなぜそうなのか、一切何も意味付けや分析、解明をしないのはあまりに不適切だ」


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