訪問先はイギリス、フランス、ドイツ、ベルギー各国に加えて、とくに注目されるのは北大西洋条約機構(NATO)本部です。
なぜなら日本の首相はこれまでだれも米欧諸国の集団的な軍事同盟であるNATOの本部を訪れたことはないからです。折からNATOは欧州・北米以外の域外諸国との連携のドアを大きく開けるにいたりました。中央アジアや中国のからむ安全保障案件では日本やオーストラリアとも手に手をとろう、という発想です。
しかしこのNATOは強烈な軍事同盟であると同時に、民主主義、自由、人権、法の統治などの基本的価値観を共有するからこその連合体です。長い東西冷戦でも共産党独裁のソ連・東欧諸国と対決するにあたり、NATOは自由民主主義の共通項と基盤とを常に標榜してきました。
そのNATO本部を外交面で普遍的価値観を強調する安倍首相が日本の首相としては初めて訪れるということには、深い含蓄や、戦略的な狙いさえも感じさせられます。NATOだけでなく、イギリス、フランスなど民主主義や自由という価値観の体現では長い伝統や実績を誇る西欧諸国で、安倍首相がどのようなアピールをするか、注視されるところです。
しかしNATOへの安倍首相のアプローチに関して懸念されるのは、NATO加盟各国と日本との安全保障面での国家構造的な差異が期せずしてクローズアップされ、日本の安保面での異端が改めて提起される可能性です。NATOは集団的同盟、つまり各国の集団的自衛権が共通のきずなであり、束ねの組織です。日本はそれとは対照的に集団的自衛権の行使をみずからに禁じています。NATO加盟各国はみな普通の軍隊を保持しています。自国のため、あるいは自国を含む集団的同盟のために、その軍事力を使うことへの十重二十重の制約もありません。一方、日本は軍隊ではない自衛隊の物理的な力の行使には、日本の自衛のためでも、日本人の生命、日本人の財産の保護のためでも、あるいは同盟国のアメリカとの共同行動のためでも、とにかく異様なほどの禁止のハードルを設けています。こうしたNATOと日本との安全保障面での断層が安倍首相のNATO訪問では問題にならないですむでしょうか。