2007年07月

しばらく中断していた日本憲法の起草者チャールズ・ケイディス氏のインタビュー記録の続きにもどります。

今回分は戦争放棄などをうたった憲法第9条は一体、だれが発案したのか、などという疑問点に触れています。

では以下が会見記録です。



古森 (日本側が)“もっと多くの要求ができたのに”とはどういう意味ですか。

ケイディス 日本側が憲法草案の変更をもしもっと多く求めても、アメリカ側がそれに反対しなかった、というところがかなりあった、という意味です。

古森 交戦権について、さきに話されたようなところですね。

ケイディス はい。

古森 そうした点に関連して、日本が憲法第九条を受け入れることと、アメリカが天皇の制度や身柄の保持を保証することをからめた取り引きがあったようだ、という推測があります。

ケイディス 私は聞いたことがありません。もし当時そうした交換の取り引きが実際にあれば、私は必ずそれを耳にしたことでしょう。しかしまったくなにもそんなことは聞いたことがありません。

古森 あなたはこれまでのインタビューで、“憲法草案を日本側が受諾しなければ、天皇を戦犯として裁判にかけることもありうる”と金森氏に告げたことを認めた、ともいわれていますが。

ケイディス 私が金森氏にそんなことを言ったというのですか。そんなことはだれに対しても言った覚えはありません。

古森 それではなにかの間違いなのでしょうか。

ケイディス 私は全然、知りません。私が天皇の扱いについて知っているのは、ワシントンからの指令が“こんごあらたな命令がない限りは天皇については、一切なにもしない”とはっきり述べていた、ということに尽きます。だからそんなこと(天皇を裁判にかけるなど)は、考えもしませんでした。

古森 天皇と第九条をめぐっての取り引き、交換条件というのはなにもなかった、というわけですね。

ケイディス そんなことを私たちが検討したことはありません。したくてもできなかった。天皇についてはなにもするなという命令があったのだから、私たちが独自になにかをするのは不可能だったのです。

 さて金森氏に私がなにを言ったかですが、もしなにかを述べたとすればこんなことしかない・・・・・・NATIONAL POLITY というのは日本語でなんていいましたっけね。

古森 「国体」です。

ケイディス そうそう、“コクタイ”です。金森氏は当然、日本の国会で、新憲法が国体を変えることになるかどうか、何度も質問されていました。しかし彼はその質問に答えるのを避け、あれこれと言い逃れをしていました。なんの意味もない答えをながながと述べるだけでした。このことはGHQ民政局の中で、私よりも日本のことをよく知っている人たち、国体についてよく知っている人たちの懸念のタネとなっていました。コルグローブ教授とかサイラス・ビート氏という学者たちですが、彼らは新憲法は国体を変える、と考えていたのです。私は学者ではないので、それがどんなことを意味するのかよくわからなかった。けれども金森氏に対して、“新しい憲法は日本の国体を変える、というのが民政局内の日本専門学者たちの意見です。だからあなたはこんごその質問を受けたら、日和見のような態度をとらず、もっと率直な回答をすべきだ、と私は思います。さもないと極東委員会が結局は新憲法に不満の意を表明することになる、と日本専門学者たちは心配しているのです”と告げました。

 これは天皇の身柄などとは、まったく関係がありません。極東委員会には有名なイギリス人のジョージ・サンサム卿など、日本のことをよくわかる専門家たちがいました。もし新憲法が国体を変えないというなら、新憲法そのものの目標が達成されないことにもなる。帝国主義的な方法をすべて排除するというのが、その目標だったのです。

 いずれにせよ、金森氏に私が言ったことは、これ以外にはなにもありません。その他には私が彼が国会での答弁がうまいことをほめたりもしました。私の自宅には一九五一年ごろ日本の国会の訪問団が持ってきた、金森氏のサイン入りの掛軸がいまも飾ってあります。

金森氏と私とはその後すっかり仲良くなったのです。お互いに好感を持ち合っていたといえます。お互いに率直でもありました。

 そんな背景もあって私が金森氏に天皇の身柄について、そういうことを言うなど、考えられません。そもそもワシントンからのバイブル(命令のこと)があって、天皇に関しては私たちはなにもできないことになっていたのです。

古森 となると、日本政府がGHQの憲法草案をたとえ拒否したとしても、その結果、起きる最悪の事態は、同草案が国民投票にかけられる、ということだけだったわけですね。

ケイディス そうです。

古森 それよりも悪い事態は、なにも考えられなかったのですね。

ケイディス GHQに関してはそうです。でも極東委員会がどうしたかはわからない。とにかくホイットニー将軍が威圧的に言ったことは、それだけなのです。

古森 さてもう一度、確かめたいのですが、憲法第九条がだれの発案なのか、あなたはわからない。それを確定するための情況証拠も、あなたはとくに持っているわけではない。そういうことですか。

ケイディス まあそうですね

古森 発案者は幣原、マッカーサー、天皇のいずれかである、という以外にはなにも言えない。

ケイディス そういうことです。当然、数多くの人たちが、こういう戦争放棄というようなことを考えていました。天皇は神格化否定の宣言をして、世界中の新聞や世論から歓迎を受けたのですが、その時、私はホイットニー将軍に、“天皇が『平和主義に徹して』と言っているけど、これは具体的になにを意味するのでしょう。軍縮でしょうか、武装解除でしょうか。将軍は天皇がなにを考えているとお考えですか”と尋ねたこともあります。ホイットニー将軍は“わからない”と答えました。私は“GHQが新しい詔勅をだしてこの平和主義のアイディアをもっと進めてみるのも、悪くない。とくに世界世論に与える印象ということでは、とても望ましいのではないのでしょうか”とも言ったものです。だから第九条の考え方は、いろんな起源から発してきた可能性があるのです。私には確実にはわかりませんが。

古森 しかし天皇に限っていえば、マッカーサー元帥に直接考えを伝える機会は、極めて限られていましたね。

ケイディス はい。しかし幣原氏は天皇に会っていました。(つづく)

中国の軍事力増強についての報告を続けます。
主体はアメリカ政府の情報や分析の紹介です。
今回は「結び」であり、中国の大軍拡の意味とは一体なんなのか、とくに至近距離にある日本はその軍楽をどう判断すべきか、などについて書いてあります。

以下がその私の論文の最終部分です。

 これまで国防総省作成の二〇〇七年度「中国の軍事力」報告書の要点を紹介してきたが、そこに浮かびあがるのは、経済の高度成長で総合的国力を強めた中国がその新たな国家資源の主要部分を軍事力の増強へとひたすら投入している姿である。
 その軍拡は核兵器をはじめとして、空軍や海軍、ミサイル部隊など軍事の全域にわたるといえるだろう。ハードウェアの増強と同時にその兵器類を駆使する戦略にも重大な変化が生まれてきた。とくに中国の核戦力にそうした変化が顕著のようである。

 

この中国の核戦略の変化について、国防総省の「中国の軍事力」報告書とタイミングを一にして注目すべき研究結果が公表された。

アメリカ陸軍大学の戦略研究所が五月中旬に発表した「中国の核戦力」と題する研究報告である。同報告書は中国軍が最近、核兵器に関する戦略を大幅に変えつつあるとして、次のような諸点を指摘していた。

▽中国軍は年来の「核先制不使用」の方針を変える兆しをみせてきた。

▽中国軍は日本を射程内にとらえる弾道ミサイルに核と通常の両方の弾頭を混在させるようになった。

▽中国軍は米海軍の機動部隊に核と通常両方の弾頭装備の弾道ミサイルを使う新作戦を立て始めた。


 以上の諸点は「中国の軍事力」でもさまざまな形で触れられていた。しかし陸軍大学の報告は中国の核戦力に焦点をしぼっての研究である点にまた別の価値がある。だからその内容をもう少し詳しく紹介することとする。


 この「中国の核戦力」の報告書は陸軍戦略研究所の元所長で現在はアメリカ議会の超党派政策諮問機関「米中経済安保調査委員会」の委員を務める中国軍研究の権威ラリー・ウォーツェル氏により作成された。同研究所の支援で書かれた同報告書は四十二ページから成り、「中国の核戦力=行動・訓練・ドクトリン・指揮・管制・作戦計画」と題されていた。

 同報告書は中国人民解放軍国防大学の最新の戦略教典「戦役理論学習指南」など一連の文書にアメリカ当局の情報などを加えた資料を基礎としたという。


 報告書はまず中国がアメリカを最大の潜在脅威だとみなすという基本の戦略認識を強調していた。中国がアメリカを脅威とみるのは、アメリカの軍事能力の強大さと、アジアでの安保政策が理由だという。アメリカがいまのような強大な軍事力を誇り、しかもアジアでは日本などと同盟関係を結び、軍隊を常駐させ、台湾の安全保障にもかかわるという政策を保つ限り、中国が軍事パワーを拡大し、アジアでの影響力、支配力を強めれば、不可避的にアメリカと対立し、衝突していく、という認識である。


 中国はそのアメリカとの衝突のシナリオのために人民解放軍戦略ミサイル部隊の「第二砲兵」を中心に米軍との核戦争をも想定し、ことに最近、核と通常の戦力の相互関係を主に弾道ミサイルの機能にしぼって再考し始めた。同報告書はそう分析するのである。

 
 同報告書は中国が最近、年来の「核先制不使用」の方針を変え始めた、という重大な指摘をも明らかにした。

「核先制不使用」というのは、局地的な軍事衝突でも、全面的な戦争でも、核兵器は敵より先には使わないという誓約である。相手側から核攻撃を受けたときだけ、初めて報復として核兵器を使う、という方針である。

東西冷戦の間はソ連がその「核先制不使用」を言明し、アメリカ側にも同調することを再三、求めていた。ソ連は当時、欧州で非核の通常戦力では圧倒的に優位に立ち、アメリカ・西欧側との全面戦争になっても核兵器を使わないで勝利できると計算したからだった。

しかしアメリカはそれに応じなかった。いざ戦争となれば、自国側がさきに核兵器を使う可能性を否定しなかったのだ。その姿勢が戦争自体への抑止になるという狙いもあった。

 
 中国の場合、アメリカやソ連にくらべれば、核戦力は決定的に弱く、もし戦争となっても核兵器使用は自国が滅びるときの相手への最後の死を覚悟しての報復のみ、という思考だった。だから核は先には絶対に使わないと宣言した。戦争が起きても、あくまで核をつかわない通常戦闘だけ、という言明だった。それが自国の対外軍事戦略にも合致していた。

ところが中国はここにきて、その年来の「核先制不使用」を変え始めたようだ、と米陸軍大学の戦略研究所の報告書は伝えるのである。

 
 同報告書はその理由として米軍が通常兵器の性能を高め、非核の第一撃で中国側の核戦力を破壊し尽くす能力を高めてきたことをあげていた。これまでは中国側が非核の戦争を始めても核戦力の一部は必ず最後の報復として温存され、その展望が相手に戦争に踏み切ることや、核攻撃をかけることを、ためらわせる抑止効果を発揮するという読みだった。

だが非核の攻撃で中国側の核戦力がすべて破壊されてしまえば、核の報復力は消えて、抑止効果を発揮できないということになる。それなら核兵器はこちらが先に使うこともあるという可能性を表面に打ち出しておいたほうが有利だろう。そんな理由づけだというのだ。ただし同報告書も中国当局が年来の「核先制不使用」の方針を公式に破棄したとは述べていない。変化の兆しがある、というだけである。


 もっともこの「核先制不使用」の方針は実際には虚構だとする趣旨の発言は、中国軍の幹部から非公式にはすでに述べられてきた。中国の国防大学の院長だった朱成虎将軍の「台湾有事で米軍が中国を攻撃すれば、通常兵器での攻撃でも中国側はアメリカ本土に核ミサイルを撃つ」という発言である。

 

 同報告書はまた中国の核戦略の危険な側面として「核弾頭と非核の通常弾頭とを同じクラスの弾道ミサイルに装備し、たがいに近くに配備して混在させる傾向がさらに強くなった」という点を指摘した。

その危険性とは最悪の有事の際、アメリカ側が中国側から発射されたミサイルが核か非核か判定できない確率が高まり、事故のような核戦争を起す可能性が強まることだという。米軍の場合、核弾頭装備のミサイルと非核弾頭装備のミサイルとはクラスをあえて別にしている。このミサイルならば弾頭は非核だけ、あるいは核だけ、と区分しているのだ。ところが中国軍はその区別をあえてつけず、核と非核の弾頭を一個ずつではあるが、同じ種類のミサイルにあれこれ混ぜて装着する傾向をますます強めてきた、というのである。

 
 同報告書は中国軍が核と非核の弾頭を混在させている比率がもっとも高いのは中距離ミサイル(MRBM)のCSS5だと指摘する。前述のように中国が約五十基を配備するこのミサイルは射程千八百キロ、DF(東風)21とも呼ばれ、とくに日本の要衝や沖縄の米軍基地に照準を合わせて配備されているのだという。

 同報告書はその点について次のように警告していた。


 「中国軍はこの機動性のある中距離ミサイルCSS5を日本の要衝や沖縄の米軍基地への脅威として現在よりも多く必要としている。日米側はその増強に注意し、対応策を考えねばならない」

 報告書はさらに中国軍が米海軍の空母を中心とする機動部隊に対し核、非核両方の弾頭を装備した弾道ミサイルで攻撃をかけるという新戦術を実行する能力をほぼ保持するにいたった、と記していた。

もし中国が台湾に軍事攻撃をかけたとすれば、アメリカが軍事介入し、台湾の防衛にあたる可能性はなお高い。中国にすれば、この米軍の介入の可能性こそ、台湾問題への対応での最大の軍事障壁であろう。もしそんな事態が起きれば、台湾海峡に向かってくる最初の米軍部隊はまず第七艦隊の空母を中心とする機動部隊であろう。
 中国軍としてはこの機動部隊をどう阻止するかが最大の課題となる。これまでの中国側の作戦としては潜水艦による阻止、あるいは空軍部隊による攻撃などのシナリオが語られてきた。

ところが同報告書によると、中国軍は実は弾道ミサイルによるアメリカ機動部隊の制圧、あるいは撃滅の能力開発を長年の目標としてきた、というのである。そのためには中国は弾道ミサイル用の個別誘導複数目標弾頭(МIRV)技術をも開発中だという。

 

 このように中国がアメリカに対して正面から挑むような形で軍事力を大増強するという構図は日に日に鮮明となってきた。とはいえ軍事力の比較ではアメリカがまだまだ圧倒的優位に立っていることは変わらない。

 しかしアメリカ側のそうした従来の認識に突然、水をかけたのが二〇〇六年十月の日本近海での出来事だった。その海域をゆうゆうと航行するアメリカ海軍の空母「キティホーク」のすぐそばに中国海軍の「宋」級潜水艦が突然、浮上したのである。空母の側はそんな至近距離までの潜水艦の接近をまったく探知していなかった。戦時ならば魚雷攻撃を受けて撃沈されてもおかしくない異常事態だった。

 この事件は国防総省の「中国の軍事力」報告書にも特筆されていた。アメリカ側が長年の軍事優位を当然視する間に、現実は意外と速いスピードで変わっているのではないか、という警鐘だった。

 

とはいえアメリカ政府が中国の軍事力の増強や拡大をこれほど重視し、懸念するようになっても、もちろん米中関係は軍事だけではない。経済や政治など多様な側面で両国が協力しあうことも、また普通である。しかしその両国の複雑多岐なかかわりあいのなかで、中国の軍拡という要因が投げる影が着実に大きくなり続けていることは、どうにも否定できない現実なのである。(終わり)
 

 

中国の対日政策の分析を試みた私の本が出ました。文春文庫の『中国「反日」の虚妄』です。

その中ではいまの慰安婦問題にからんで、アメリカ国内での中国系、韓国系などの「日本叩き」組織の実態にも光をあてています。とくに「注視すべきアメリカ国内の反日集団」という章では、例の中国系の「抗日連合会」の活動をも詳述しました。

内容の概略を紹介するカバーの文章をいくつか紹介します。

「なぜ靖国参拝を攻撃するのか?」
「日本を叩くことで、中国政府は自国を操っている」

「日本はいつまで中国に謝り続けなければならないのか。首相が靖国参拝をやめたら糾弾はしないのか。中国の歴史認識が正しいと言えるのか。反日の真の目的は何か。日中友好のお題目に囚われない著者が、ご都合主義の中国の歴史教育や、アメリカでの謀略策動、恐るべき軍事力拡大を指摘しつつ、国際社会の中の日中関係を見直す」

この文庫は2年前に同タイトルでPHP研究所から出版された単行本の文庫化です。しかし2年が過ぎても、内容とテーマの今日性は新鮮だと自負しています。
その点を文庫版の「あとがき」で以下のように書きました。


文庫版あとがき  

古森義久

 

日中関係の表面の状態は水道の蛇口のようなものである。外に出す水の勢いを激しくするのも、穏やかにするのも、ノブのひねり次第なのだ。自分の好むところ、水量を自由自在に調整すればよい。ただしノブをひねる実権は中国側の手中にある――

日中関係のここ二年ほどの実際の変遷をみて、ついそんなことを改めて感じさせられた。

 

この文庫の元となる単行本の「序にかえて」を書いたのがちょうどまる二年前の二〇〇五年五月だった。中国各地では激しい反日のデモや集会が挙行されている時期だった。日本の大使館や領事館、そして日本系の商店やレストランまでが攻撃され、破壊された。

中国側は官民一体の形で日本の国連安保理常任理事国入りに猛反対していた。この反日の示威の最大の理由は、日本を安保理の常任理事国にさせてはならない、という中国側の決意のようにみえた。当時の小泉純一郎首相の靖国神社参拝への反対など、この決意の陰の小さな要因のようだった。

しかし日本側では親中派を主体に「日中関係の悪化は首相の靖国参拝が原因」と批判する向きが多かった。中国側はそんな日本側の傾向にシンクロナイズするように、現職の首相も、将来の首相も、靖国には参拝しないと言明するまでは、日本との首脳会談には応じないと公言していた。

そもそも近年の日中関係では中国側は靖国をはじめとする「歴史問題」で日本を責めたててきた。一九九八年秋の江沢民国家主席の訪日以来、中国側は日中首脳会談では必ず「歴史」を声高に語ってきた。「歴史を鑑(かがみ)として未来に向かう」という教示は、いつも中国側から日本側に対してのみ伝えられた。もちろん日本側の歴史認識が不十分だという批判である。その象徴が首相の靖国参拝だということになる。

中国は二〇〇三年春からの胡錦濤国家主席の時代となっても、すべての日中首脳会談で必ず「歴史」と「靖国」の両方を取り上げて、日本を叱責してきた。二〇〇六年秋に安倍晋三氏が首相になってすぐ訪中しての首脳会談でも、なおこの課題は中国側から言及された。

周知のように、安倍首相は靖国参拝を曖昧にしたが、参拝しないとは一言も述べなかった。中国側の従来の言明に従えば、だから日中首脳会談も開かれないことになる。だが現実は異なっていた。

そして日中関係の歴史でも特筆される、おもしろい現象が起きたのだった。

二〇〇六年十一月、ハノイで開かれた第二回の安倍・胡錦濤会談では、唐突に「歴史」も「靖国」も消えてしまったのだ。胡主席がそれらのテーマをまったく口にしなかったのである。

日本側の歴史認識が小泉政権から安倍政権になって急に激変したという兆しはない。靖国参拝についても安倍首相は譲歩をみせていない。だとすれば、中国側はみずからの判断で「歴史」や「靖国」を少なくとも当面、もう提起しない、と決めたとしか思えない。

中国政府は日本に対して、よく「十三億の中国人民の感情が傷つけられたため」という理由で「歴史」や「靖国」を持ち出し、非難してきた。だが日本と中国の「歴史」や「靖国」にかかわる現実が変わってはいないのに、その恒例のテーマをすっぱりと削ってしまったのだ。

この事実は中国当局にとってこの種の課題を持ち出すことも、引っ込めることも、そのときの政治的計算で自由自在なのだという実態を指し示していた。「歴史」も「靖国」も中国側は、まさに水道のノブを自由にひねって、水を出したり、止めたり、水量を調節したり、蛇口から出る水の勢いは好き勝手にできる、ということである。

中国側はこれ以上、日本側を硬化させてはならない、日中関係を悪化させてはならない、と判断すれば、十三億の人民をみな憤慨させているはずの日本側の「靖国参拝」も「歴史認識」も非難の標的からはあっさりと取り除いてしまうのである。

そして二〇〇七年四月、中国の温家宝首相が訪日した。とげとげしい日本非難はいっさいなく、ソフトでマイルドな微笑外交を展開した。日本側も歓迎した。日中の双方で温首相の来訪は「日中関係の氷を溶かす旅」とも評された。

中国側は明らかにいまは日本とは融和の時期だと判断したのだろう。二〇〇五年春の反日デモのあと、日本の中国への投資が減る気配をみせていた。中国のグローバルなパワーの膨張にアメリカが警戒を深めてきた。いずれも日本との関係を険悪にしたままでは損だと計算したのだろう。水道の蛇口から出る水は少なくとも当面は穏やかに、円滑に、と決めたのだといえる。

 

しかし日中両国間では、かつての険悪な摩擦を引き起した対立案件は現実には決して解決されてはいない。靖国問題も安倍首相がまだ参拝するとも、しないとも、述べていない以上、年来の対立は水面下では変わっていない。中国が日本固有の領土である尖閣諸島の領有権を主張することでの日本との対立も変わっていない。東シナ海でのガス田開発にからむ排他的経済水域(EEZ)の線引きでの対立も解消されていない。

安全保障面をみても、中国のものすごい軍拡への日本側の懸念は深刻になるばかりである。逆に日本がミサイル防衛や東アジアでの米軍再編への協力によって日米同盟を強化していくことへの中国の苦情も消えていない。台湾海峡の平和と安全に日本が懸念を表明したことも、中国は不当な干渉だと非難する。

そしてなによりも中国共産党が無期限統治の正当性の根拠とする反日の教えも、これまた変わってはいない。

要するに日本と中国は自然のままであってもなお対立し、衝突する潜在要因が多々、あるのである。それをいかにもそんな要因はないかのごとくにふるまってきたのが日中関係の「日中友好」の長い時代だった。いまやもうそんな「ごっこ」の時代にもどることはできない。現実を現実と認めることが両国関係の健全な発展の第一歩となるのだ。

日中関係の現実とは、両国がそれぞれの国益や国民の利害に合わせて動けば、どこかである程度の対立や衝突をみることは避けられない、という実態のことである。その実態はそう簡単には変わらない。ただしその実態を覆う表面の様子は両国の意向でかなり大幅に変わりうる。表面の融和を装うことは、そう難しくはないわけである。

しかし日本と中国の根本的相違は中国が一党独裁であり、日本が独裁を完全に排した民主主義であることである。中国首脳部は国内の世論などを気にせずに、自分たちが正しいと信ずる政策を日本に向かっても大胆にとることができる。いまの時点での日本に対しての「微笑」も、その結果としての日中間の凪も、みなそうした政策操作の産物だろう。

この点、在アメリカの中国人の経済学者・ジャーナリストの何清漣氏は、中国では世論が政府を動かすのではなく、政府が「世論」をつくり、それを利用して一定の政策を実施するのだ、と説く。日本に対する政策や態度、そして反日ナショナリズムも、当局の操作によるという。「日中関係が近年の(悪い)状態となったのは、中国政府が国内政治の必要性から故意に『敵』をつくるために、メディアを操り、ナショナリズムを煽ってきた帰結だ」というのである。

だから現在の日中関係の表面の静けさも、その表面だけの景観にだまされてはならない。

 中国の対日政策や対日姿勢にはいつも虚妄の部分が存在するのである。この書はその虚妄の実態を構造的に説明することを主旨としている。

 

 なおこの文庫版づくりにあたっては文春文庫編集部の大口敦子氏に指導をいただいたことに謝意を述べたい。

 

二〇〇七年五月

            古森義久

 

 

朝日新聞を続けて論じるのも芸がないとは思うのですが、最新の社説一本を一読しただけで、自分がつい2日前に書いたことが裏づけられる思いに鼓舞されたから、と申しましょうか。
 それほど偏向が顕著なのだともいえます。「安倍憎し」の私怨が暴走すれば、その前のめりは方向感覚を失い、閉塞だけが強まり、均衡をなくして、よろよろ、論理さえも薄れていく、ということでしょうか。
 情から始まる一点集中傾向は、論理や事実に基づくはずの文章を書く人間の頭脳さえも痺れさせる。もって自戒ともしたい現象です。

 

さて論題とする朝日新聞の社説は7月12日付、「参院選告示」「『安倍政治』への審判だ」という見出しでした。
 まず最大の特徴をいえば、看板に偽りあり、「安倍政治」への言及がほとんどないのです。あるのは反安倍勢力が取り上げるトラブル現象ばかりです。
 
 まあ、順番に論評しましょう。社説の全文を紹介するわけにもいかないので、主要部分を順に引用しながら、コメントしていきます。

 

<<「宙に浮いたり、消えたり」の年金不信、閣僚に相次いて発覚した「政治とカネ」のスキャンダル、無神経な失言の連発、いわば「逆風3点セット」にきりきり舞いの状態が続くなかで、選挙戦に突入することになった。

首相にとって、この選挙は小泉前首相の時代とは違う「安倍カラー」を前面に掲げ、有権者に問う場になるはずだった。そのためにこそ、国民投票法など対決色の強い法律を、採決強行を連発しながらどんどん通していった。

教育再生や集団的自衛権の解釈などでいくつもの有識者会議をつくり、提言を急がせたりもしている。

首相はテレビ局などを行脚して「この9か月の実績を評価してほしい」と訴えている。だが、逆風3点セットに直撃され、「年金記録信任選挙」(民主党の小沢代表)の様相を呈しているのはさぞかし不本意なことだろう。

むろん、年金の問題などはこの選挙の大きな争点だ。国民の不信や怒りにどう応え、安心できる制度、組織をつくるかを論じる必要がある。>>

 

さあ、以上がこの社説の前半のほとんどです。

この部分での主眼はこの参院選挙を「年金選挙」あるいは「逆風3点セット選挙」と特徴づけている点です。見出しでは「安倍政治」全体への審判であるかのようにうたいながら、実際には安倍政権の政策自体からは外れたミスやスキャンダルに重点を置き、そのうえで小沢一郎氏の言をそのまま使って、「年金記録信任選挙」であるべきだという主張を述べているに等しいのです。

一方、かんじんの「安倍政治」については、この社説は正面からはなにも触れていません。憲法改正という重大なテーマさえも、「国民投票法など対決色の強い法律」という一言ですませるのです。


 「安倍政治」を語るならば、当然、教育基本法の改正、憲法改正を目指しての国民投票法の成立、天下りを規制する公務員制度改革法の成立、防衛庁の省昇格、そして中国や韓国との関係改善、さらにはNATOとの初の首相レベルでの接触、インドやオーストラリアとの「民主主義の共通価値観」に基づく新連携などなどが、少なくとも言及されるべきでしょう。

ところが、この朝日社説はこれら重要案件のほんの一部の、しかもその末端だけをとらえて、「負」の情緒いっぱいの主観的な表現でけなすだけです。
 「対決色の強い法律を」「採決強行を連発しながら、どんどん」「提言を急がせたり」という表現がそれです。
 そもそも安倍首相が主導した一連の重要法案成立を単に「安倍カラー」という皮相な描写でしか言及していないのも、なんとも情緒的に映ります。その背後に感じさせられる黒い影は、なんとか安倍政権を倒したい、という情念でしょうか。

だからこの社説は結局は、今回の参院選は「安倍政治」の審判ではなく、「年金」や「逆風3点セット」への審判であり、そうであるべきだ、と主張していることになります。見出しから連想させられる重要政策案件の議論はまったくないのです。だから私は「看板に偽りあり」と評したわけです。

 

さてこの社説はちょうど真ん中あたりで、さすがに気が引けたのか、あるいは欠陥に気づいたのか、安倍政権の政策面にも、あらためて触れてみせます。以下のような記述です。

 

<<だが同時に、この9か月に安倍政治がやったこと、やらなかったことを、その手法も含めて有権者がしっかりと評価するのが、この選挙の重要な目的であることを忘れてはならない。>>

 

さあ、こういう記述が出てくれば、当然、後に続くのは、その「安倍政治」の検証だと思わされます。
 ところがこの社説はそれが皆無なのです。安倍政権の政策の検証どころか、また論題は「逆風3点セット」にもどってしまうのです。
 だから一つの「論説」としては構造的に支離滅裂、安倍叩きに没入するあまり、「論」の構成さえもヘナヘナ、朝日新聞が自分たちの気に入らない相手の言動を描写するときに愛用する表現でいえば、まさに「前のめり」のあまり、視力も知力も麻痺したとさえ、思わされます。

この社説の結び近くでは、安倍政権の政策論に替わって、また以下のような記述が出てきます。読者に対し選挙への態度を呼びかける記述です。

 

<<年金をはじめ、赤城農水相の事務所経費で再燃した「政治とカネ」の問題などの3点セットは、どれも大事なテーマである。>>

 

やはりこの選挙では「安倍政治」ではなく、「逆風3点セット」をみよ、というアピールだともいえましょう。

しかし同社説はここでまた気が引けたのか、その直後にいかにも体裁に以下のことを書いています。

 

<<そして、これからの日本の政治のあり方をめぐって重要な選択が問われていることを心にとめておこう。>>

 

これまた「日本の政治のあり方」や「重要な選択」についてはなんの説明もありません。

そして社説は次のような奇妙な記述で終わっています。

 

<<安倍政治がめざす「戦後レジームからの脱却」か、小沢民主党がめざす政権交代可能な二大政党制か--。投票日までの18日間、しっかりと目を凝らしたい。>>

 

同社説がここでやっと「戦後レジームからの脱却」をあげたことは評価しましょう。これこそ「安倍政治」の特徴だからです。しかし社説では前述のように、その内容の議論が皆無です。議論は「逆風3点セット」だけなのです。

しかもこの結びは、「戦後レジームからの脱却」に替わる選択肢として、「政権交代可能な二大政党制」を記しています。この点が奇妙なのです。
 「戦後レジームからの脱却」が一つの選択肢ならば、他の選択肢はまずは「戦後レジームの保持」となるでしょう。そうでなくても、「戦後レジームからの脱却」以外の政策が示されるのが普通です。それがここでは一気に政策の論議や比較をすっ飛ばして、「政権交代」となります。
 「政権交代可能な二大政党制」はすでに存在するではないですか。政権交代は衆院選挙で野党が勝てば、いつでも、いくらでも可能なのです。そのための二大政党制の政治メカンズムはすでに存在するのです。

やはり朝日新聞にとってはこの参議院選挙は「政権交代」こそが目標なのだ、という本音が結びのこんな記述の構成にもあらわれている、と感じた次第でした。


 朝日新聞の安倍政権に対する激しい攻撃は周知の事実ですが、今回の参議院選挙での報道や評論の記事、そして世論調査や写真まで総動員したキャンペーンは常軌を逸した観さえあります。
 全国紙がここまで特定の政治家や政権に非難を浴びせ、その打倒を図るという政治的キャンペーンは、日本のジャーナリズムの歴史にも異様な一章として特記されるかもしれません。その極端な党派性は「客観報道」を隠れミノにしているともいえましょう。

 

7月2日の朝日新聞の社説「さあ参院選へ」のなかに次の一節がありました。

「この9カ月の安倍政治をよしとするのか。待ったをかけて小沢民主党など野党に期待を託すのか。有権者に問われるものは重い」

参議院は当然ながら衆議院からは独立し、しかも衆議院より権限の弱い立法府の第二院です。しかし朝日新聞はこの参議院の選挙を安倍政権への事実上の信任投票として特徴づけることに必死です。いうまでもなく安倍首相が長となる自民党は衆議院で3分の2近くの議席を占め、国民の自民党への支持の大きさがつい最近の総選挙で明示されたばかりです。
 参議院の選挙結果で首相が交替せねばならないという拘束的な因果関係はどこにもありません。ですが朝日新聞は参院選を安倍政権打倒の手段としています。

 

選挙にからむ政治報道をみても、朝日新聞は安倍政権が取り組む憲法改正や公務員制度改革(天下り規制)さらには一連の外交活動(中国や韓国との関係改善、インドやオーストラリア、NATOなどへの新たな接近など)はいずれも、ほとんど無視しています。
 そのかわりにはばなしく扇情的な報道や論評を続ける対象は、松岡農水相自殺、久間防衛相辞任、赤城新農水相の事務所問題など、醜聞ふうなテーマです。さらには朝日は「年金」と「格差」を安倍政権の責任追及という形で大きくプレーアップしています。

 朝日新聞7月5日朝刊の記事の見出しを以下に書きます。

 「年金選挙 信任争い」「政権側に不利な構図」

 7月6日朝刊には以下の見出しが躍りました。

 「首相、参院選へ躍起」「年金幕引き図る」「完全解決メドなし」「業者織り込み済み」

 

要するに、年金問題の混乱も安倍政権のせいだという構図を描くわけです。しかし現実には年金問題が一朝にして生じたわけではないことは明白であり、その責任の多くが民主党ときずなの深い自治労にあることも周知となりました。朝日新聞はそのへんは追及しないのです。

 

日本社会の所得などの「格差」を誇張して伝え、安倍政権の責任に帰そうとする朝日新聞の態度も、顕著です。この部分のキャンペ-ンはゆがめ報道の典型例として、日本ジャーナリズム史に残るでしょう。その極端さは倒閣のためのプロパガンダという言葉を思わせます。具体例として、いくつかの参院選がらみの記事の見出しを紹介しましょう。

「格差 立ちすくむ政治」「参院選迷走の行方」「構造改革 危うい両輪」(7月2日)

「07参院選 広がる格差 埋める策は」(7月7日)

 

 どこの社会にも、いつの時代にも、人間多数の間の格差は存在します。日本社会の所得の格差がたとえ広がっていても、安倍政権になっての9カ月間にそれが急に起きたとは、朝日でもさすがに証明はできないでしょう。
 私が朝日新聞のこの部分をひどいプロパガンダだと感じたのは7月8日朝刊2面の大きなグラビア記事でした。
「格差の6年」という大きな見出しは小泉政権以来の年月を指すのでしょうが、そのホコ先は明らかに安倍政権に向けられています。そして4枚の写真、「アルバイト」という題の写真は東京の山谷の2畳半の部屋で暮らす若者の淋しい姿、「進む高齢化」という題の写真は能登半島の地震で自宅を失った高齢者の、これまた淋しい姿、「タクシー業」とか「産科医不足」という題の写真も同様に日本社会の抱えるトラブルを画像で、情緒的に訴え、安倍政権のせい扱いにしていました。
 これでは、カラスの黒いのも、電信柱が高いのも、みんな安倍晋三が悪いから、なんてなっちゃいそうですね。

 

 さらに偏向が明白なのは、朝日新聞自身が毎週、実施している世論調査結果の記事の見出しです。

 「民主26% 自民22%」(7月9日)という見出しの記事の本文を読むと、安倍内閣の支持率が前回の28%から31%へ、3ポイントも上がったことが記されています。その「支持率上昇」は見出しにはまったく反映されません。

 「自民、04年より逆風」「『年金選挙』1カ月前」「本社連続調査」(7月5日)という見出しの世論調査記事を読み、調査の数字をみると、なんと民主党への今回の支持率は毎週、どんどん下がっているのです。そんな部分は見出しからまったく連想できません。

 「自民離れ 4人に1人」「05年郵政選挙→参院選」(7月8日)という一面トップ記事は、朝日新聞と東京大学の共同の世論調査結果を報じた記事でした。

 これまた小泉政権下のいろいろな意味で異例の、自民党が歴史的大勝を果たした衆議院選挙と、その2年後の参議院選挙とを並列において、「歴史的大勝」の際の自民党支持者よりも今回、自民党支持を表明した人の数が少ないからと、その部分をオニの首でも取ったように大報道する姿勢は子供じみていると感じました。そこには、とにかく安倍首相の人気が落ちていると報じたい、切ないまでの政治的願望があらわでした。

 

 

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