日本の首相の外国訪問でこれほど相手国の機嫌ばかりをうかがい、日本側の注文や抗議を表に出さなかったという実例も、ちょっと思い出しません。
要するに、中国に対し日本側が不満であること、懸念すること、理不尽だとみなすこと、など、なにひとつ述べず、ただただ、「協力」とか「友好」とかを強調しただけなのです。
究極の日中友好とはこのことでしょうか。もちろん皮肉な意味で、です。
日本側が中国の主張にすべてハイハイと言っていれば、「対中友好」は究極の形で保たれます。でもこんな態度は一般には叩頭外交、あるいは朝貢外交とみなされるでしょう。ひどい場合には土下座外交とも評されましょう。とにかく相手の意思に従い、同調している外交だからです。相手に一切、文句を言わねば、仲のよい外見が生まれるのは当然です。
福田首相は訪中で中国首脳に調子を合わせ、「日中関係は春を迎えた」などという見解を述べました。いまほど日本と中国が有効に協力をできる時はない、という趣旨も述べました。その一方、いま日本国民の多くが懸念している案件、中国の言動が日本の国益を脅かしている案件などには、一切、触れなかったのです。
「公表はしないが、実際の会談では中国側に抗議や要求をした」という弁解は通用しません。公開の場で表明しなければ、抗議や注意の意味はありません。
さて福田首相が当然、中国側に対して、言及し、指摘し、批判や懸念を表明すべきだった案件としては、少なくとも以下の10項目があげられます。
▽中国は軍事力の異常な拡張を続け、弾道核ミサイルや潜水艦の増強、宇宙兵器の開発、サイバー・テロの演習などにより日本の安全保障への潜在脅威を高めている。
▽中国は軍事面での実際の増強措置や政策、戦略をすべて秘密とし、日米両国のような民主主義国家での「軍事の透明性」をまったく無視している。
▽中国は東シナ海のガス田開発で国際的に正当性のある日中境界線を認めず、独自の開発を進め、日本側海域でのみの「共同開発」を図っている。
▽中国は台湾への武力行使の可能性を公言し、日本や米国の「台湾海峡の平和と安定」や「台湾問題の平和的解決」への要請を無視している。
▽中国は国内で共産党の独裁統治を続け、民主主義の複数政党制を否定し、反対勢力を弾圧し、国民の基本的な人権を抑圧している。
▽中国はチベットやウイグルの少数民族の権利をも抑圧し、漢民族化を進め、民族自立への動きを厳しく弾圧している。
▽中国は日本の企業にも重大な被害を与える偽造品、模造品の横行を許容し、知的所有権の侵害をきちんと取り締まっていない。
▽中国は日本の国民の生命にもかかわる有毒な食品、薬品、日常用品などの対日輸出を十分に取り締まっていない。
▽中国は南京の博物館などでなお「日本軍は30万以上の中国民間人と虐殺した」という虚構の展示を堂々と更新し、反日の宣伝や教育を続けている。
▽中国は経済の高度成長の最優先のために環境破壊をあえて放置し、温室効果ガスの排出量も制限をしないことを政策としている。
以上、ざっとあげただけでも10項目の案件は日本側にとって深刻な懸念の対象なのです。しかし福田首相はそのどれにも言及せず、中国側に日本側の要望や抗議を伝えることはしませんでした。
2008年が幕を開けたこの時期に、福田首相のこうした中国訪問は新しい年の福田外交の欠陥を予知させる不吉な象徴のようにみえます。
しかし同時に福田首相のこういう対中姿勢は、中国への危険な媚びとして、日本国民への警戒警報となりうるでしょう。
福田首相が温家宝首相を野球のユニフォームでキャッチボールをする光景をみて、日本国民はどう感じたでしょうか。もちろん多様な反応があって当然です。
しかし私は気持ちが悪くなりました。日本の首相と中国の首相と、それぞれの自国で選ばれる手順や構造は天地の差があるからです。中国の政治指導者たちは一党独裁の永久専制統治のリーダーなのです。
日本側でこの大きなミゾを意識するならば、こんな「友好」の演出はできないはずです。福田首相は中国側首脳と握手をしあうだけで十分ではないですか。
この点は基本的な価値観の相違への認識につながっています。
福田首相は自分の信奉する基本的な価値観をみずからの外交に反映させるという発想はまったくないようです。
今回の福田訪中の問題点は各新聞ともごく控えめな形でしか指摘していませんでした。そんななかで私が感心したのは読売新聞12月29日朝刊に載った北京発の杉山祐之記者の解説記事でした。
この記事は「見返り最小限 成果大 中国首相笑顔」という見出しでした。
その趣旨は、中国側が日本側から最小限の見返りで大きな成果を得るという戦術に成功した――ということでした。福田首相はその中国側の期待に十分にこたえた、というのです。
つまり中国側は日本側になにも与えることなく、多くを得た、という総括なのです。
福田首相は中国側に媚びてしまった、ということでしょうか。