2008年02月

昨日2月27日アメリカ議会の公聴会に行きました。下院のレイバーン議員会館の一室でした。
「中国に関する議会・政府委員会」という組織が開催した公聴会を取材するためでした。この組織は立法府である議会と行政府である政府とが合同して、中国や米中関係にかかわる課題について取り組むことを機能目的としています。実際にはその課題は中国の社会問題、とくに人権抑圧などが多く、中国側での人権状況が米中関係にどう影響し、どう位置づけられるか、というような見地から批判的に提起しています。
この日の公聴会のタイトルは「2008年の北京オリンピックが中国の人権と法の統治に与える影響」でした。

なおこのテーマについては別の場でも報告しています。
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/i/69/

しかしこの公聴会の熱気には驚きました。
まず会場が超満員なのです。しかもなんともいえない緊張と高揚が部屋に満ち満ちていました。公聴会を仕切るのは議会と政府の代表、議会側は上下両院のかなり大物の議員たちも顔を並べていました。チャック・ヘーゲル上院議員、クリス・スミス下院議員などです。この議員たちの発言はあとで紹介します。

この公聴会では中国が五輪の主催国となり、国際規範を守ることを前提に、実際の五輪開催へと進んでいるのに、その一方で国内での人権弾圧は少しも減っていないではないか、それでも五輪開催の資格があるのか――という非難が中心でした。
中国の共産党政権がなお実行している種々の人権抑圧のなかでも、同公聴会では報道や言論の自由の抑圧が主テーマとまりました。
証人の一人として登場した「ジャーナリスト保護委員会」という国際組織のアジア調整官ロバート・ディーツ氏が要旨、以下のような報告をしました。

「中国政府は2008年北京五輪を絶対の成功とするために、中国のマスコミの統制を一段と強めている。中国当局は現在、少なくとも25人の中国人の記者や編集者をその仕事の関連で逮捕し、拘束している。公式の容疑は国家機密漏洩とか社会安定への脅威、国家転覆煽動などとされているが、実際にはどのケースも政府に都合の悪い言論、報道の活動をしただけなのだ」

「典型的なのは当代商報の記者だった師濤氏のケースだ。師の『罪』は共産党同局が彼の新聞に対し、天安門事件の記念日のニュースの扱い方などを指示した命令書の内容を電子メールで流したことだけだった。だが彼は国家機密海外漏洩罪で懲役10年の刑に服している」

ディーツ氏はその他、多数の中国人記者、編集者たちが弾圧を受け、投獄されている実例をあげました。そして国際社会が中国政府に「北京五輪を主催するならば、人権弾圧を停止せよ」と抗議することなどを訴えました。
以下はその「ジャーナリスト保護委員会」の出した中国政府の言論弾圧報告書のカバー写真です。



上記の公聴会に出たアメリカ議会の議員たちの発言をまとめた記事を以下に紹介します。

「人権弾圧中国に五輪の資格なし」米公聴会で批判続出

 【ワシントン=古森義久】米国の「中国に関する議会・政府委員会」が27日に開いた「北京五輪の中国での人権と法の統治に対する影響」と題する公聴会で、米国議会上下両院議員たちが中国政府の人権弾圧の事例を次々に指摘し、五輪開催国にふさわしくないという批判が続出した。

 同委員会の委員長のサンダー・レビン下院議員(民主党)は「中国政府は国内の人権擁護促進への誓約を前提条件の一つにして五輪開催国になったが、人権弾圧は依然、続いており、この数週間でも当局は人権への懸念を五輪とからめて述べただけの活動家たち数人を拘束した」と指摘して、中国政府への抗議の姿勢を明確にした。

 クリス・スミス下院議員(共和党)は「中国には言論、報道、集会の各自由がない」と前置きして「中国政府のそうした人権侵害の性格と規模を考えると、オリンピックが中国の首都で開かれるというのは恥辱だ」という抗議の意を表明した。

 バイロン・ドーガン上院議員(民主党)も「中国当局は従来の人権抑圧に加えて、2008年の北京五輪の開催を利用して自国政府の人権弾圧の実態を広く内外に知らせようとした中国人活動家たちをすでに逮捕し始めた」と非難した。

 同議員はさらに「中国政府は自国民に自由な発言の権利、労働者の権利、政府批判の権利などを認めておらず、その状態は五輪の精神に違反する」と述べ、中国人政治犯のうちの主要人物7人の実名をあげ、その釈放を要求した。

         以上が記事の紹介です。


しかし北京五輪がらみの中国の人権弾圧問題といえば、アメリカ側での「ダルフール虐殺非難」を除くことはできません。アメリカ議会では
「中国はスーダン政府に圧力をかけて、ダルフール大量虐殺を止めさせない限り、北京五輪の主催国の資格はない」という趣旨の決議を全会一致で成立させているのです。

そのダルフール問題で活動するアメリカの団体が以下のような写真を
宣伝しています。


米国大統領選挙の民主党候補指名争いはまだヒラリー・クリントン上院議員とバラク・オバマ上院議員との間で激しく続いているようにみえますが、アメリカの政治プロたちの間では、もうすでに勝負がついたという観測が急速に広がっています。
Barack Obama and Hillary Clinton
     写真は 2月21日のテキサス州での討論会

「米国初の女性大統領」「ヒラリー旋風」「ヒラリー・クリントン候補の圧倒的優位」――などなど、日本でもヒラリー女史の勝利を断言する向きも少なくありませんでした。
しかしヒラリー女史は対抗馬のオバマ候補に、すでにもう9州連続で負けているのです。2月26日の夜に開かれたクリントン対オバマ討論の第20回目でも、直後の世論調査では「オバマ候補が討論に勝った」と答えた人が70%で、クリントン候補の勝だと答えた人は全体の30%でした。

いや、まだテキサスとオハイオの両州での3月4日の予備選があり、ヒラリー女史はそこで勝利を飾り、オバマ候補に対する劣勢を挽回できるのだ、という説もあります。ところが真の政治プロの間では、現実にはもう勝負がつき、ヒラリーの挽回は不可能だという見方が定着しつつあるようなのです。

その代表的な見方がロバート・ノバック氏がワシントン・ポスト2月25日付に載せたコラム記事です。ノバック氏は全米に広く知られた政治評論家です。保守系ですが、大統領選挙に関しては長年の多角的な洞察で有名です。このコラム記事を紹介しながら、
ヒラリー女史の大統領選キャンペーンの真実を探ってみましょう。

ノバック氏のコラムは「誰がヒラリーに告げるか」と題されていました。
その要旨は次のとおりです。

「オバマ候補が2月19日、ウィスコンシン州でクリントン候補に対する9回連続の勝利を飾った時よりも前に、民主党内の長老的な人物たちは、次のような質問を自らに発していた。『誰がヒラリーに彼女の選挙戦はもう終わり、民主党の指名はもはや獲得できなくなった、ということを告げるのか』と」
「同様に、ヒラリーが大統領選レースから離脱するのが早ければ早いほど、民主党が11月の本番選挙で共和党候補のジョン・マケイン上院議員を打ち破る可能性が高くなる、ということも、ヒラリーに告げねばならないのだ」
「ヒラリーが民主党の指名候補にはなれないことは、実はウィスコンシン州での予備選の前から明白となっていた。最悪の悪夢のシナリオは、彼女がウィスコンシンでオバマに勝ち、『挽回』を宣言して、テキサスとオハイオでも勝つという展開だろう。そうなると
ヒラリー対オバマの戦いは8月末の民主党全国大会まで激しく続くことになる。だがそれでもヒラリーは指名は獲得できないだろう」
「民主党にとってはヒラリーとオバマの激しい戦いが長く続けば続くほど、党内の団結が乱れて、共和党のマケインを利することになる。そのことを誰がヒラリーに告げ、とにかく一刻でも早く彼女を選挙戦から離脱させることが肝心だ。だが誰がヒラリーの首に鈴をつける役を果たすのか。それが問題なのだ」

 ノバック氏のコラム記事はそう述べています。そして、いまの民主党系選挙民全般の動きがオバマ候補支持へと大きく流れていることを指摘します。
 ヒラリー・クリントンの大統領選挙への出馬は、もうすでに終わったことに等しいのだ、というわけです。
 アメリカにはこんな厳しい考察もあるということです。

米国大統領選挙も予想外の展開が続いています。
民主党側ではあれほど圧倒的優位を誇っていたヒラリー・クリントン候補の人気が大きく揺らぎ始めました。それに反比例する形でバラク・オバマ候補への支持が高まっています。

一方、共和党側ではジョン・マケイン候補の指名獲得の見通しは動いていません。
これまでも伝えてきたように、マケイン候補の復活はイラク情勢の好転と密接な関係があります。マケイン氏が一貫して主張してきたイラクの民主化、そのための治安回復、テロ勢力との断固たる闘争、米軍の増派による積極果敢な軍事平定作戦などが最近になって改めて肯定されるような現地の情勢の展開が続いているからです。

そしていまやこのイラク問題がこれまでとは異なる形で大統領選挙の争点になる気配となってきました。マケイン対オバマあるいはクリントンという形の政策論争が予測されるわけです。

John McCain 

こうしたイラク情勢と大統領選挙の相互のからみあいについて以下のような記事を紹介します。

米大統領選 イラク情勢好転で論点変化 強気マケイン氏…民主守勢
2008年02月21日 産経新聞 東京朝刊 国際面

 【ワシントン=古森義久】イラクでの米軍増派による治安の改善と政治面での民族和解への前進が米国内でのイラク論議を変容させ、大統領選挙での議論の構図を大きく変えそうになってきた。イラクの軍事、政治両面での情勢好転が、米国内でこれまで「イラクでの失敗」を大前提にブッシュ政権を非難してきた民主党候補を論戦での守勢に立たせ始めたといえる。

 イラク議会は2月中旬、(1)合計480億ドルにのぼる新予算案(2)10月1日をメドとする地方選挙の実施法案(3)フセイン元政権関係者などへの特赦法案-を可決した。いずれもこれまで困難とされてきた案件で、その妥結によりシーア、スンニ、クルドの各派間の和解は大幅に進むと期待されている。

 米国の共和党大統領選候補ジョン・マケイン上院議員はこの3法案の可決を受けて「民主党のクリントン、オバマ両候補はなおイラクでの各派間の政治的和解がないとして早期の米軍撤退を求めているが、これら法案の可決はその和解の証しだ。イラク情勢は軍事、政治両面で好転しており、期限つきの米軍撤退はその好転を突き崩す」と民主党側を批判した。

 マケイン氏のこうした強気の発言の背後には、同氏が強力に支持したブッシュ政権のイラクへの米軍増派によって治安が大幅に改善されたという実績がある。現地の多国籍軍の発表では、昨年夏から今年1月までにイラク全土でのテロ攻撃は70%以上も減り、首都バグダッド周辺での宗派間の争いやテロ勢力による攻撃も約90%減った。

 民主党はこれに対しブッシュ政権のイラク介入自体を失敗として非難してきたため、軍事面での情勢好転はほとんど論評せず、「政治的和解が進んでいないからイラク民主化は失敗」(民主党のナンシー・ペロシ下院議長)と断じる向きが大方だった。ところが今回、その政治面でも前進があったため、民主党側は論戦で守勢に立たされた観がある。

 イラクでの政治面での前進については、ブッシュ政権のイラク政策を激しく非難してきたニューヨーク・タイムズでさえも2月14日の社説で「イラクでの(いくらかの)前進」と題し、「前進」という語にあえてかっこ付きで「いくらかの」という言葉を添えながらもそれを認めた。

 同じ民主党寄りのワシントン・ポストも13日付社説で「イラクはゆっくりとだが、激しい混乱ではなく、安定に向かって動いている」と認めた。そのうえで同社説は民主党のオバマ、クリントン両氏ともに「イラクに関して時代遅れで独断的な見解を変えようとせず、イラクの変化した情勢が両候補の早期の米軍撤退構想に修正を必要にしたことを頑迷にも認めようとしない」と痛烈に批判した。

 同社説はまた「米軍がイラク現地で成功をもたらしているちょうどその時期に、米国の国内政治に押されて期限をつけ、自動的に米軍を引き揚げようとすることは無謀であり危険だ」と論じた。

 こうした民主党寄りの大手マスコミが相次いでイラク情勢の好転を認めただけでなく、民主党候補の早期撤退論に批判を表明するに至ったことは、米国のイラク論議に大きな変化が出て、大統領選挙でのイラク論争も基礎の構図が変わってきたのだといえよう。

日本柔道界の指導者、山下泰裕氏がワシントンを訪れます。


  山下泰裕(やました・やすひろ)

柔道家+国際柔道連盟教育・コーチング理事+日露賢人会議議員1957年、熊本県生まれ。東海大学大学院卒業。全日本選手権9連覇、ロサンゼルスオリンピック無差別級金メダルほか、タイトル多数。
 
このワシントン訪問はアメリカの柔道界の要望や在留邦人の関心を受ける形で在米日本大使の加藤良三氏が動き、外務省のプロジェクトとして実現します。
山下氏はワシントンでは2月21日に到着してすぐ、日本広報文化センターで一般向けの講演と柔道の実技の披露、22日には地元のアメリカの小学校を複数、訪れ、日本商工会議所の昼食会で講演をします。

そして柔道という観点からのメインのイベントとして23日にほぼ1日を費やして、「ジョージタウン大学・ワシントン柔道クラブ」で柔道の実技講習会を開きます。この講習会へのアメリカ側の熱い反応をみると、山下氏の世界柔道界での人気のほどがうかがわれます。講習会はジョージタウン大学の大きな体育館を会場としますが、防火規則などの関連で参加を一応、100人に限りました。また資格も黒帯、茶帯以上と制限しています。それでもなお応募が全米の各地から殺到し、あっというまに定員に達してしまいました。その応募の顔ぶれがまた実に多彩、広範で、ウィスコンシン州などという遠隔地からもやってくるというのです。さあ、熱気に満ちたイベントとなることでしょう。

ここで痛感させられるのも、山下氏の個人の魅力はまた別として、日本が主導する柔道へのアメリカ側のきわめて強い関心です。日本側からみれば、日本で生まれ育った柔道の対外発信、そして国際的な普遍性ということになります。

以下は日本大使館の一部である「日本広報文化センター」での山下泰裕講演会の案内です。

Japan Information & Culture Center, Embassy of Japan Presents:

Rei!

Respect and Discipline on the Judo Mat

Lecture by Yasuhiro Yamashita,

Gold Medalist 1984 Olympics

Thursday February 21, 6:30pm

In the JICC Auditorium

The JICC is proud to present a lecture by legendary judo-ka Yasuhiro Yamashita. Winning all of his matches outright by ippon, Mr. Yamashita earned the gold medal in the judo men’s open division at the 1984 Summer Olympics in Los Angeles. He also has won four gold medals at the Judo World Championships.  After retiring from competitive judo with a record of 203 consecutive wins, Yamashita, an 8th degree black belt, is now engaged in training young judo-ka worldwide. He has been utilizing judo to promote cross-cultural interaction throughout Asia, the Middle East, Russia and North America.

 In conjunction with visits to schools and universities in the DC area, Mr. Yamashita, who is internationally renowned as one of the strongest judo-ka in history, will give a lecture at the JICC about rei or respect, which is the most fundamental element of judo. Following the lecture there will be a demonstration by two of his students who have competed in all-Japan judo championships.

This event is free and open to the public.  Reservations are required.

Please RSVP to jiccrsvpwinter08@embjapan.org

Seating is limited and granted on a first come, first served basis

Japan Information and Culture Center, Embassy of Japan3 Lafayette Center1155 21PstP St NWWashington DC 20036202-238-6949www.us.emb-japan.go.jp/jicc



なお山下氏と柔道の国際性については同氏が5年ほど前にワシントンを訪れた際にも、いろいろ話を聞いて、コラム記事を書きました。以下に紹介します。   


【緯度経度】伝統と国際協調柔道の模索 ワシントン・古森義久
2003年08月10日 産経新聞 東京朝刊 国際面


 ワシントンを七月末に訪れた柔道の覇者の山下泰裕氏から世界の柔道への抱負やジレンマを聞く機会を得た。山下氏の思索が日本の固有の価値観や文化を異世界にどう調和させ、発展させるか、という点で世界での日本の国のあり方そのものの模索とそっくりなのがおもしろかった。

 東海大学教授の山下氏はこの九月から国際柔道連盟の理事となることが決まった。教育・コーチング担当理事として柔道の国際的な普及に責任を持つ。この新任務に備えるため同氏は米国で一カ月、英語研修と国際交流に専念することにしたという。東海大学での後輩でニューヨーク在住のユーゴ出身スポーツコーチ、ラドミール・コバセビッチ氏宅を拠点としたが、加藤良三駐米大使やワシントン柔道クラブの招きで首都を初めて訪れた。

 加藤大使は日米交流の観点から全米柔道選手権で活躍したベン・キャンベル上院議員、東京在勤時代に柔術や柔道の特訓を受けたトーマス・フォーリー元駐日大使、静岡在住時代に各種の武道を学んだマイケル・グリーン国家安全保障会議日本・朝鮮部長などを招き、山下氏を囲む集いを開いた。

 山下氏は堅実な英語でキャンベル議員らと柔道に限らず、教育、体育、自己鍛錬から各国の価値観、日米関係にいたるまで語りあったという。

 山下氏は連邦議会や国防総省にも招かれた。国防総省ではペンタゴンの機能のあらましを見学した後、9・11テロ(米中枢同時テロ)の旅客機突入場所に作られたチャペルを訪れたり、ベテラン宇宙飛行士のケビン・チルトン空軍少将と懇談した。9・11テロについては山下氏はハイジャックされた旅客機内でテロリストに立ち向かった乗客のジェレミー・グリック氏が米国の柔道家だったことに特別の関心を抱いたという。その旅客機は中枢破壊テロには失敗して、墜落した。

 山下氏の三日間の首都滞在の最後はワシントン柔道クラブでの指導だった。同氏はここでもすべて英語で二時間半、百人ほどの米国柔道家たちに技を説明し、稽古(けいこ)への心構えを語った。引退して十八年とはいえ、滑るように動き、流れるように投げる練達は満場を魅了した。日本人がみせる日本の技量をこれだけ多数の米国人がこれだけ熱心に学ぼうとする光景はみた記憶がなかった。

 山下氏がいまこうした国際体験を改めて重ねるのも、九月からの新任務で諸外国代表との厳しいやりとりが予測されるからだという。

 世界の柔道も基本的にはまだまだ日本スタンダードである。多様な技の内容も種類も日本で長年発展してきたままが範だし、用語も技の名はもちろん、「始め」「待て」まで日本語が共通語なのだ。試合で相手に丁寧に礼をするという精神も日本基準といえるだろう。

 だがそれでも日本基準へのチャレンジは絶えない。古くは試合でのポイント制やカラー柔道衣の導入も日本本来の方式の変革を外国から求められた結果だった。なにしろ全世界百八十カ国に広まった競技だから考え方も多様をきわめるのだ。

 山下氏によると、最近では柔道をより広めるために用語を英語にするとか、テレビ放映を多くするために、礼を薄めて選手が喜怒をあらわにすることを許す、という案が外国から出されている。日本の伝統だけを固持していると、国際的な魅力を失い、五輪からも、テレビからも、やがては背を向けられる危険がある。かといって外国の求めるとおりに変えてしまえば、柔道のなかの日本までが失われる。山下氏のジレンマはこんな点にあるというのだ。

 日本の国のあり方も外部からの制度やアイデアをあまりに広範に採用すれば、古きよき日本が失われる。かといって日本独自の慣行ばかりを固守すれば、諸外国との国際協調を失う。とくに経済ではグローバル・スタンダードの拒否は効率の低下につながってしまう。どこに調和点を求めるかは山下氏の模索と同じだろう。

 ただし柔道が日本から世界に出ていっての対応を問われるのに対し、日本の国のあり方は世界から入ってきた事物への対応を問われるという違いはある。

 山下氏自身はこの模索への当面の指針として、柔道の礼節、つまり教育的価値と、あくまで一本勝ちを至上とする実技規範とを守ることだけは譲れない、と考えているという。

 「柔道を真に国際的な競技として確立するには日本の伝統部分をもある程度、変えねばならないのは自明だと思います。しかしこの二点だけは変えてはならない、というのが私の少なくともいまの確信です」

 山下氏は意外な柔軟性をにじませて語るのだった。 ((終わり)

この写真は山下氏とロシアのプーチン大統領との柔道交流の光景です。

柔道に関するテーマをこのブログで何回か、取り上げてきました。
このブログの主題はアメリカの首都ワシントンからみての政治や安保、外交などですので、柔道というのは奇異に思われるかも知れません。

しかし私が柔道を話題にするのは、柔道が「日本と世界」とか「日本からの対外発信」という主題にかかわるからです。日本で生まれ、育ち、国際社会に広まっていった事物で、柔道ほど全世界に普及したものも、まずありません。日本の事物が国際基準となりうる例証です。

ワシントンでもジョージタウン大学のなかに「ジョージタウン大学・ワシントン柔道クラブ」という大きな道場があって、アメリカ人だけでなく、他の諸国からの男女が多数、日本から発展した柔道の練習に励んでいます。日本の柔道の国際性のまさに縮図です。

この柔道クラブには子供たちもやってきます。アメリカ人の少年少女がほとんどですが、そのなかにはフランス人やペルー人の子供たちも入っています。そんな外国の子供たちが「礼!」とか「始め!」という日本語の号令に合わせて、日本の柔道に没頭する光景は柔道の国際性とともに、「日本」の普遍性をも感じさせます。

しかしこの「ワシントン柔道クラブ」にいつも通ってくる子供の一人にごく最近、悲劇が起きました。夢にも想像のできなかった悲惨な出来事でした。そのことを書いた記事をまず、以下に紹介します。

【外信コラム】ポトマック通信 ある少女の死
2008年02月01日 産経新聞 東京朝刊 国際面

 日ごろ通う「ジョージタウン大学・ワシントン柔道クラブ」では11歳のクロイ・バッセさんは人気者だった。フランス人の父、ベトナム人の母を持つこの少女は医学者の父がワシントン地区の米国立衛生研究所(NIH)に勤めるため地元の学校に通い、2年ほど前にこのクラブに入門してきた。

 小柄で細身、笑顔が優しいクロイさんは柔道となると、敏速に動き、果敢に攻め、昨年秋に慶応大学選手団を連れて訪れた同大学の朝飛大師範までを絶賛させたほどだった。朝飛師範といえば、日本でも有数の少年少女柔道の指導者である。

 クロイさんは入門当初から技を教えた私にもなつき、遅れて道場に入る私をみると、いつもにっこりと笑い、手を振ってくれた。そのクロイさんが死んだという報はクラブの全員に衝撃を与えた。

 12月末、父親の故郷のフランスの地方に滞在していた彼女は古い湯沸かし装置からの一酸化炭素の中毒で事故死したのだという。悲報が柔道クラブにもたらされたのは新年に入ってからだった。全員がしばらくは黙りこんでしまうほど唐突で残酷な知らせだった。彼女と親しかった米国人の子供たちはやがて声をあげて泣き出した。

 柔道を通じての国際交流にはこんな意外な事態もあるのかと感慨に襲われた。(古森義久)

そのクロイさんは下の写真の右端に写っています。5人の子供のなかで一番、背が高くみえる少女です。この少女が事故死してしまったのです。
なお背後に立っているアメリカ人男性は「ワシントン柔道クラブ」の師範の一人、タッド・ノルス弁護士です。




上の写真は昨年5月、ワシントン近郊のメリーランド州での柔道大会に出場した「ワシントン柔道クラブ」の子供たちの一部です。この大会でクロイさんは3人ほどに勝って、昇級しました。

クロイさんはどういうわけか、柔道がすっかり好きになって、付き添いの父親を逆に引っ張るようにして、クラブに毎週、通ってきました。練習も熱心でした。相手にがっちりと組んで、大内刈、大外刈という技を果敢にかけて、攻めるのです。私も頻繁に稽古の相手になっていました。

日本とはおよそ縁のないクロイさんが日本の柔道に熱中していたのです。
そして普通ならまったくかかわりのない日本人の新聞記者の私とも、組みあって、投げあうという体のぶつけあいまでしていたのです。柔道というきずながそうさせたのです。
これこそ柔道の普遍性、国際性だといえましょう。

クロイさんの笑顔を思い出し、その冥福を祈りながら、そんなことを考えた次第です。

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