2008年04月

アメリカ大統領選挙は民主党側のオバマ対クリントンの激闘が依然、続いていますが、4月29日のワシントンを騒がせたのは、オバマ候補が長年、通っていた教会の黒人牧師ジェレマイア・ライト師の激しい「反米発言」でした。ライト牧師が繰り返した「アメリカに呪いあれ!」などという発言がオバマ候補の人気に悪影響を与えるか否か、です。
Huckabee defends Barack Obama on Rev. Wright controversy
                                Jeremiah Wright - Hillary Clinton ain't never been called...
オバマ氏が家族とともに信仰の師と仰いできたライト牧師がシカゴの黒人キリスト教会で白人主導のアメリカ社会に対し、扇情的な糾弾発言を繰り返してきたことは、このブログでもすでに伝えました。

そのライト牧師が4月28日、ワシントンのナショナル・プレスクラブでスピーチと記者会見をして、さらに爆弾発言を改めて繰り返ししたのです。

「アメリカよ、呪いあれ!」

「エイズはアメリカの(黒人など)少数民族への攻撃武器としてアメリカ政府がつくった」

「アメリカ海兵隊はキリストを殺したローマの兵士のようだ」

「アメリカが9・11テロを受けたのは自身がテロを実行したからで、自業自得だ」

「アメリカは罪のない人々を殺してきた」


ライト牧師は以上のような言葉を何度も述べました。

さてオバマ候補はどう対応したか。これまでのライト牧師を擁護するような態度を一変させたのです。

29日のオバマ候補の言葉です。

「私はライト牧師の見解にまったく同意しない。ライ牧師の見解は間違っている」

「ライト牧師の言葉に失望し、憤慨した」

「ライト牧師はもう私が20年前から知っていた人物とは異なるといえる」

さあ、このライト発言はオバマ候補にどんな影響を与えるのか。

ニューヨーク・タイムズのコラムニストのボブ・ハーバート氏は29日のコラム記事で次のように書きました。

「ライト牧師がワシントンにきたのはオバマ候補を賞賛するためではなく、同候補を葬るためだったのか」

「オバマ氏は白人の労働者層やカトリック信徒の間で人気を高めることができなかったが、ライト牧師はこの弱点をさらに悪化させる間違った薬のようだ」


ワシントン・ポストも29日付の社説で「ライト牧師の厚顔ぶり」と題して、同牧師の発言を厳しく非難しました。そしてその発言がオバマ候補に悪影響を与えるという見解を示したました。

「こうした発言はどれ一つ、オバマ候補に役立ちはしない」

Change We Can Believe In

ヒラリー・クリントン候補も、ジョン・マケイン候補もいまのところ、ライト牧師の再度の爆弾発言に対してはコメントを差し控えています。

アメリカ大統領選はますますおもいしろい展開となってきました。

中国が国際社会に投げる波紋がますます大きくなってきました。
最も象徴的なのはオリンピックの聖火リレーです。
ロンドンでも、パリでも、サンフランシスコでも、中国のチベット弾圧を非難する人たちが、この中国主導の聖火リレーに抗議しました。

下の一連の写真は4月6日、ロンドンでのその抗議の模様です。

London, 6th April




いまや日本もアメリカも、あるいは欧州の主要諸国も、ついに中国とは効果的に関与を保つことが大前提となったようです。ただし、どのように関与するか、が肝心です。

思えば現在の中国はチベットでの弾圧に留まらず、ダルフールでの大量虐殺への間接関与、偽造品、模造品による知的所有権の侵害、世界各地の「無法国家」と連携してのエネルギー追求戦略、有害産品のグローバルな輸出、軍事力の秘密裏の大幅な増強など、あいついで深刻な「問題」を引き起こしています。

中国が国際社会や、近隣諸国に突きつける諸問題がこれほど大きくなると、隣国の日本としてはこれまで以上に真剣な事態っであることは言を待たず、従来よりもずっと体系的、政策的な取り組みが必要とされてきます。

中国は国際社会の規範や基準からみれば、、とう考えても異質性の高い存在です。隣国の日本はその中国に対しぜひともこんご特別の取り組みをしていかねばらなりません。その特別な取り組みとは、どんな対応の仕方でしょうか。

まずなにをおいても、日本としては、オール・ジャパンの態勢で国をあげ、国民全体で取り組むことが必要となるでしょう。そのためにはアメリカの行政府、立法府さらには民間がいま採っている方法が参考となるかもしれません。

ここではそのアメリカが実際に中国に対し、どんなアプローチをとって、どのように対処しているかをまず紹介します。
政府、議会、民間で、それぞれどんな機関がどのように中国問題と取り組むのか。このアメリカの実例を日本も少しは導入し、履行してみたらどうでしょうか。

中国という特殊の存在の国家は日本としても国をあげて、その動向を調べ、論じ、考えねばならない時期がきたようだからです。


   アメリカ官民の中国への政策的な取り組み

[行政府]

①国防総省の「中国の軍事力」報告書――毎年一度、作成して議会に送付。

②通商代表部の「中国のWTO規則遵守状況の調査」報告書発表。

③財務省主体の「米中戦略対話」――経済、財政を主体に随時、開催。

④国務省の「各国人権状況」報告書――毎年、発表。中国の項目は大きい。

⑤国務省の「テロ支援国家」報告書――中国は指定されていないが、調査対象。

 

[議会]

①米中経済安保調査委員会――米中間の経済問題が米国の国家安全保障に及ぼす影響を調査。

②中国に関する議会・政府委員会――中国の社会問題(人権や環境)を調査し、米政府に勧告。

③中国議員連盟――上下両院議員で結成し、主として中国の軍事動向を調査し、議論。

④上院外交委員会――東アジア太平洋小委員会を主に中国関連案件を随時、議論。

⑤下院外交委員会――東アジア太平洋小委員会を主に中国関連案件を随時、議論。

⑥議会調査局――アジア部門が中国の政治、経済、軍事の動向を常時、調査、発表。

 

〔民間研究所〕

     ヘリテージ財団――中国研究部門が常時、報告書を発表、セミナーなど開催。

     AEI――中国研究部門が非常に頻繁に研究報告を発表し、セミナー類を主催。

     国際戦略研究センター(CSIS)――アジア研究部門が中国案件を研究。

     カーネギー国際平和財団――中国研究班が専門的に研究、調査を継続。

     ジョージタウン大学シグールセンター――中国研究部門が研究と調査を発表。

 

〔民間人権団体〕

     中国人権(HRIC)――中国内部の人権抑圧ケースを連日、報告。

     人権ウォッチ(HRW)――中国専門部門が連日のように中国内部の人権抑圧案件を報告。

     アムネスティー・インターナショナル――中国部門が中国の人権抑圧を恒常的に調査。

           
            以上 

日本にとっても少しは参考になるのではないでしょうか。
なおアメリカの議会の中国との取り組み方については別のところに記事を書きました。ご参照ください。

http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/i/73/
   

 

アメリカの大統領選挙も民主党の指名争いがさらに熱気を帯び、このところ日米両国のマスコミとも、クリンントン対オバマの対決ばかりを大々的に報じています。

しかし共和党のジョン・マケイン候補もすでに自党の指名獲得を確実にして、積極的なキャンペーンを展開しています。包括的な経済政策の発表も、その一環、全米各地を回って、マケイン流保守主義を訴えることも、恒常的に続けています。

さてそのマケイン候補といえば、ベトナム戦争で5年半の捕虜生活を送り、拷問にも耐え、他の捕虜たちを指導し、軍事機密を守ることに成功したという体験から、その存在をまず全米で知られるようになったことは周知の事実です。
ジョン・マケインといえば、ベトナム戦争というのが、彼が政治の世界に入ってからも、定着したイメージでした。

写真はベトナム戦時の海軍パイロットとしてのマケイン氏。
John McCain













                      捕虜として負傷の手当てを受けるマケイン氏。
John McCain                 












ではマケイン氏はベトナム戦争をどうみているのか、その点に触れるコラム記事を産経新聞に書きました。

以下の紹介します。4月24日朝刊の記事です。

【あめりかノート】ワシントン駐在編集特別委員・古森義久

2008.4.24 02:38

 ■消えない戦争の光と影

 米国の今回の大統領選挙でもまた、ベトナム戦争がキャンペーンの背後の要因として、意外と大きくなりそうである。共和党候補指名が事実上、決まったジョン・マケイン上院議員に、あの戦争中、5年半も捕虜となり、その刻苦を称賛されるようになった経歴があるからだ。

 前回2004年の大統領選でも、ベトナム戦争はその終結から30年近くが過ぎていたのに、大きな影を広げた。民主党のジョン・ケリー候補が海軍将校として北ベトナム側のゲリラと果敢に戦ったという「戦歴」を宣伝したからだった。ケリー氏は実際にはその後の反戦活動で全米に名を広めていたから、戦歴を誇ることには反発が激しかった。

 しかしマケイン氏は「あの戦争は米国にとっても、敗れた南ベトナムの国民にとっても、それなりの大義や目的があった」という立場を一貫してとってきた。個人としてのベトナムへの愛憎が錯綜(さくそう)するような思いも、いかにも深く激しくみえた。同じベトナムで3年半ほど戦争や革命を報道した私が上院議員1期目の彼に「ベトナム戦争の意味について」などという名目で会見を求めると、いつもすぐ応じてくれた。私のベトナム観にも関心を示し、びっくりするほど長い時間を費やして、捕虜時代の苦労や米国とベトナムとの国交樹立への希望を語ってくれた。

 そうした彼のベトナムに対する理と情の屈折の極限をみたように感じたのは、1991年の上院公聴会だった。ベトナム戦争での行方不明の米兵問題を論じるこの会議での証人は元ベトナム人民軍大佐のブイ・ティン氏だった。

 ティン氏は73年3月に南ベトナムを撤退する最後の米軍を見届ける際も、75年4月に人民軍が当時の南ベトナムの首都サイゴンの大統領府に突入して、革命旗を掲げ、戦争に終止符を打った際も、現場の最上級将校だった。だが抗米闘争のそんなヒーローが90年にはフランスに亡命し、翌年、米国にきたのだった。英仏語に堪能なそのティン大佐は実はマケイン氏が捕虜のときの尋問役の一人だった。当時の米兵捕虜の尋問は拷問を伴うことも多かったという。

 「再会できてうれしいです。大佐!」

 公聴会の議員側の中心に座ったマケイン氏はこう述べて、顔をなんとも複雑にほころばせた。本当に再会を喜ぶ笑みなのか、こみあげる感慨や怒りに動かされたほころびなのか、わからなかった。ただ内面の強く激しい思いをいやでも感じさせる表情だった。

 ティン氏は故国の政権の共産主義独裁への失望を語った。ベトナム共産党が民族の和解に背を向けて、旧政権関係者を弾圧し、国民の自由や創造を踏みつぶしたと非難した。マケイン議員は表情を硬くして聞いていた。

 米国社会からベトナム戦の症候群とか後遺症という言葉が消えてもう長い。戦争中に北ベトナム側を政治色のない民族和解の平和志向勢力として位置づけ、自国の政策を糾弾した女優のジェーン・フォンダさんや歌手のジョーン・バエズさんも、「私は間違っていた」と認めてしまった。マケイン氏の戦争観が多数派に定着したということだろう。だがそれでも今回もまたベトナム戦争が大統領選で論じられるのは避けられないようだ。ベトナム抜きに人間・マケインを語れないからでもあろう。とにかくあの戦争が米国社会に投げる光と影はまだまだ消えないようなのである。(こもり・よしひさ)

アメリカ大統領選挙のペンシルベニア州民主党予備選では4月22日夜(現地時間)、
ヒラリー・クリントン候補がバラク・オバマ候補に大差をつけて勝利を飾りました。
この結果、民主党の指名争いはなお激しく両候補の間で闘われることとなりました。
共和党側にとっては好ましい展開だといえましょう。
この写真はペンシルベニア州で予備選最終段階のキャンペーンを展開するクリントン候補です。
Photo

さてペンシルベニア州での民主党予備選の開票の結果、22日午後10時ごろにクリントン候補の勝利が確定しました。78%が開票された段階でクリントン55%、オバマ45%という結果でした。クリントン候補の10ポイントのリードはまあ大勝といえましょう。

クリントン候補は10時すぎにさっそく勝利を宣言する演説をしました。
「アメリカは就任初日からアメリカを導く、そしてとくに全軍最高司令官として機能できる準備のある大統領を必要としています。私こそその大統領になりえます。ありがとう、ペンシルベニア、私をその大統領として推してくれて!」

クリントン候補のこの言葉にはオバマ候補の経験不足をそれとなく批判する意図が言外にこめられています。「就任初日から」大統領の機能をきちんと果たせるのは自分なのだ、という言葉がそれでしょう。

クリントン候補は以下のような言葉をも述べました。
「ペンシルベニアでも3対1の比率で私たちより多くの選挙資金を使った相手に対しては、とにかく戦い続けることによってのみ私たちは勝利を得られるのです!」

オバマ候補がいまや自分たちよりずっと多くの選挙資金を集め、使うことができるようになった状況に一矢を報いる言葉であり、さらにこんごもあくまでオバマ候補に戦いを挑んでいくぞ、という決意の表明だともいえます。

クリントン候補はこの勝利の結果、ペンシルベニア州の民主党代議員約158人のうち少なくとも66人の票を得ることになりますが、オバマ候補も57票は得るため、対決はさらに激化していくということです。この段階で両候補が確実にした代議員数はオバマ候補が1705、クリントン候補が1575だとされています。民主党の指名を獲得するには2025人の代議員の支持が必要です。

オバマv.s.クリントンの対決はなお先に続くことになりました。残り9つの予備選での死闘が続きそうな展望です。このところ民主党内には、このまま両候補の激突をいつまでも続けることは結局、共和党のジョン・マケイン候補を利するだけだから、指名獲得の可能性が減ってきたクリントン候補がもう撤退を宣言すべきだ、という声が高まっていました。しかし今回のクリントン候補の勝利でその声もまた当面は弱くなるでしょう。

ますますおもしろくなるアメリカの大統領選挙、民主党側のレースの過熱ぶりです。

なおクリントン候補とオバマ候補の死闘のような激突はこんごどうなるのか。どんな意味があるのか。私は別のサイトにも詳しい分析を書いています。
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/i/72/


日本と中国との間の紛争案件のひとつは東シナ海での領有権問題です。
中国は日本の尖閣諸島への領有権を主張する一方、東シナ海の排他的経済水域(EEEZ)の紛争でも大陸棚というアナクロニズムの概念を押し出し、日本側の権利を認めていません。

以下は海上保安庁発表の資料です。

尖閣諸島の概要 

 尖閣諸島は東シナ海に浮かぶ我が国固有の領土で、魚釣島、久場島、大正島、北小島、南小島等の島々からなっています。
 一番大きな魚釣島を起点とすると石垣島まで約170km、沖縄本島まで約410km、台湾までは石垣島と同じく約170kmで中国大陸までは約330kmの距離があります。
 

 同諸島は明治28114日の閣議決定により我が国の領土に編入され沖縄県の所轄となり、現在、魚釣島、北小島、南小島、久場島、大正島は土地登記上石垣市字登野城となっており、それぞれ地番をもっています。
 

 明治29年ころには魚釣島や南小島でカツオ節や海鳥の剥製等の製造が行われており、魚釣島には、船着場や工場の跡が今も残っています。

  


            魚釣島 

 尖閣諸島中最大の島で、周囲約11kmです。最も高いところは海抜362mとなっています。

 

 

 

 

北小島(手前)と南小島(奥)
北小島は周囲約3.2kmの島です。
南小島は周囲約2.5kmで北小島との距離は約200mです。

久場島


久場島は周囲約3.4kmのほぼ円形をした島です

大正島


大正島は周囲約1km、海抜約84mの断崖絶壁の島です。

 

その尖閣諸島に対する中国の主張について第三者であるアメリカの専門家から興味ある指摘がありました。
その内容を紹介します。実際には私が月刊誌WILL5月号に書いた「中国の尖閣戦略
 目的は石油じゃない」という論文の抄訳です。


 中国の国家主権にからむ戦略や思想を真正面から点検する公聴会がアメリカ議会で開かれた。二月二十七日のことだった。アメリカ議会の政策諮問機関「米中経済安保調査委員会」が開催した「国家主権とアクセス支配の方法に関する中国の見解」と題する公聴会だった。この場で多数の米側の専門家たちから中国の主権拡大の野望の実態が詳しく紹介された。

この委員会は米中両国間の経済的交流がアメリカの国家安全保障にどんな影響を及ぼすかを調べ、議会や政府に政策上の勧告をする、という目的で二〇〇〇年に設置された。実際には中国の動向を「経済的交流」の枠組みをはるかに越えて、広範にとらえ、その軍事や防衛、安全保障上の意味合いを探究する。

委員会は十二人の中国問題や安全保障問題の専門家で構成される。その顔ぶれは現職の大学教授、研究所の部長から元政府高官、元上院議員まで、それぞれの分野で知名度や実績の高い有力人物ばかりである。公聴会は中国とアメリカの安全保障にからむ具体的なテーマを選び、その主題に詳しい証人たちを招いて、そもそも専門家である委員たちが報告を聞き、質疑応答をするという形式をとる。

この日の公聴会の主題は「中国の国家主権」だった。より具体的には中国が自国の主権をどう防衛し、どう拡大しようとするか、そしてそのことがアメリカの安全保障にどう影響するか、だった。


 国家主権といえば、まずだれもが思いつく主要な構成要因は領土保全だろう。主権国家は固有の領土があってこそ成り立つ。どの国家にとっても、自国の領土への権利をどう解釈するかが死活的な重要性を持つのは自然である。この場合の領土とはもちろん領海や領空も含まれる。

中国の主権概念の特殊性と日中両国間の領土紛争に関しては証人の一員のジューン・ドレイヤー氏(マイアミ大学教授)の発言が注目に値した。

「中国の国家主権の考え方のなかでも、とくに海洋法や宇宙使用に関連しての見解は過去二十年間、注目を集めてきました。一九九二年には中国の全人代は領有権が争われている南沙諸島、西沙諸島、台湾、尖閣諸島を含む多様な地域の主権を一方的に宣言する『法』を成立させました。この『領海法』はこうした紛争地域を含む海域を中国領海と勝手にみなし、人民解放軍がその『領海』を防衛する権利をも主張しています」

以上のドレイヤー教授の証言は、要するに中国はこと主権の主張、その象徴としての領海や領土への主権の主張となると、国際法は無視して、自国独自の「法」を打ち出し、その履行には軍事力の行使をも辞さない、というのである。中国側のこうした特徴は東シナ海での領土や権益を中国と争う日本にとってはとくに頭に刻みこんでおくことが欠かせないだろう。

この日本へのからみという点で、とくに注視されたのは日中両国間で主張が対立する東シナ海でのガス田開発の案件と、尖閣諸島の領有権の案件に対する中国側の姿勢についての米海軍大学「中国海事研究所」のピーター・ダットン教授が述べた考察だった。

ダットン氏は肩書きどおり、海軍の研究機関に所属して、中国の海洋戦略、海軍戦略を専門に研究する学者である。これまでも日中両国の東シナ海での海事紛争などについてこの種の公式の場で何度か証言してきた。今回の公聴会では「軍事的手段で国家主権を拡張する中国の手法」というセッションの証人として登場した。

ダットン教授の証言も中国がこと領土の保全や拡張となると、国際法にも背を向け、軍事力の行使をも辞さずという態度で対処してくる、という「中国的特徴」を提示していた。同教授は総括としてまず以下のように述べた。

「中国は沿岸諸国と国際社会との海事権の伝統的なバランスを根本から覆そうと意図しています。とくに排他的経済水域(EEZ)に関する従来のバランスを変えようとしているのです。中国はそのために自国の海域周辺の主権を強化し、さらに拡大しようと狙っています」

排他的経済水域とは周知のように、沿岸から二百海里の水域で、沿岸国に生物・非生物の資源の探査や開発に関する主権的な権利が認められるという概念である。国際的に認められた原則ともいえる。だが中国はこの原則や概念にチャレンジしている、というのがダットン教授の考察の前提なのである。

そして同教授は中国のこうした基本姿勢の実例として東シナ海での日本との領有権紛争について証言するのだが、その前に興味あることを述べた。

「中国は南シナ海での領有権紛争では他の当事国に対して、原則は譲らなくても、わりに協力的なアプローチをみせています。しかし東シナ海での日本との紛争ではまったく対照的な対決の姿勢をとっているのです。ただし管理された対決とでも呼ぶべき姿勢です」

中国は日本に対してだけはとくに非妥協的な厳しい姿勢をとっていると証言するのだ。そして次のように説明するのだった。

「中国側指導者はごく最近は表面的には日本に対して、わりに友好的にみえる態度を示しているけれども、こと領有権紛争となると、日本との争いを実際に解決してしまうことは中国にとって好ましい事態ではないとみなしているようです。東シナ海での自然資源、境界線、国家主権などをめぐる日中両国間の緊張、とくに尖閣諸島を日本が統治し、その領有権を主張していることをめぐる日中対決は中国政府にとっては自国側のナショナリズムを支える強いテコとなります。中国政府はそうしたナショナリズムの高まりをうまく使って、自国民の関心を内政の難題からそらし、共産党政権への支持を強めることができるでしょう」

東シナ海での領土争いも中国側は実は自国内の民族意識の高揚に利用しているのだ、という見方である。だから中国側の日本との対決は「管理された対決」というわけである。

     

 要するに、中国政府は東シナ海の排他的経済水域の線引き争いや、中国側が「釣魚島」と呼ぶ尖閣諸島の領有権争いに対して、そもそも日本側との間で妥協をして、紛争を解決する意図がまったくない、という考察なのだ。だとすれば、日本側の「譲歩」とか「妥協」とか「友好的姿勢」などという概念ははじめからまるで不毛だということになる。「ガス田の日中共同開発」という発想さえ、言葉だけの域を出ないこととなる。そうであれば日本にとっては重大な事態である。出発点から基本の構図や原則を完全に誤認していたことにもなってしまう。

 ダットン教授はさらに証言した。

 「中国指導者にとって自国民のナショナリズム感情を強化したいと思えば、いつでもとにかく東シナ海での日本との領有権争いに注意を喚起さえすればよいのです。その結果、つい数十年前まで中国領土の主要部分を日本が占領していた事実を中国人民に想起させることができるのです。この過去の日本の侵略の想起は、中国の領海権主張への現在の日本の侵害への断固たる反発と合わせて、中国政府が外国勢力に屈し、恥辱を味あわさせられることはもう二度とないことを自国民に誇示する効果を生みます」

 まさに自国民に強い民族意識をあおるための「日本カード」である。日本との領有権紛争カードと呼べば、さらに正確だろう。

ダットン教授は中国のこの戦略にはさらに巧妙な二面性があることを指摘する。前述の南シナ海と東シナ海との対応の相違である。

「中国政府は南シナ海での領有権紛争では他の当事国に対しわりに協力的な姿勢で交渉を進めるのに対し、東シナ海では日本に対し一定の抑制を効かせたうえでの対決の姿勢を崩そうとしません。中国はこの使い分けによって、自国内の安定と周辺地域での台頭の両方に寄与する形で、国内向け政治メッセージと地域向け政治メッセージのバランスをとろうとしています」

つまり日本に対して強硬な対決の姿勢をとれば、中国の国内の安定には役立つ。一方、南シナ海で領土紛争の相手となるベトナム、フィリピン、インドネシア、マレーシアなどという諸国に協力的な姿勢をみせれば、東南アジア地域での中国の外交得点となる。ダットン教授はこんな意味を述べているのである。

中国は日本に対しては東シナ海での領有権紛争も資源紛争も本当は解決しようという意図はない。いつまでも日本と対決したままにあることが自国民の政府への支持を保持するのは得策だからだ。こんな意味でもあろう。何度も書くように、そうだとすれば、日本政府のこれまでの対応は根本から間違っていた、ということにもなりかねない。

ダットン教授はその所属の米海軍「中国海事研究所」という機関の名称が示すように、中国が自国の主権や軍事に始まり、海上、海洋にからむ諸問題に対しどのような政策を保ってきたかを体系的に研究してきた専門家である。この公聴会での証言の準備文書をみても主要な主張のすべてに詳細な脚注がつき、中国側の公式非公式の資料を含めて広範な参考の記録や文献が列記されている。その拠って立つ立場としても、とくに中国を敵視して、日本の味方をしなければならない理由はない。

ダットン教授は中国の日本への対決について、その「管理された」部分にも言及していた。

「中国は東シナ海での日本との海上境界線をめぐる紛争で断固たる対決の姿勢をとりながらも、なお当面はその対決が暴走して、実際の軍事衝突などに発展することは避けたいとしているようです。ただし台湾に対して中国が主張する主権が深刻に脅かされた場合だけは、東シナ海の領有権を軍事力を使ってでも、全面的にコントロールしようとするでしょう。それ以外は日本との東シナ海での対決はあくまで一定範囲内で管理をして、外交と軍事の両方の要素を混ぜた対日戦略の道具としておくでしょう」

だからこそ、あくまで「管理された対決」なのである。そうなると、日本側が「胡錦濤国家主席の来日までには東シナ海のガス田をめぐる紛争を解決し、日中共同開発の合意を成立させる」などと主張することがいかにも無益にみえてくる。中国側はそもそも問題の解決への意思がないとされるからだ。

 ダットン教授のこうした一連の考察の証言に対して、「米中経済安保調査委員会」の委員側からきわめて具体的な質問が出た。質問者は第一次ブッシュ政権で東アジア担当の国防次官補代理を務めたピーター・ブルックス氏だった。

 「中国が東シナ海のEEZ(排他的経済水域)の線引きの問題で強い主張を崩さないのは、まず第一にはエネルギー資源の確保、つまりガスの最大限の確保が理由だからではないのですか」

 ダットン教授はこの質問に「ノー」と答えたのだった。

 「いや中国当局がエネルギー資源の確保を最大限、優先するのであれば、もう何年も前に日本との間でEEZの主張の食い違いを解決して、ガス田開発の共同事業を進めていたでしょう。エネルギー獲得が優先ではないと思います」

 中国政府にとっては国家主権の発動としての政治的な主張による「対決」の維持こそが真の目的だと示唆する発言だった。

 ダットン教授はガス田については質疑応答で次のような発言もした。

 「日本政府側は小泉政権時代に、もし日中共同開発のための対中交渉に進展がなければ、日本独自でも開発を進めると言明したことがあります。中国側はそれに対し『そうした行動は戦争行為とみなし、軍艦をすぐ送りこむ』と威嚇しました。この反応は中国が領土紛争に対しては国家主権の発動として軍事力行使の可能性をも常に排除はしていないという基本姿勢の表れだといえるでしょう」

 つまり中国は「管理された対決」として紛争の暴走を抑制する一方、最悪の事態では軍事力の行使も辞さないという可能性を残しておく、ということなのだろう。
 

東シナ海に関しては中国はそもそもその大部分が中国の領海だという見解をとってきた。いわゆる大陸棚延長の領海論である。つまり中国大陸から海底に延びる大陸棚は沖縄海溝にまで続くから、沖縄近海までが実は中国の領海だとする主張なのだ。この点についてもダットン教授は証言の書面部分で明確な反駁を述べていた。以下の趣旨だった。

 ▽中国当局は「東シナ海の海底の大陸棚は長江や黄河から流れ込んだ沈泥の堆積だ」と主張するが、そんな堆積が起きたのは氷河時代の現象であり、いまの世界でそんな主張をする国は他にまず存在しない。

 尖閣諸島に対する中国の主張に対しても、ダットン教授は以下の趣旨の意見を表明した。

 ▽この島の存在を認める中国側の文書の記録は明時代からあったが、中国側による同島の実効統治の証拠はまったくない。合法的な領有権主張にはこの実効統治の存在が根拠となる。

 ダットン教授はここでも結果として日本側の主張に軍配を上げるような見解を明らかにしているのだった。

 

 中国はまさに多種多様な方法で日本に対し領有権紛争を挑んでいるのである。

 アメリカ議会でのこの公聴会はそんな厳しい現実をいやというほど明らかにしたのだった。(終わり)

 

 

↑このページのトップヘ