長野の聖火リレーでの騒ぎについて、多くの映像をみました。
なんといっても強烈なのは、あの五星紅旗の多さ、大きさでした。
中国の国旗が日本の長野市を埋め尽くすという感じでした。
【今日のブログ】長野での聖火リレー応援に駆けつけた感想

聖火リレーの騒ぎが起きたサンフランシスコや、ロンドン、パリなどでも、中国の人たちが中国国旗を激しく打ち振っていました。しかし長野の比ではありませんでした。サンフランシスコではその当事国であるアメリカの国旗も数多くみられたのに、長野では日の丸の旗は稀少でした。

このへんの長野情景から思ったことを産経新聞5月3日付に書きました。

【緯度経度】ワシントン・古森義久 国を挙げて中国研究を

5月3日8時1分配信 産経新聞


 ロンドン、パリ、サンフランシスコ、そして長野-。

 北京オリンピックの聖火リレーが世界各地を走る。そのたびに騒ぎが起きる。中国当局のチベット弾圧への抗議とはいえ表面だけみれば、単に北京五輪や聖火への妨害とも映る。どなり合い、こづき合い、殴り合い、そして負傷、逮捕-。各地での情景をみて、強く感じた。いま国際舞台で展開されている現象は実は「中国問題」なのだ、と。

 私たちが現在、直面しているのは「聖火リレー問題」でも「オリンピック問題」でもない。「チベット問題」とか「人権弾圧問題」と呼ぶのも核心を外してしまう。中国という異質の大国の台頭にどう対応するかという新たな課題の劇的な提示こそが真実なのである。

 国際社会の主要な一員として共通の規範で共通の利害を目指し、円滑に活動する。だがどこかが他者と異なる。衣の下からエイリアン(異邦人)ふうのヨロイが露呈する。中国へのこんな錯綜(さくそう)した感想を一気に濃くさせられたのは4月27日、フジテレビの「報道2001」にワシントンから中継で参加し、長野の映像をじっくりみたときだった。

 いかなる事情にせよ、自国の国旗をこれほど多数、これほど傍若無人に、他の主権国家の内部で振り回す国や国民が他にあるだろうか。中国の異質性や特殊性はこの光景に凝縮されていると思った。同時に他国の国旗を自国領内でこれほど誇示されても黙したまま、という国も他にあるだろうか、といぶかった。同様の騒ぎがあった英仏米諸国では五星紅旗は長野よりずっと控えめだった。

 だからワシントンからみる長野の映像は中国の国際的な異質性だけでなく、日中関係の特殊性をも印象づけた。米国産の有害牛肉はすぐに輸入を禁じても、中国産の毒ギョーザにはなんの措置もとらない。度重なる反日デモの破壊行為で中国領内の自国関連施設が実害を受け、自国の国旗が何度も焼かれても、断固たる対応はとらない。

 日本のこんな対中態度は「友好」という虚(うつ)ろな標語に長年、隠され、抑えられてきたゆがみの集積でもあろう。いままた胡錦濤主席の来日で福田康夫首相は日中両国間には深刻な未解決案件はなにもないかのような「友好ごっこ」へと傾き、積年の虚構をただふくらませる気配をみせ始めた。

 世界各地での聖火リレーは国際社会に明らかに「中国とはなにか」という挑戦的な問いを突きつけた。とくに紅い旗が市内を覆った長野の情景は、「日本にとって中国とはなにか」を問いつめてくる。そこで必要となるのは、オール・ジャパンとしての体系的、政策的な中国研究だろう。国政の場での、そして官民あげての異質大国への現実的な理解や認識である。この点では米国の対応が指針となる。

 米国では中国との関与を強調しながらも、その異質性や不透明性を警戒し、政府が「中国の軍事力」や「中国のWTO(世界貿易機関)規則遵守状況」の報告書を毎年、公表する。中国の人権やテロ支援についても調査結果を発表する。

 議会の中国の調査・研究はさらに徹底している。上下両院の外交、軍事、財務などの各委員会が随時、中国の対外戦略や軍事増強、貿易慣行などを具体的かつ批判的に取り上げ、議論し、対策まで打ち出す。

 議会の常設機関では「米中経済安保調査委員会」が両国間の経済や安保のあらゆる課題を「米国の国家安全保障にとって」という観点から点検する。「中国に関する議会・政府委員会」は中国の社会や人権の諸問題を「米国にとっての意味」を基点に調査する。「中国議員連盟」は日本とは対照的に中国の軍拡を最大警戒対象として議論する。そのうえ民間では各種研究所や人権擁護団体が独自に中国動向に冷徹な目を向ける。

 日本もそろそろこの種の包括的かつ政策的な中国への取り組みが必要だろう。聖火リレーの騒動はそんなメッセージを発している、と強く思った。

最終更新:5月3日8時1分