2008年06月

 中国や日中関係についての私の講演内容の続きを紹介します。
ドイツでの講演です。
今回の分は日本側からみての中国経済の暗部の一端についてです。

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 以上、5つの要因はもちろん、それぞれが重なり、からみあっています。

 しかし日中関係全体で両国の交流を近年、最もダイナミックにし、最も協調的にしてきたのは第五の経済面での交流だといえます。そこで次にこの日中の経済交流について報告します。

 日本にとっての経済面での中国は「世界の工場」とよく評されます。日本を含む世界各国が中国を生産の場として使うという意味です。

 中国自体の消費に応じる「世界の市場」としての位置づけも最近は大きくなってきました。

 この日中間の経済交流も日本の全貿易の20%以上が対中国というところまで広がったのですから、日本経済にとっての実益が膨大であることは当然でしょう。

 


 しかしその一方、日中経済交流にも深刻な影の部分があります。今年はじめ、中国から日本に輸入された餃子(ギョーザ 
dumpling)に付いた殺虫剤が原因で中毒症状を訴える日本国民が続出しました。その数は数百人に及びました。

 殺虫剤は包装の内部から検出され、しかも日本では使われていない毒性物質でした。しかし日本政府の抗議に対しても中国側は責任を認めていません。

 そのほかにもここ1、2年、中国から日本に輸入された野菜、海産品、穀物などからあいついで許容量以上の農薬その他の有害物質が検出されています。

 中国製のやせ薬に毒性物質がみつかり、そのために日本人女性の死者までが出たこともあります。

 


 実は中国産品のこうした危険性は現在の日本では国民的な懸念の対象となっています。

 中国製の加工食品の防腐剤や添加物から発見された発ガン性物質や重金属、肉マンジュウのヒキ肉に増量のため混入される段ボールの厚紙の切片、醤油の材料として利用される人間の頭髪など、ホラー・ストーリーのような実例が報告されています。

 日本の国会でも頻繁にその種の問題が提起されます。

 新聞や雑誌は「中国産食品の危険」に関する記事でいっぱいです。

 書店には「危険な中国食品の見分け方」というような本が多数、並んでいます。

 その結果、中国から日本への輸入全体の10%近くを占めていた食品類はこの1年ほどで半分以上も減ってしまいました。

 中国のこうした有害産品は米欧諸国をも悩ませています。

 

なぜ中国では有害産品が多いのか。

 単なる衛生水準という理由ももちろんあるでしょう。

 しかしさらに大きな理由としては「法治」の欠如があげられます。法律の厳密かつ公正な執行を「法の統治」
Rule of Law と呼ぶならば、その統治に構造的な欠陥があるようなのです。

 


 この欠陥は有害産品と並んで日本の企業人を悩ます中国の知的所有権侵害の問題をみると、さらに明白となります。

 知的所有権侵害とは、偽造品、模倣品の横行のことです。

 他社の製品の単なる偽物を作る。商品名を偽る。特許を無断で使う。商標を盗む。意匠を盗用する。そうしたケースです。

 中国が世界一の偽造品大国であることは日米両国の調査で立証されています。

 

 アメリカ議会の政策諮問機関である米中経済安保調査委員会の報告は、中国で流通する著作権を有する製品の90%以上は海賊版であり、全世界の偽造品の70%ほどが中国製だと断じています。

 偽造、模造は映画、音楽から医薬品、工業製品に及び、そこから得る中国側の利益は中国のGDP(国内総生産)の8%分に達するとされます。

 日米両国の輸出企業は自社製品の偽物が中国内で何百分の一もの低コストで製造されて、売られることを深刻に懸念しているのです。

 アメリカの映画業界は過去7年で合計10数億ドルの被害を受けたと言明しています。

 


 私が北京に駐在していたころは、日本のホンダ技研のオートバイの模造製品が
HONDAを真似たHONGDAという商標で大量に作られ、売られていました。



 日本の電動工具メーカーで世界市場のシェアを3割も占めていた「マキタ」社は中国で流通する自社製品の7割が偽造品でした。

 中国当局の調査により、このマキタ電動工具の偽造品のすべてが
浙江省(Zhejiang Province)の余姚(Yuyao)という中級都市で製造されていることが判明していました。

 この市の中に点在する数十の工場がマキタの電動ドリル、マキタの電動カッターというふうに分業でみな偽物を作っていたのです。



中国内部の偽造品は魚の養殖用のエサ、農業用の種子や殺虫剤にも及ぶので、中国国民自身が深刻な被害を受けます。

 養殖魚が育たない。作物や果物が育たない。偽のアルコール飲料では死者も出ます。

 なにしろ生タマゴの偽物が出回る社会なのです。

(つづく)

 このサイトでもすでに述べましたが、この5月にドイツでのシンポジウムに招かれ、主としてドイツ側の方々に中国問題について講演をしました。
 日本からみての中国とはなにか。日中関係はいまどうなっているのか。こんごの展望はどうか。
 こうした諸点を中国について日ごろそれほど多くの情報には接しない人たちを念頭において話をしました。
 独日協会の年次総会を兼ねた会合でした。
 ドイツ語の同時通訳がついて日本語での1時間半近くの講演でしたが、聴衆は熱心に耳を傾けてくれた、と感じました。

 いま日本でも、基本点から中国との関係を考える必要が大であり、私なりのその基本に関する認識や意見を述べたその講演の内容を紹介したいと思います。

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このたびはドイツと日本との意義あるこの交流の場にお招きいただき、ありがとうございました。

 本日はドイツ、日本、そしてアメリカを含む世界の多数の諸国が真剣な関心を向けている中国をめぐる諸課題についてお話しをさせていただきます。

 いわゆる「中国問題」を考えることの国際的な意味は、最近のチベット問題に関連するオリンピック聖火リレーの騒動だけをみても、明白だといえます。


 そこで私はこの場では、日本からみての中国、そして日中関係はどうなっているのかを日本側の考察者として、2001年までの2年間、中国に在勤、在住した体験に基づき、まず報告したいと思います。そしてここ数年の勤務地であるワシントンで眺めてきたアメリカの対中国観をも交えて、中国の現状や展望をお話しさせていただきます。

 

 まず日本および日本人は中国をどうみているのか。

 そこには非常に複雑な実態のからみあいがあります。その実態を整理し、日本側の対中姿勢の基本的な要因として5点ほどをあげてみます。

 

 第一に、日本国民の多くは中国に対し文化や歴史の面で強い親しみを感じてきました。両国の関係を評する言葉として「同文同種」(文字と人種を同じくする同士)「一衣帯水」(一筋の水だけを隔てた近隣同士)など中国に対しての緊密さを示す表現は日本側でいまもよく使われます。


 歴史的に日本は中国から漢字、そして文学や思想、宗教を導入してきました。中国のことわざや格言は日本では日常的に使われています。私自身も少年時代に中国の冒険小説の日本語訳を何冊も夢中で読んだことがあります。

 近代では逆に中国が日本から導入した事物も多々あります。その共有からは一種の親しみの感じが生まれるわけです。

 


 第二には、日本国民の多くは戦後、中国に対して贖罪意識を感じてきました。日本が第二次大戦で中国に軍を進め、広大な地域を占領したことへの罪の意識です。日本側による残虐行為は戦後の一連の軍事裁判で責任を問われ、何千という日本人が死刑を含む厳罰を受けました。


 日本側は贖罪の意味をこめて中国に対し1972年の国交回復後、30年ほどにわたり総額3兆円(30
billion 米ドル)を越える巨額の経済援助を友好の証として提供してきました。

 歴代の日本の首相もみな中国に対し「過去の侵略」を謝罪してきました。しかし中国はさらなる「反省」や「謝罪」を求めます。

 日本側は現代の政治や外交の摩擦案件で、この贖罪意識のために、十分な主張ができないという傾向もあります。

 


 第三には、日本側には中国との競合という意識があります。これは中国側も同様であり、日本に対するそのライバル意識はいまもきわめて強いといえます。

 個性豊かな二つの強国が隣接していれば、地政学的(
geopolitical)にも競合や対立は不可避でしょう。ドイツとフランスの歴史をみても自明だといえます。


 日中間の競合や対立は二度の不幸な全面戦争をも引き起こしました。現在でも日中間には尖閣諸島の領有権の紛争や、東シナ海でのガス田資源をめぐる対立があります。

 政治面での競合の極端な例としては2005年春、日本が国連安保理の常任理事国入りを目指したとき、中国ではそれに反対する大規模なデモが政府の黙認の下、激しく展開され、破壊や暴力までもたらしました。

 

 
 第四には、日本側には中国との政治体制やイデオロギーの違いに対する錯綜した意識があります。


 中国は共産党による一党独裁の体制です。他方、日本は複数の政党が自由に競う民主主義の政治システムです。

 日本の左翼、つまり共産主義や社会主義の信奉勢力は長年、中華人民共和国をイデオロギー上の同志や師匠とみなしてきました。主要新聞の一部にも中国の政治思想に学ぶという傾向がありました。

 その一方、日本側の多数派たる非左翼は中国の独裁政治や、そこから発する国民の人権や自由の抑圧には批判や懸念を抱いてきました。

 日本がアメリカとの間で結ぶ同盟関係も、その土台には民主主義という政治的価値観の共有がありますが、中国は異なります。その相違が日本国民の対中姿勢に複雑なブレーキとなっています。

 

 
 第五には、日本側では経済面での中国との相互依存の意識が強いことです。

 日本全体として自国の経済繁栄のためには中国と取引をしなければならないという認識です。これは現実でもあります。

 先進工業国の日本にとって隣に位置する面積で26倍、人口で10倍、自然資源が豊かで労働賃金の低い中国は絶好の経済パートナーとなります。

 技術も資本も豊富だが人口の伸び悩みと高齢化が進む日本と、原材料は豊富でも技術や産業インフラは未発達の中国と、その相互補完の利点はマクロ経済の専門家でなくても、簡単に理解できます。

日本にとって2007年、中国(香港を含まず)は貿易総額で初めてアメリカを抜いて、第一位の貿易パートナーとなりました。

 日本の対中直接投資もこの10年で累積総額で4倍近くに増えました。日本の超大企業も中小企業も、中国内部に生産拠点を次々に開いてきました。
(つづく)

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なお以上のような日本側の対中認識などについては、私は以下の著書でも詳述してきました。

日中再考

 アメリカの労働組合についての『SAPIO』6月25日号掲載論文の最終部分を以下に紹介します。

 最大の労組は大統領選挙への介入をめぐって分裂していった経緯です。

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 アメリカの労働組合の動きで近年、最大といえるのは2005年に起きたAFL―CIOの分裂である。

 AFL―CIOはそもそも主要労組56を傘下に抱えてきたが、そのうち組合員数では上位にある「サービス従業員国際組合」(SEIU・組合員190万)、「連合食品商業労働者国際組合」(UFCW・組合員130万)、「トラック運転手国際協会」(IBT・組合員140万)の3労組が脱退した。

 この脱退の結果、全米最大の労組連合体AFL―CIOも組合員数でそれまでの合計1000万人ほどから一挙に400数十万人を失うこととなった。

 この分裂の最大要因は前年の大統領選挙でAFL―CIOは総力をあげて民主党のジョン・ケリー候補を支援したことに発する。巨額の選挙寄付金までをもケリー陣営に注ぎこんだのだ。だがその結果は無惨な失敗だった。ケリー候補は共和党現職のジョージ・ブッシュ大統領に敗れたのだ。
           〈写真はジョン・ケリー氏)John Kerry Photo Gallery

 このとき主流派を批判して脱退した側は選挙での特定候補への支援には慎重な対応を求める勢力だった。そしてそのSEIU,UFCW,IBTの三大労組は連合体として「「勝利のための変化連合」(Change)を旗揚げした。

 

 今回2008年の大統領選挙ではこのChangeはバラク・オバマ候補への支援に回った。

 一方、残されたAFL―CIOの側は傘下の組合の多数がヒラリー・クリントン候補への支援を早くから言明した。

 ただし内部でも一部にはオバマ候補を応援する労組もあって、AFL―CIO内の各労組も微妙な対立含みの構えとなった。クリントン候補への支持を明確にしたのが計13労組、オバマ候補への支援が6労組となっている。

 全体としてオバマ候補が優位に立った予備選では、Change側が余裕をもって現状にのぞむ姿勢になってきたのは当然だといえよう。

 一方、AFL―CIO側でも最も熱心にクリントン候補を応援した「アメリカ州・郡・自治体従業員連合」(AFSCME)は資金不足となって、5月下旬、一般市中銀行からついに資金の融資を受けていたことが判明した。

 AFSCMEがニューヨークの銀行から100万ドルを借りたというのだ。この労組はすでに独自資金をニュハンプシャー、アイオワ、オハイオの各州でクリントン陣営のために、オバマ候補に対するネガティブ・キャンペーンの宣伝資料を有権者たちに郵送するなどの活動に200万ドルほどを使ったのだという。

 なおアメリカでいま最大メンバー数を誇る労働組合は「全米教育協会」(NEA)である。

 NEAは全米各地の小中学校の教員を主体に300万以上のメンバーを有すると言明する。AFL―CIOには属さないこの独立の労組は今回はオバマ、クリントンいずれの候補をも組織としては支援していなかったという。

 しかしマケイン候補に対しては政策面で激しい批判を表明し、民主党支持の基本は明確にしている。(完)

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このところワシントンでは、中国、オリンピック、人権という3点を結ぶ集会が連日、次から次へと開かれています。
その共通項は、北京オリンピック開催に向けて、主催国の中国が「人権の改善」を公約しながら、それを果たしていないことへの非難というふうになります。

以下は産経新聞6月24日付朝刊の一面コラムに載った私の記事です。


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【あめりかノート】ワシントン駐在編集特別委員・古森義久

2008.6.24 

 ■五輪は中国の悪夢となるか

 北京五輪の開催まで6週間余り、ワシントンで関連の動きをみていると、中国に関して残念ながら、驚き、憂うことばかりである。

 驚くのは北京五輪を機に中国の負の部分を批判する動きがあまりに多数で活発なことだ。

 6月19日を例にとろう。

 正午から「全米民主主義基金」主催の「北京の競技と五輪の人権挑戦」と題する討論大集会が開かれ、「人権ウオッチ」「中国人権」「中国労工通信」という組織の各代表が意見を述べた。

 同じ日の午前には米国議会超党派の「米中経済安保調査委員会」が「中国の労働改造と刑務所労働」について公聴会を開き、「労改財団」のハリー・ウー(呉弘達)代表らが証言した。

 同日の午後には「チベット国際キャンペーン」が「中国メディアのチベット報道」について討論会を開き、「中国系米人全国評議会」の幹部でオバマ陣営の外交スタッフの元中国民主活動家ハイペイ・シュエ氏らが報告をした。



(上の写真は労改研究で知られるハリー・ウー氏)

 前日の6月18日には前述の「米中経済安保調査委員会」が一日中、北京五輪に対応しての中国政府の情報管理や少数民族対策についての公聴会を開いた。

 議会や政府の代表のほかに「国境なき記者団」や「ラジオ自由アジア」の代表が証言した。天安門事件の元指導者で、いまはカリフォルニア大学の「中国インターネット・プロジェクト」所長の蕭強氏も証人だった。

 18日の午前には「ヘリテージ財団」が「中国軍の近代化の目標」についてのシンポジウムを開いた。

 20日も、これでもか、これでもか、という調子だった。

 午前には米国議会の「人権議員連盟」が中国の宗教に関する公聴会を開いた。中国領内のウイグル人と連帯する「世界ウイグル会議」のラビア・カーディル議長、中国のキリスト教徒を支援する「中国支援協会」ボブ・フー会長、「チベット国際キャンペーン」の代表、米国民間の「国際宗教自由委員会」のニナ・シェア委員長が宗教抑圧を非難した。

 同じ日の午前、「ヘリテージ財団」は「チベットは五輪を生きながらえるか」という講演会を催した。チベット研究学者では米国有数のウォレン・スミス氏が講演者だった。

 わずか3日の間に、「中国」「オリンピック」「人権」をリンクさせた中国当局糾弾の集いがこれほど過密に催されたのだ。

 憂うのは中国当局がこの種の抗議への柔軟な反応をみせず、北京五輪への黒い影が急速に広がっていることである。

 中国当局への非難の動きは米国の首都を舞台としながらも、欧州やアジアと連結し、国際的な広がりをみせる。しかも登場団体は中国内部も含めて実際の人間たちを動かしうる組織を含む。

 中国政府の人権政策への批判は米欧主導の国際社会には無論これまでも多様な形で存在した。

 だが今回は北京五輪が触媒となり、分散していた多種の勢力を大同団結させつつあるようなのだ。

 触媒の核心は中国政府自身が言明した「五輪開催前の人権の改善」の誓約だろう。誓約の不履行が抗議する側にスポーツと政治の柵を越える大義を与える形となった。

 その結果、平和と融和のスポーツ祭典であるはずの五輪が、北京の開催では中国政府の国際規範に合致しない軌跡をあらためて対外的にさらけ出す展示の場となる危険性も生まれてきたといえる。

 中国政府が「一つの世界、一つの夢」とうたった北京五輪が逆に主催国への悪夢ともなりかねない。ワシントンでの動きはそんな展望をもじわりと思わせるのだ。(こもり よしひさ)

   (下の写真はラビア・カディールさん〈左〉とローラ・ブッシュ大統領夫人)

Laura Bush and Rebiya Kadeer

アメリカの労働組合についての報告を続けます。
雑誌『SAPIO』6月25日号からの私自身の記事の転載です。


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しかしアメリカでは近年、労働組合がそのパワーを大幅に減らしてきた。

(写真は1984年の大統領選で労働組合の支持を最も強く得たウォルター・モンデール氏。しかし選挙結果は歴史的な「地すべり」の大敗北だった。勝者は共和党保守のロナルド・レーガン氏)



 労働者のうち労組に所属しない人たちの数が明確に増えてきたのは1983年ごろだとされる。

 
 アメリカ政府が発表した統計によると、1983年には全米の労働者数が8829万人そのうち約23%が労組に所属し、その数が2024万程度だった。

 ところが1990年には労働者総数1億487万人、うち労組所属は1872万人、全体の18%にあたる。

 1995年には労働者総数は約1億1003万人、そのうち労組所属は約1760万人で全体の16%へと下がった。

 2003年には全体が1億2235万人だが、労組所属は1700万人で14%、2005年には総数は1億2588万人、労組所属は1525万人で全体の13%へと落ちた。

 2007年には、労組所属は約1500万人となり、その比率は全体の12%ほどになるだろうという統計が出た。



 要するにアメリカの労働人口はゆるやかながらも、着実に増加しているのに、労働組合に加わる労働者の比率は確実に下がっているのである。

 その結果、労組所属の労働者たちの絶対数も減っているのだ。アメリカ社会での労働組合の後退という着実な現象がここ20年以上、続いているのである。

 

 では労組の後退の理由はなにか。

 
 まず第一には労働者の意識の変化であろう。その背後にはアメリカ経済の構造の変化もある。

 働く人間は労働者であると同時に、国民であり、市民である。管理者でも経営者でもありうる。アメリカの経済全体が繁栄するうちに企業の株を保有する人たちの数も増大した。
 

 労組のメンバーであっても勤める企業の株を少数でも持てば、株主となる。労働者として経営陣と対決するインセンティブも少なくなる。

 第二には、労働組合自体の魅力の減少もあるだろう。政治党派性が強すぎるという側面もあるからだ。

 労組は必ず民主党を支援し、共和党には挑戦的な態度をみせる。その結果、一般組合員が納める会費が労働者の待遇改善によりも選挙の献金に多く使われるようにもなる。


 時の共和党政権にいつも対決していれば、政治報復として活動をからめ手から抑えられることもある。

 また政治党派性のゆえに、大手労組の内部に分裂も起きた。労組幹部によるスキャンダルも、ある時期、どっとセキを切ったように報じられた。

(つづく)

 

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