その反対論の陰には、とにかくアメリカのイラクでの治安回復、そして民主国家の構築の努力が失敗してほしいという期待がちらほらしています。
しかし、なにやらイラク情勢はその期待とは逆の方向に着々と動いているようです。
もしブッシュ政権の意図どおりに新生イラクが民主主義、親欧米の主権国家として確立されたら、どうなるのでしょうか。
そのへんの疑問や議論に踏み込んでみました。
なおイラク情勢については以下のサイトでも書いています。
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/i/80/
【緯度経度】ワシントン・古森義久 反ブッシュ陣営の“悪夢”
他者の行動を「悪」「誤り」そして「失敗」と断じて激しく反対し、その中止を求めたのに、その行動は前進し、意外にも「善」とか「成功」の様相を呈してくる。いまさら「成功」を認めるわけにもいかず、みてみないふりをする-。
なにやら人間のこんな天然の言動パターンを連想させるのが最近のイラク情勢への一部の反応だった。
ブッシュ政権の米軍増派がイラクの治安の改善と民主化の進展に顕著な成果をもたらしたことはもうどうにも否定できなくなった。
その新しい現実は米国の大統領選だけでなく対外戦略全般を変え、中東情勢にも大きな変化をもたらすかにもみえる。
その現実の前には「みてみないふり」も、もう困難になってきた。
ブッシュ政権のイラク政策を全面否定してきた側でも、いまの現実を認め、前向きに評価する向きが多くなった。
7月21日にイラクを訪れた民主党の大統領候補バラク・オバマ上院議員もその一人だといえよう。
バグダッドでの言明で米軍増派が成果をあげ、治安回復に大きく寄与したことを認めたのだ。
オバマ氏は上院ではフセイン政権攻撃にも、その後の米軍増派にも激しく反対してきた。
だから増派の成果を認めることには矛盾がある。
対抗馬の共和党ジョン・マケイン上院議員はすでにその点を突いている。
米国でのイラク米軍撤退論も、「泥沼の内戦からとにかく離脱」という主張から「すでに回復した治安はイラク国軍に任せる」という理屈にシフトさえしてきた。
もちろん情勢の逆転はありうる。大方の予測を裏切ることがイラク情勢の特徴でもあった。だがそれでもブッシュ政権の政策に反対する民主党議員も大手マスコミも、「内戦」とか「国家の分裂」「崩壊」という表現はまず使わなくなった。
ブッシュ政権のイラク政策に一貫して反対してきたニューヨーク・タイムズ紙も、6月下旬に民主党系の軍事専門家マイケル・オハンロン氏らのイラク情勢好転の報告を大きく掲載した。
同報告での昨年5月と今年5月の比較では、米軍死者が126人から19人、イラク治安部隊の死者は198人から110人、テロ勢力の攻撃が200件から45件、イラク治安部隊の人数が3万4000人から4万8000人、イラク政府が完全統治する地域が全国の70%から95%へと、いずれも治安確立の方向へ大幅に好転した。
非軍事面でも同報告は、バグダッドの中央政府から各地方へ交付される公的資金が月1億ドルだったのが2億ドルに、石油生産が1日200万バーレルだったのが250万バーレルに、武力衝突で住居を追われたイラク民間人が8万人だったのが1万人にと、それぞれ顕著に改善されたことを伝えた。
イラクの治安が回復され、民主主義の主権国家がいよいよ確立されるのではないかと思わせる象徴的な出来事は、イラク政府による6月の石油開発の国際入札だった。
外国企業を石油開発に招くのはフセイン政権時代以前から初めてだった。開発を仕切るのは新生イラク政府だから、「ブッシュはイラクの石油欲しさにフセイン政権を倒した」という陰謀説もさらに色あせる。
激動の危険を秘める中東のイラクという枢要地域に親米の民主主義国家が生まれるという可能性も、米国にとってはいまや非現実的ではなくなってきた。
もしそうなれば、米国も中東政策から国際テロ対策、対外戦略全般までを前向きに大幅修正することとなる。核武装へと向かうイランに対しても新生イラクは頼りになる防波堤となる。
こうした展望はブッシュ政権寄りの米国の対外戦略立案者の間では、すでに現実の政策論として語られるようになった。
ブッシュ政権に反対する側でもオバマ氏の例に代表されるように、イラクへの取り組みは微妙ながら根幹部分で変ってきた。
そしてこのまま現状が続けば、ブッシュ大統領のイラク政策の成功という見通しも強まってくる。
そんな事態は皮肉な意味で反ブッシュ陣営にとっての悪夢なのかもしれない。