2008年09月

雑誌『諸君!』の論文の紹介をさらに続けます。

 

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 中国政府はこうした外国メディアの不満を和らげようとしてか、呉建民・中国外交学院教授に「北京五輪と中国の対外関係」という題名のブリーフィングをさせた。

 

 開会式の前日の八月七日だった。

 

 呉氏は中国外務省の報道局長や駐フランス大使を務めた中国政府きっての国際派であり、スピーチもうまい。

 

 だが、記者側からは人権関連のテーマ、つまりは中国の異質性を問いただす厳しい質問が相次いだ。

 

 オランダの有力紙NRCハンデスブラッドの記者は「なぜ中国政府はダルフール虐殺を〝支援〟したのか?」という質問を発した。

 

 傍目には完全な中国人にみえる在外華僑の機関紙の記者さえ「ジョイ・チークのビザを取り消したのはなぜか?」と詰め寄った。

 

 呉教授は欧米ジャーナリストの問題提起や批判をもっぱら「東と西、アジアと欧米の間の文化の違い、思考の違い」のせいにする答弁に終始した。

 

 そこで私もついに「日本は文化的には中国に対しては欧米よりもずっと近いといえるだろうが、その日本の感覚でもいまの中国政府の言動は行き過ぎだと思うが」と質問した。

 

 より具体的には、「フリー・チベットの横断幕を掲げた米英の若者たちを国外追放したのは過剰反応ではないか?」という問いだった。

 

 私の質問に対する呉氏の回答は以下のような趣旨だった。

 

「中国には独自の法律と独自の文化があり、いずれも欧米とは異なる。欧米では何事も白黒二分して、善悪を単純に分けてしまうが、現実はそう簡単ではなく、灰色の領域も存在するのだ。中国はそんな二分法はとらない。欧米諸国は中国をはじめとする歴史の長い国や開発途上の国の文化や価値観への理解を深めねばならない。そうなれば、オリンピックが象徴する調和のある一つの世界ができるだろう」

 

 なんとも苦しい答えだった。

 

 呉氏は一つ一つの質問に根気よく丁寧に応じていったが、外国人記者たちはまったく不満足のようだった。

 

  プレスセンターで毎日のように開かれる北京五輪組織委員会や国際オリンピック委員会(IOC)の定例記者会見でも、記者たちからは鋭い質問が絶えず発せられた。

 

 英国人記者からは「中国政府は人権問題と報道の自由に関する約束を守らなかった。IOCは約束を反故にされて恥ずかしくないのか」という厳しい質問が飛んだ。

 

 中国政府が北京五輪を誘致する際に、「報道の自由」や「人権問題の改善」をIOCに対して約束した経緯があるのだ。

 

 IOCの報道官は「五輪が社会体制によい影響を与えるかもしれないという希望が確かに二〇〇一年にはあった」としつつ、「競技がスムーズに行われている事実を誇りに思う」と強弁するしかなかった。

 

「共産党支配の現実と五輪前の約束の矛盾が露呈するのに一週間もかからなかった」(英紙フィナンシャル・タイムズ)というのが欧米人記者たちの率直な印象であろう。

 

  北京五輪は中国政府にとって、海外に中国の魅力をアピールし、国際社会にデビューするための場であったはずだ。

 

 しかし、自国に都合の悪い報道をする海外メディアを検閲・統制しようとすればするほど、むしろ中国の異質性や無法性をアピールすることになり、中国の対外イメージはかえって悪化してしまう。

 

 独裁権力者にとってメディア統制は必ず両刃の剣となることを、中国共産党は身をもって示しているのである。

 

 そしてさらにその結果、北京五輪自体が中国当局にとって両刃の剣となったのだといえよう。

 

(つづく)

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雑誌『諸君!』の論文の紹介をさらに続けます。

 

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 中国政府は五輪期間中、自国の国民の当局への苦情に対し、北京の公園三カ所をデモ容認区域(事前許可制)に指定し、集会の自由の規制を緩和する姿勢をみせた。

 

 いわゆる「直訴村」である。

 

 私は自分たちのオフィスからほど近い日壇公園のデモ容認区域、つまり公認直訴村に様子を見に行ってみたが、抗議をするらしい人の姿はまったくなかった。

 

 後で調べると、この公認直訴村での抗議運動の事前申請が少なくとも七十件以上もあったが、当局はそのすべてを拒否してしまったことが判明した。

 

しかしまだそんな実情を知らないまま、日壇公園で不審に思って園内を見回しているうちに、「ボランティア」の中年女性数人が、私が首から提げていた記者章をみとがめて、社名と名前を申告するよう強行に求めてきた。

 

公園の入り口の記帳台にあるノートに名前などを書けというのだ。

 

公園を見物しているだけだから、と断ったが、必死で、しつこく記述を要求してくる。

 

結局は記帳に応じてしまった。

 

この経験でわかったのは、五輪期間中には抗議の活動は一件も許可されず、公認の直訴村を認めたという発表も、中国当局が民主的なポーズをとってみせただけ、という実態だった。

 

  またある晩、テレビをみていてるうち、おもしろい現象を目撃した。

 

 イギリスのBBCテレビだった。

 

 一般の中国人はみられない衛星放送である。

 

 そのBBCが中国でのネット規制に関して詳細な報道をしていた。

 

 そのレポートで中国当局の規制や検閲を正面から批判するコメントが始まる途すぐに、「ピッ」という音とともにTVの音声が途切れ、映像が乱れた。

 

 コメント部分は音も映像も20秒ほど、すべて消されてしまった。

 

 明らかに中国当局の検閲官が番組をリアルタイムでチェックしていて、好ましくない部分だと判断して、妨害作業をしたのである。

 

 いまだにこんな原始的な手段で検閲をしているのか、と信じられない思いだった。

 

しかし私は以前に中国在勤の経験があり、中国当局がこんな言論弾圧をすることは数え切れないほど体験していた。

 

七年後のいまも、しかも五輪の開催の最中に、なお中国政府がこんなことをしているという事実にあきれたわけである。

 

しかし中国経験のない欧米の記者たちはもっと驚いたことだろう。

 

中国経験者であれば「ああ、またか」という一種の諦念もあるが、今回、北京に集まった報道陣の多くは中国取材が初めて、しかもそれまでの五輪取材でこのような規制を受けたことがない、というケースが大多数だろう。

 

彼らの目に中国がいかに異様な国として映り、また神経を逆撫でされたか、想像に難くない。

 

中国政府自らが中国の批判者を大量生産しているのだ。

 

   開会式前日の八月七日、各国のジャーナリストたちが集まるプレスセンターで欧米の記者たちと話すと、驚くほど多くの人たちが中国当局のネット規制やチベット抑圧、宗教の弾圧といった課題を五輪開催と結びつけて、中国政府に対する批判を爆発させていた。

 

 その数日前、北京では「フリー・チベット」と書かれた横断幕を五輪選手村近くの電柱に掲げた米国人二人と英国人二人が即座に拘束され、国外追放されるという事件があった。

 

 また、冬季トリノ五輪スピードスケートの金メダリスト、ジョイ・チーク氏(米国)が北京五輪への来訪を決め、入国ビザまで取得していたのに、出発直前にそのビザを取り消されるという措置を受けた。

 

 チーク氏がダルフール虐殺問題で中国政府を非難する運動に関与していたことが理由だった。

 

 欧米の記者たちは、この「チーク事件」をも話題にしていた。

 

  (つづく)

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雑誌『諸君!』の論文の続きです。

 

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報道管制は逆効果

 

  さてかなり脱線したが、「北京五輪を通じて中国の国際社会への関与を深める」、つまり「国際社会にデビューする」という中国共産党の第二の目的はどうなったか?

 

結論を先に述べるならば、この目的は結果として果たされず、むしろマイナスに作用したのではないかと思われる。

 

  まず五輪開催前の今年三月に勃発したチベットの住民や僧侶のデモと、世界各地で相次いだ聖火リレーへの抗議活動への対処では、中国政府は重大なミスを犯してしまった。

 

 チベットは徹底して武力で鎮圧した。

 

 非武装の僧侶や住民を多数、殺すこととなり、しかもその血みどろの死体の映像がインターネットで全世界に流れた。

 

 聖火リレーでは各国の中国大使館がその国の中国人留学生を組織的に動員し、ほとんど暴力的な手段で抗議デモを封じ込めた。

 

 そんな中国の非常識なやり方がTVやネットを通じて全世界に流され、それまで中国に関する知識をほとんど持たなかった人々にまで、中国共産党政権が持つ少数民族弾圧や暴力依存の非人道的な本質を知らしめた。

 

 その結果として、「中国=人権弾圧国家」というイメージを全世界にすっかり拡散し、しかも定着させてしまったのである。

 

  次に、いざ五輪が始まってみると、外国メディアに対する二重三重の検閲・管制体制が露骨に姿を現すこととなった。

 

 その結果、全世界からやってきた約三万人もの報道陣を完全に敵にまわしてしまった。

 

 最初のきっかけは、取材の拠点となるメインプレスセンター(MPC)や他のメディア関連施設でのネット規制である。

 

 中国当局は全世界から五輪報道のために訪れたマスコミに対し、単に人権擁護組織などだけでなく、CNNやBBCなど一般の大手欧米メディアのサイトへのアクセスまでを断ったのだ。

 

 中国政府が自国に対して批判的だとみなす組織のサイトには接続させないのである。

 

 記者はたちはその結果、取材ができないということにもなった。

 

マスコミ側は当然、猛烈な抗議を中国政府にぶつけることとなった。

 

さすがに中国側もある程度まで折れて、ネット規制は一部や解除した。

 

だが中国当局の人権弾圧を批判している国際人権団体アムネスティ・インターナショナルや自由アジア放送、法輪功やチベット、ウイグル関連のウェブサイトや、その関連のアドレスが入ったページはとうとう最後まで開けなかった。

 

いまの世界で報道の自由をこんなふうに制約する政府は他にまずどこにも存在しないだろう。

 

だから外国の記者たちの側には、「中国政府の自由の弾圧はこれほどまでにひどいのか」という信じられないような認識が衝撃的に広がったのである。

(つづく)

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『諸君!』論文のつづきです。

 

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 さて話はやや横にそれるが、スポーツの各競技の進行ぶりに関していえば、日本の選手やチームに対する中国観衆のブーイングはほとんどなかった。

 

 私は柔道の決勝戦を二度、みに出かけたが、少なくとも柔道の会場においては、日本に対する野次やののしりはなかった。

 

 事前に中国当局が徹底して、「五輪観戦のマナー」を一般に周知させていたことが最大の原因だろう。

 

「中国選手が負けているときは応援してもよいが、勝っている時は静かにせよ」という式のガイドラインである。

 

 柔道会場では石井慧や谷本歩美が優勝し、君が代が吹奏されたときも、中国人を含むほぼ全員が起立し、混乱はみられなかった。

 

  日本人観客たちも、堂々としていた。

 

 開会式の入場行進の際、日本人選手団だけがなぜか日章旗と一緒に中国の国旗を持って、打ち振るのを見て、ひごろの日本政府の弱腰が二重写しになったような気がして情けない思いをしたが、日本人の観客たちは違った。

 

 柔道会場では、若い女性たちが頬に日の丸をペインティングして「ニッポン!」と堂々と声を張り上げて姿をみて、私も清々しい気持ちになった。

 

 日の丸の旗を堂々と振る人たちも多かった。

 

 谷本選手の所属する会社のコマツの応援団は総勢六十人ほど、大きな日章旗を中心に全員がさらに日の丸の小旗を振って、熱心に応援をしていた。

 

 実は日本側のオリンピック委員会や外務省には、過去の中国領土内でのスポーツ試合で、日本チームが「日本」というだけで野次られ、暴言を浴び、君が代の吹奏も無視されたり、ちゃちゃを入れられたり、という騒ぎがあったため、今回も日本選手たちにあえて五星紅旗を持たせるという策をとったという。

 

 結果として日本へのその種のののしりはなかったわけだが、その理由はひとえに中国当局が厳しく事前にも最中にも、官製応援団まで動員して、中国国民に品位を守らせたことだといえる。

 

(つづく)

 

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『諸君!』論文の紹介を続けます。

 

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北京オリンピックの各種イベントへの入場チケットに関しても、特異な現象が起きた。

 

しかも大規模な不正事件だといえる。

 

歴代の他国でのオリンピックではみられなかった現象である。

 

それはまず偽造のチケットが出回ったことだった。

 

まず事前に世界規模で「北京五輪入場券販売サイト」が設けられ、各国から購入の申し込みを受け付け始めた。

 

ところがこれがまったくのニセモノだった。

 

アメリカやヨーロッパの人たち多数がだまされ、被害にあった。

 

被害総額は少なくとも五千万ドルを越えたという。

 

 

さらに北京でも開会式前から偽造のチケットが大幅に出回った。

 

もちろん知らない側は代金を払ってニセ入場券を買ってしまう

 

そして実際のスポーツ会場に行き、チケットを提示して、検査の機械にかけられ、ニセモノと判明する。

 

本物のチケットには独特のチップが入っており、検査機械にきちんと反応する。

 

もちろんニセモノにはそんなチップが入っていないから、入り口で一瞬にしてニセモノであることが判明してしまう。

 

オリンピックの長い歴史でも偽造チケットというのは前例がなかったという。

 

さすが知的所有権踏みにじり大国の中国だといえる。

 

入場券が公式にはすべて売り切れたと宣言され、その一方、ダフ屋が大量に出て、闇のチケットを仰天するような高値で売りまくるという現象も起きた。

 

となると、理屈では会場はどこも超満員ということになる。

 

ところが多くの会場はガラガラ、空席がやたらと目立つという奇妙な事態となった。

 

このミステリーの原因は一体なんなのか。

 

その原因のひとつとして、中国当局の関係者らによるチケットの独占があったという。

 

大量に入手、あるいは買い占めて、自分の家族や親類だけでなく、知人への「贈り物」として横流しするという例が数多く報告された。

 

もらった側は外は暑いし、会場は遠いし、人出も尋常ではないから、つい出かけない、ということになる。

 

しかも券面に表記されていがたイベントの開始の日時が変更になることが多かった。

 

その結果、多くのチケットが無効となって打ち捨てられ、会場には空席が目立ち、その一方、場外ではダフ屋が破格値の闇チケットを売りまくるという状態が続いたのだった。

 

(つづく)

  

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