2009年09月

 「アメリカを訪問している鳩山由紀夫首相は21日夜、中国の胡錦濤国家主席とニューヨーク市内で約1時間会談し、そのなかで「東アジア共同体」構想について「日中両国が違いを乗り越えて信頼を築き、それを軸に構築したい」と提案した、そうです。

 またまた東アジア共同体という妖怪が姿を現したようです。

 

 東アジア共同体をあえて妖怪と呼び、お化け扱いすることには確固たる理由があります。

 

 東アジア共同体とは一体、なんなのか。

 

 誰もわからないようなのです。

 

 共同体という文字どおり、主権国家が垣根を取り払い、一つの国、あるいは共同体になることを意味するのか。

 

 EUのように加盟国家が主権の一部を譲りあい、一つの国の国民が自由に他の国に住み、働けるようにすることなのか。

 

 いやいや、そうではなく、単に経済の統合とか共通の通貨の使用を意味するだけなのか。

 

 いずれにしても意味がわからないうちに、響きのよい言葉だけが先を走っていく、という感じです。

 

 東アジア共同体というのは、軽く口にしているだけの外交標語に過ぎないのならば、鳩山首相はきわめて無責任です。

 

 もし本当に中国と一緒の共同体を結成しようと考えているならば、日本の国家の溶解に向かう危険な構想です。

 

 以下、私自身が4年以上前に書いた記事の抜粋を紹介します。

 

 なぜ東アジア共同体が妖怪なのか。よく説明していると思います。

 

 4年が過ぎても、少しも古くなっていないレポートだと自負しています。

 

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 「東アジア共同体」という妖怪がアジアを徘徊しているーー

 またまたこんな実感を味あわされた。マルクスが『共産党宣言』で共産主義を評した表現への陳腐な連想ではあるが、その主体の奇々怪々ぶりが同様なのだ。

 

 名称だけはだれもがわかったように口にするが、その正確な実態はだれも語らない。

 

 実態を知ろうとすれば、するほどわからない。

 

 まさに妖怪なのである。

 

 

 東アジア共同体というのは、文字どおりに受けとめれば、日本にとっても国家の根幹を変えてしまう一大構想となる。

 

 言葉のごく表面をなぞっただけでも、日本が中国や韓国と同じ一つの共同体になるというのだから、日本という国にはとてつもない変化が起きることになる。

 

 本来なら国民レベルでの広範な議論の末に決められる方向づけである。

 

 

これまでもASEAN関連の会議などの場でも東アジア共同体が主テーマの一つとして議論された。

 

ところが同共同体の構想をどう進めていくかの方法をめぐっては具体的で詳細な意見が活発に述べられたものの、肝心の共同体のあり方についてはだれもなにも具体論を述べないという奇妙さだったのだ。

 

その「方法」論では日本と中国がぶつかった。

 

日本はインド、オーストラリア、ニュージーランドという従来の東アジアを超えた民主主義諸国を加えての計十六カ国の東アジア首脳会議を母体として共同体構想を推進することを主張した。

 

将来もしかすればできるかもしれない東アジア共同体にはインドやオーストラリアも含まれるという前提からだった。

 

一方、中国は共同体の推進はあくまでASEANプラス3首脳会議の声明でうたうことを求めた。

 

明らかに将来の共同体への加盟は東南アジアと北東アジアの諸国に限るという意図の表れだった。

 

中国はなんといってもアメリカの排除を狙っており、共同体にインドやオーストラリアが加われば、地理的な限定の意味が薄れ、民主主義国家が増えて、アメリカが関与してくる公算が二重三重に強くなる。

 

だから中国側からみれば、日本の動きはアメリカの意向を体して、中国主導の「共同体」の「東アジア性」を薄めようという狙いということになってくる。

 

しかし東アジア共同体とは一体なんなのだろう。

 

今回の一連の会議でもその明確な定義は不明なままだった。

 

前述のように、ごく普通に考えれば、独立した国家が歩み寄り、相互の障壁を減らして地域統合していった結果の連合体であろう。

 

そこでは諸国家間の物と人の自由な出入りが前提となる。

 

この点で現代世界でのほぼ唯一のモデルとなるのは欧州共同体(EC)だろう。

 

この共同体(コミュニティー)は周知のようにフランス、ドイツなどの西欧諸国が長年、進めてきた地域統合である。

 

経済の交流をまず広め、貿易障壁をなくし、やがて相互に国境を開き、経済規制を統一し、通貨を統合してきた。

 

そして相互の国民が自由に共同体内の他国に出入りする。

 

さらに共同体は連合(ユニオン)へと発展し、加盟諸国は国家の主権の一部を譲りあい、外交や安全保障の一部統合にまで前進した。

 

こんな共同体構想が東アジアでたとえ理論的にも可能だろうか。

 

ごく簡単な事例から考えてみよう。

共同体となれば、各国の国民が他国に自由に出入りできる。

 

中国の国民が自由に日本に入ってくるわけだ。

 

なにからなにまで異質の十三億の中国人民が小さな日本列島に自由に入国できる状態を想像してみよう。

 

悪夢というほかない。

 

そもそも共産党独裁下で自国内での移住や移動の自由が制限されている中国人が日本には自由に入ってよいなどとは、子供の理屈にも合わない、おかしな話である。

 

欧州共同体を形成した西欧諸国はみな自由民主主義の国家である。

 

相互の領土紛争も解決した。

 

経済は市場経済で所得や発展の水準も均質、しかも法の統治が徹底した市民社会ばかりである。

 

政治的な価値観は共通している。

 

その一方、東アジア諸国は中国のような共産党の一党独裁やシンガポールのような専制の開発独裁から日本のような自由民主主義体制まで、あまりに異質である。

 

竹島や尖閣諸島のような領土紛争も絶えない。

 

経済水準もまるで異なる。

 

そもそも中国は世界貿易機関(WTO)の判定でもまだ市場経済に認定されていないのだ。

 

日本とでは共同体の前の前の段階となる自由貿易協定の結成さえ難しいのである。

 

東アジア諸国の人間レベルでの差異となると、ギャップはさらに広がる。

 

長年の反日教育を受けてきた中国人たちが日本人をどれほど忌み嫌うか。

 

二〇〇五年春の中国主要都市での反日暴力デモの光景を想起すればよい。

 

韓国の人たちの間でも建前と本音の差を考慮してもなお「親日」は糾弾の的となる。

 

そんな現状で日本が中国や韓国と単一の統合国家になるような「共同体」構想などとは、まるで悪質のジョークのようにも響いてくる。

 

東アジア共同体の構想にいまのところもっとも熱心なのは中国のようにみえる。

 

「東亜共同体」と呼ぶところなど、単一の連合体の形成をますます明確に主唱しているようにみえる。

 

ところが具体的にその共同体とはどんな形態をとるのかとなると、中国当局者たちはふしぎなほど曖昧模糊の言明の繰り返しに終わってしまう。

 

中国政府は公式にも東亜共同体の構成要件をあげたことはない。

 

私はワシントンでのシンポジウムで中国の東亜共同体の政策立案者とされる人物の説明を聞いたことがある。

 

中国社会科学院のアジア太平洋研究所の張蘊嶺所長の講演だった。

 

ちょうど一年前、二〇〇四年十二月のことである。要旨は次のようだった。

「東アジアは経済、政治、安保、社会、文化などの領域で共通の関心を高め、『東アジア地域主義』の基礎を築くにいたった。この地域主義は各国間の協力と統合という形で前進し、もう引き返し不能の動きとなり、東アジア共同体形成の方向へ進んでいる」

 

「ASEANの自由貿易協定やASEANプラス3の枠組み、ASEANと中国の自由貿易協定、さらには日本とシンガポールの経済提携などの組み合わせは東アジア共同体という新しい概念を作り出すにいたり、関係当事国すべてに受け入れられたようだ」

 

「東アジア共同体は東アジア地域のすべての国家間のパートナーシップを開拓するための漸進的なプロセスであり、やがてはそのための地域機構を創設し、地域的な平和維持の制度を築くことになる」

 

以上は張氏の説明でももっとも具体的な諸点といえる部分だった。

 

だから他は推して知るべし、である。

 

要するに共同体とはなんなのか、明確な映像はなにも浮かびあがってこないのだ。

 

ただただ東アジア諸国が中国のかけ声に応じてまとまり、そこにはアメリカを含めない、というメッセージだけが伝わってくるのである。

 

張氏のこうした説明に対しては聴衆から当然、予期された質問が出た。

 

「国家の共同体となると、西欧の例でのように、その構成国がみな均質の民主主義国家であることが不可欠になるが、東アジア共同体には非民主主義の中国をどう含むのか」

 

張氏も予期していたようになめらかに答えた。

 

「東アジア共同体は政治体制の異なる諸国をそのままに集める多様性の高い組織となるだろう。構成国が相互に他国の異なる政治システムや社会構造、文化などに敬意を表することとなる」

 

このへんの説明は「東亜共同体」という呼称からはかなり逸脱するようにみえる。

 

そして張氏は共同体の内容について、さらにあれこれ問い詰められると、ついに告白するように述べたのだった。

 

「この東アジア共同体というのは実は具体的な目標ではなく、あくまでプロセスなのだといえる」

 

つまりは共同体を現実につくることよりも、つくる、つくると号令をかけながら、東アジアの諸国に檄を飛ばす状態を保っておくことに意味がある、ということなのだろう。

 

結局、張氏のこうした詳細にみえる説明も明確きわまるという点はただ一つ、この新たな共同体にはアメリカを含めないという部分だけだった。

 

アメリカをあくまではずすという方針は今回の東アジア首脳会議での中国の主張をみても明白となった。

 

このように中国が推進する東アジア共同体はアメリカ排除、そして結果よりもプロセス重視というわけである。

 

となると、中国の真の意図が実像を少しずつみせてくる。

 

近隣諸国に対しては「共同体」の名の下に微笑外交を展開して、安心させ、自国の協調的、平和的イメージを広めながら、アメリカのアジアからの後退を促すという外交戦略が浮かびあがるようなのだ。

 

 日本国内の中国に関する経済重視論者の間では、日中間の経済交流の拡大だけをみて、その流れを日中自由貿易協定などへと延長させ、やがては共同体にすべきだとする意見もある。

 

 だが貿易の拡大と共同体の形成とでは天と地ほどの違いがある。

 

 外務省関係者の間では、共同体を単なる各種の協力のための枠組みと評する向きも多い。

 

 だが枠組みならば、枠組みと呼ぶべきである。

 

 同様に中国が主導する共同体の前進を阻むために、日本が主導権をとるべきだという主張もある。

 

 であるならば、中国の主張する東亜共同体のあり方そのものを批判すべきだろう。

 

 日本としてはこのように東アジア共同体の隠れた狙いや動機を直視する必要がある。

 

 もし背後や背景をみないで、公式の額面どおりに受け取るならば、東アジア共同体が共同体として機能する場合の状況を現実的に考えるべきである。

 

 今回の東アジア首脳会議でも明白となった日本と中国との間の諸問題をめぐる対立や、共同体がもしできた場合の日本国民の生活の変化など、まず国論と呼べる議論が先立つべきだろう。

 

西欧諸国の共同体づくりは各国での公開の議論、議会での審議、そして国民投票までも経た末の判断だったのだ。

 

ところが日本ではそうした審議のプロセスは皆無のまま、国民にとっては文字どおり、ある朝、起きてみたら、日本が東アジア共同体に加わることになっていた、という状況となったのである。

 

    (終わり)

 

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徳岡孝夫氏といえば、毎日新聞出身の記者であり、コラムニストであり、作家でもあります。私が毎日新聞記者として長年、仰ぎみてきた鬼才の大先輩でもあります。

 

その徳岡氏の優れた著作活動の一つに「紳士と淑女」という覆面コラムがありました。文藝春秋刊行のオピニオン誌『諸君!』の巻頭に毎月、もう30年も掲載されたコラムです。ただし『諸君!』

は今年、休刊となりました。

 

その「紳士と淑女」コラムの集大成が今月、文藝春秋から新書として出版されました。『完本 紳士と淑女』というタイトルです。

 

 

その「まえがき」にいま日本を動かす小沢一郎氏に関する興味ある記述があるので、紹介しましょう。なおこの書は元のコラム同様、敬称は略です。

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「(前略)民主党の全党員から絶対君主のように崇拝されていた小沢一郎が、秘書の不用意なミスを検察に見咎められ、連れていかれた。小沢の口からは『検察の横暴だ』『日本は警察国家か』という怒りのセリフが出かかったようだが、さすがに思いとどまり、そのかわり『秘書の犯罪』については一言も弁明せず、やがては検察に仕返しできる日の到来を待っている」

 

「これだけでも書く者にとっては立派なネタだ。しかも話はそこで終わらない。民主党の有志は、無罪なのに十七年も放り込まれた『足利事件』の『元犯人』を招いて、聞き取りを始めた。察するに天下を取ったあかつきには、小沢の秘書を大冤罪事件の被害者にして、検察を締め上げたいのではなかろうか?(後略)」

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まだまだおもしろい記述は続きます。

鳩山由紀夫首相はいよいよ国際舞台にデビューです。

 

とはいえ、その外交政策は「友愛」とか「核廃絶」という言葉のひびだけはよくても、実体が不明というレトリックを超えてはなにもみえてきません。

 

まあ、これから、ということでしょうか。

 

しかしその一方、鳩山首相が代表する民主党の外交姿勢の特徴というのは、かなり明らかになっています。

 

その特徴はアメリカ側の識者にも認識されています。

 

そうした識者の一人が鳩山首相の対外姿勢を中国との関係の文脈において、論評しました。

 

以下のコメント記事がそれです。

ここで表明されるのも、やはり不安、懸念、懐疑です。

 

しかし中国とのからみで日本の民主党の姿勢をアメリカの視点で論じるというのも珍しいと思います。

 

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【朝刊 国際】
【政権交代 海外の目】元米国務省中国分析部長 ジョン・タシック氏

 

ジョン・タシック氏

 

 ■中国への抑止のほころび

 

 日本の鳩山政権の誕生とその対外姿勢は単に日米関係への影響を超えて、アジア全体の政治情勢の危機の始まりを示唆していると思う。

 

 簡単にいえば、鳩山政権の対外姿勢は、中国がアジアで米国を抑えて影響力を拡大し、日本をも服従させていくという動きを期せずして加速するだろう。

 

 背景にはオバマ政権がアジアで中国を重視しすぎるという傾向も作用している。

 

 中国は米国に対し、アジアのパートナーとして日本ではなく中国を選ぶことをさまざまな形で迫っている。

 

 ブッシュ前政権時代からそうだった。

 

 台湾に関しても前政権は中国から圧力をかけられる形でそのきずなを弱めていった。

 

 オバマ政権になっても、この中国傾斜は続いている。

 

 日本軽視の流れがその裏にある。

 

 ブッシュ前政権は小泉元首相にこそ丁重に対したが、その後任の安倍、福田、麻生各首相をきわめて軽く扱った。

 

 オバマ政権が最新鋭戦闘機のF22を日本には売らないと決めたことも、あるいは麻生前首相の訪米の際に本格的な首脳会談をしなかったことも、その例証だといえる。

 

 背景には一貫して、中国への接近という要因がある。

 

 米国側のこうした傾向は、日本国民の多くに「米国は同盟相手として頼りにならない」という潜在意識を生んだのではないか。

 

 結果、日本国民の多くは、自民党の日米同盟堅持という基本政策にあまり魅せられず、日米同盟や米国自体にあれこれと文句や留保をつける民主党の姿勢を許容していったのではないか。

 

 しかし現実には中国は軍事力を増強し、日本との領土紛争、資源争奪、経済競争で自国の主張を強めるため、軍事力を陰に陽に利用しようとしている。

 

 日本はこれに対し、日米同盟を通じて米国の軍事パワーを抑止力として取り組むという対抗策を長年、保持してきたわけだが、その基本が今やほころび始めたわけだ。

 

 日本が米国なしに、中国の威嚇や圧力をはね返す抑止力を持つことは現状では望めない。

 

 そうなると、残された展望は日本が中国の意思のままに従い、アジアで中国の覇権が確立されていく、という構図だろう。

 

 従来の米国の政権であれば、こうした危険なシナリオへの道は必死で阻止したが、オバマ政権では放置する可能性が十分にある。

 

 だから今回の総選挙の結果と鳩山政権の登場は、そのようなアジア情勢の根本的な変化の始まりを象徴しているように思える。(談)

                   ◇

【プロフィル】ジョン・タシック

 米ジョージタウン大卒。1971年から国務省の外交官となり、中国、台湾、香港に通算約15年間駐在。92年に国務省情報調査局中国分析部長。2001年にヘリテージ財団に入り、中国分析専門の研究員となる。現在は独立してアジア外交の分析や評論にあたる。

 

 

                      =====

アメリカ議会で興味のある動きが起きました。

 

ACORNという略称で知られる民間団体に懲罰的な「連邦政府資金の供与禁止」という措置がとられたのです。

 

しかも連邦議会の上下両院の本会議で、それぞれ個別に表決がされた結果です。

 

この動きは議会民主党のオバマ大統領への態度の微妙な変化をにじませた、ともいえそうです。

 

詳細は以下です。

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【朝刊 国際】


民主系支援団体の不正発覚 オバマ氏に打撃? 補助金禁止可決


 

 【ワシントン=古森義久】昨年の米大統領選でオバマ氏を支援した民主党系の低所得層援助団体が不正行為を指摘され、米議会の上下両院本会議で連邦政府資金供与の禁止を決められるという異例の事態が起きた。

 下院本会議は17日、「共同社会組織即時改革協会」(ACORN)に対し連邦政府の補助金類を供与することを禁止する法案を345票対75票で可決した。

 

 同上院本会議も14日に同趣旨の法案を83対7で可決している。

 

 ACORNは黒人など少数派や低所得層への住宅融資や福祉の推進を主目的として1994年に結成された民間団体。

 

 政治的には民主党リベラル派を強力に支援し、少数派の有権者登録を推進して、政府の補助金も多額に得てきた。

 

 昨年の大統領選ではオバマ氏への支持を宣言して、全米で合計130万人の新規有権者を登録させたと発表したが、多数の州で重複登録や死者の登録などの不正が報告されていた。

 

 オバマ氏はACORNの顧問弁護士を務め、その関連組織に勤務したこともある。

 

 不正発覚のきっかけは、2人のフリージャーナリストが今年5月ごろから行っていた「独自取材」。

 

 2人はACORNのワシントンなどの支部に「政府の住宅補助金を得て借りた家で未成年売春をしたい」と、「おとり」の形で相談を持ちかけ、ACORN側職員が政府への虚偽申告の方法を教える様子をビデオに録画、公表した。

 

 この結果、ACORNが組織として不正な方法で政府資金を得たり、会員にその取得方法を教えてきたりしたことが明かされ、議会から強い非難が浴びせられた。

 

 それまでACORNの活動に理解を示していた民主党の議員の多くもこの非難に加わり、補助金供与禁止案に賛成した。

 

 今回の議会の動きは、最近、医療保険改革問題で支持率を下げているオバマ大統領に対する打撃材料になるともみられている。

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 ACORNとオバマ氏のつながりについては私は昨年の大統領選挙中から報じていました。

 

今年春に刊行した自書の『オバマ大統領と日本沈没』のなかでも書きました。

 

 

 

 この本の第一章のなかに「過激派とのつながり」という項があり、

そこで以下のように書きました。

 

<全米各州で有権者登録の不正事件を起こした「共同社会組織即時改革協会」(ACORN)という民主党系左派の団体にオバマ氏がかつて密着していたことも共和党側から非難された。

 

 この組織は黒人など少数民族や低所得者の住宅融資や福祉拡大に努める一方、各種選挙での民主党候補支援のため、少数民族などの有権者登録活動を推進してきた。

 

 今回もオバマ支持を鮮明にして、全米で合計百三十万人の有権者登録に成功したと発表していた。

 

 ところが選挙戦後半にペンシルベニア州でACORNが登録を申請させた有権者二十五万のうち六万近くが手続きの不備や不正を理由に却下されるなど、各地での不正が明るみに出た。

 

 しかもオバマ氏自身がかつてACORNの顧問弁護士を務めていた事実も判明したのだった。>

 

 

 

 

 

 

 

 

どこまで続く、ぬかるみか、とでもいいましょうか。
いつになれば許してくれるのか。というより、いつになれば、過去を利用しての日本叩きが終わるのか。
日本の戦争での「罪」のことです。
 
日本大使がバターンの元米軍捕虜たちについ最近、改めて謝罪をしたという報もあります。
 
以下のようなコラムを書きました。
つい2日ほど前です。
2年前ではありません。
                  
                      =====
【緯度経度】ワシントン・古森義久 日本謝罪不要論の余波
2009年09月19日 産経新聞 東京朝刊 国際面


 

 米国の首都ワシントンではなお日本が過去の戦争での悪事を反省し、謝罪すべきだ、というようなテーマで講演やセミナーが開かれる。
 
 日本側でとくに新しい動きがなくても、日本を被告席におく枠組みでの糾弾の催しがなお続くのだ。

 つい1週間前にも「東京戦争犯罪裁判と今日の日本」という題のシンポジウムがジョージワシントン大学で開かれた。
 
 題名からでもスタンスの偏りが浮かび上がるようだが、講師には日本の外務省の元局長も入っていた。

 さて鳩山新政権の登場となると、日本側での戦争にからむ「謝罪」や「反省」はまた改めて、これまでよりは容易に表明されそうな気配である。
 
 ところがこうした従来の流れに逆行する「日本はもう謝罪すべきではない」と主張する論文が最近、米国の若手学者から発表され、ワシントンの日本関連論議にユニークな一石を投じる形となった。

 同論文は「謝罪の危険」と題され、大手外交政策雑誌「フォーリン・アフェアーズ」5・6月号に掲載された。
 
 筆者はダートマス大学助教授のジェニファー・リンド氏、日本と朝鮮半島の歴史や安全保障を専門とし、2004年に博士号を取得したばかりの新進の女性学者である。

 リンド論文は結論こそ明快だとはいえ、その理由の説明は屈折していた。主張の核心は次のようだった。

 「戦争での非道な行為を日本がこれからも対外的に謝罪することは非生産的であり、やめるべきだ。まず謝罪は日本の国内でナショナリストの反発を招き、国民の分裂をもたらす」

 「再度の公式の謝罪や国会での決議による謝罪というジェスチャーは、日本国民同士の衝突や分裂を招くため、避けるべきだ。そのかわり日本の政府も指導層も戦前、戦時に日本がアジア各地で不当な弾圧や残虐を働いたことを認め、反省せねばならない」

 「日本はそのうえで戦後のめざましい復興、民主主義の活力ある確立、経済や技術の世界最高水準の発展を対外的に誇示すべきだ。現在と未来の平和的、民主的な役割を他の諸国に対して強調すべきだ」

 リンド氏は南京事件や捕虜の扱い、慰安婦徴募、731部隊、三光作戦など日本が戦時に働いたとされる悪行の数々の「事実」を糾弾する側の主張どおりに全面的に受け入れる一方、歴史問題での和解には日本の謝罪や反省のほかに被害者側の前向きの対応が不可欠だと説く。

 「韓国の指導層は自らの統治の正当性を示すために日本をたたく必要はもうない。中国共産党も自らの統治の正当性を支えるために国内の反日感情をあおってきたことは知られており、国民の日本嫌悪はそれほど強いわけではないのだ」

 リンド氏はそのうえで日本に対しても西ドイツのアデナウアー方式の採用を提案する。
 
 同方式とは1950年代から60年代はじめまで西ドイツ首相だったアデナウアー氏がユダヤ人虐殺をすべて認めて反省しながらも、その非はナチスだけのせいにして、とくに謝罪はせず、一般ドイツ人の戦時の苦痛も強調しながらフランスとの和解を成しとげた経緯を指していた。

 中央政府が戦争の相手でもない一民族の絶滅を計画的に進めるなどという行為のない日本をドイツと同列におくことは不公正ではあるが、日本にもう謝罪をするなと勧める点は米国の学者としては異色だといえる。

 しかしこのリンド論文への反対論が同じ「フォーリン・アフェアーズ」9・100月号に編集長への投稿として短く掲載された。
 
 投稿者はワシントン在住の日本人ジャーナリストの土井あや子氏で、「日本は戦争や植民地支配で被害を与えた人たちに公式の誠意ある謝罪をなお述べる義務がある」と論じていた。

 現代の日本に対し米国人が「もう謝罪するな」と説き、日本人が「いや謝罪を続けよ」と求める。
 
 日本の歴史問題の倒錯した構図だといえよう。
 
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