2009年10月

朝日新聞にとても興味ある記事が出ていました。

 

貴重な記事だともいえます。

 

ちなみに私は朝日新聞の読者です。

 

愛読者かどうかはわかりません。

 

最近は「愛」という言葉が出てくると、自然に斜めに構える自分に気がついています。

 

もちろん「友愛」という言葉のインチキっぽさが原因です。

 

愛読者といっても、「愛」という形容ふうの言葉がただ「読む」ことだけにかかるのか、あるいは「読む対象」にかかるのか、はっきりしませんね。

 

さて、この記事は10月21日朝刊、竹中平蔵氏に鳩山政権の経済や財政の政策についての見解を聞いたインタビュー記事でした。

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鳩山政権は二重人格政権だというのです。

 

政権内にはジキルとハイドが両方、住んでいる、というわけです。

 

記事の主体は竹中氏の意見ですが、鳩山政権に対する厳しいその批判をきちんと載せる朝日新聞もなかなかです。

 

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以下は竹中平蔵氏の言葉です。

 

「(前略)民主党にはがんばってもらいたい。

 

 だが一方で、利害集団の利権を守るだけの政策もある。

 

 典型が郵政ファミリーの利権が露骨に出た郵政見直しです。

 

 さらに高速道路無料化は地球温暖化に悪影響が出るのではないか。

 

 公共事業の削減は、景気への悪影響や全体としての経済効果を試算しているのか。

 

 麻生政権のバラマキにさらに輪をかける可能性がある。評価できる部分とそうでない部分が混在した『二重人格政権』です。

 

 だから、世界の市場関係者が不安視し、日本株だけが取り残されている」

 

 (竹中氏はさらに述べています)

 

 「経済政策の司令塔には、三つの機能がある。

 

 ①マクロ経済と財政の一元管理

 

 ②政策相互間の整合性の確保

 

 ③特定の省庁だけではできない政策を総理のリーダーシップの下に実現することです。

 

 今の鳩山政権では、第3の機能だけを行政刷新会議でやろうとしている。

 

 第2の機能は『二重人格』

 

 第1の機能は、国家戦略室が現在のところ十分やっていない」

 

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雑誌『新潮45』11月号に元首相の安倍晋三氏がおもしろい論文を発表しています。「小鳩『友愛外交』で、国益損失の重大危機」と題された論文です。

 

  

論文は鳩山首相が「友愛」なる曖昧模糊な情念を外交に持ち込むことで、日本にもたらす危険に対し警告しています。

 

そのなかで小沢一郎氏との2007年7月の党首討論会について書いています。小沢氏は事実と反することを堂々と述べたというのです。

 

以下、安倍論文のその部分を以下に紹介します。

 

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 同じ年(2007年)の参議院選挙前、小沢氏と私との党首討論会がありました。

 

 7月1日に行われた討論会では、アメリカの原爆投下について、当時の久間発言をからめて議論になりました。

 

 その中で小沢氏は「ドレスデン無差別爆撃について『アメリカはドイツに謝罪をした。安倍さんは米国に原爆投下の謝罪を要求する気があるか』と質問してきたのです。

 

 アメリカがドイツに謝ったという記憶が私にはありませんでしたが、小沢氏も質問するからには事実にあたっているのだろうと思いながら、

 

 『現在、米国に謝罪を要求することに国益上どれほどの価値があるか疑問に思う』

 

 『北朝鮮に核を使わせないためにも、米国の核の抑止力は必要。その中で核廃絶に全力を挙げていかないといけない』

 

 と答えました。そして、

 

 『小沢さんはそもそも自民党の幹事長を務めていました。その時に米国に謝罪を要求したのか』

 

 と尋ねました。

 

 小沢氏は、その時々でアメリカには謝罪要求をしてきたと言うのですが、後で調べてみたら、米国がドイツに謝ったという事実はなく、小沢氏が謝罪を要求した事実もありませんでした。

 

 そういう意味で、小沢氏は歴史の問題について調査もせずに発言するのだと感じたことがあります。

 

 果たして、今後、小沢氏は与党民主党の幹事長として、その件での謝罪をアメリカに要求するのか、気になるところです(以下略)」

 

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 この種のウソや虚言には気をつけていきたいですね。

 

この論文を読めば、いま鳩山政権が政府としての当事者能力を失い、分裂状態になっている普天間基地問題の真相がよくわかります。

 

つい最近も紹介した拓殖大学の渡辺利夫学長の現地を視察され、当事者たちと話しをされての報告です。

 

 

その渡辺論文の中枢は以下の文章一つに凝縮されているようです。

 

<沖縄と米国の「合意」を阻止しているのが日本の新政権である。>

 

沖縄知事は立場上、公式には普天間基地は県外への移転を希望する、という趣旨を発言せざるを得ないでしょう。しかし現実は以下の渡辺利夫先生の述べられるとおりのようなのです。

 

とにかくこの渡辺論文を読むと、普天間問題の全体像と枢要の各部分像とが鮮明にわかるでしょう。

 

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【正論】拓殖大学学長・渡辺利夫 国益を見据え「普天間」決断の秋


  

 ≪問題解決の条件がそろう≫

 

 「知恵の輪」という遊びがある。

 

 2つの金属の輪をあれやこれやといじくりまわしているのだが、どうしても抜けない。

 

 これがあっと思うほどすんなりと抜ける痛快な瞬間がある。

 

 なんだこんなことかともう一度やってみても、果たしてこれがどうにもうまくいかないのである。

 

 外交にだってそんな偶然のような好条件が生まれて、難題中の難題がすんなりと解決するといったことがあるような気がする。

 

 沖縄問題の解決にとって現在ほどいい条件が整った時期はかつてなかったのではないか。

 

 10月の中旬、沖縄で日本青年会議所主催のシンポジウムにパネリストの一人として招かれた私は、仲井真弘多(なかいま・ひろかず)知事としばらく歓談する機会に恵まれた。

 

 氏は“沖縄の意向はもう決まっているのだから、政府が方針をいちはやく決めてくれなければ、沖縄は動くに動けない”といった趣旨の困惑を吐露していた。

 

 困惑ではあるが、開けっぴろげな仲井真さんらしい率直な語りに私の方も“本当にそうですよねえ”と深くうなずいていた。

 

 沖縄県も名護市も、沖合移動という条件は付しながらも、現行の日米合意の基本計画を支持するにいたった。

 

 米海兵隊普天間飛行場の名護市キャンプ・シュワブ沿岸部への移設は、在沖縄米海兵隊8000人とその家族のグアム移転、空母艦載機の厚木から岩国への移駐、沖縄本島南部の6施設の全面返還などを含む「パッケージ」として、2006年5月に日米両国政府によって合意された。

 

 日本は合意実現のために最大28億ドルの負担を米国に約している。

 

 ≪複雑な沖縄世論にも悪影響≫

 

 沖縄の世論が複雑をきわめていることを私とて知らないはずもない。

 

 しかし沖縄県と名護市の世論が、沖縄の負担の大幅軽減を求めて日米合意の方向に現在ほど大きく傾いた時期はない。

 

 北朝鮮の2度にわたる地下核実験や、大規模な軍拡により中国の東シナ海制海権の掌握が現実味を増している状況下で、これ以上問題をこじらせては日本の安全保障が危ういとする意識が沖縄県民の中にも高まってきたことの反映であろう。

 

 訪日したゲーツ国防長官は、鳩山新政権の要人との会談において普天間の代替施設のキャンプ・シュワブ沿岸への移設が実現しなければ海兵隊のグアム移転はなく、それなくして人口の密集する沖縄南部6施設の全面返還も不可能だという主張を繰り返した。

 

 ゲーツ氏は、極東での軍事力抑止と沖縄の負担軽減の2つを両立させようという戦略をもって日本の新政権に臨んだのである。

 

 沖縄と米国の「合意」を阻止しているのが日本の新政権である。

 

 これほどの皮肉もあるまい。

 

 11月のオバマ大統領の訪日の条件整備のためにやってきたゲーツ氏の訪日に際してもなお、首相は“来年の名護市長選、沖縄知事選などの様子をみて県民の総意を確かめたい”といい、外相は“日米合意の正当性を検証してからだ”といった趣旨のことを述べ、片や防衛相は“そんなに時間を浪費するいとまはない”といったりで、新政権の本意がどこにあるのかまるで不鮮明である。

 

 複雑な世論の沖縄である。

 

 市長選や知事選で県内移転派が勝利する保証はない。

 

 敗北ともなれば沖縄問題解決の「千載一遇」は消え去る。

 

 日米合意の検証といったところで、合意はその時々の政治的ベクトルの合成の帰結であって、条件の異なる現時点で正当性など検証できるものか。

 

 検証にどれほどの意味があるのか。

 

 仮に日米合意が不合理だとの結論が導かれたとて、米側がその結論をよしとして受け入れるとは思われない。

 

 ≪信頼なくせば同盟も空洞化≫

 

 外相のいう普天間基地の嘉手納基地への統合もすでに検証ずみのものだというのが米側の見解である。

 

 キャンプ・シュワブ基地の沖合移動は“県と政府の問題だ”との含みをもたせたゲーツ発言にさえ無反応であってみれば、待っているのは日米同盟「空洞化」の危機である。

 

 米国が信頼に値するアジアのパートナーとして選ぶのは、ひょっとして日本ではなく中国となる可能性がある。

 

 民主党のブレーン、ブレジンスキー氏などに根強い米中2極体制(G2)もあながち空想ともいえなくなる。

 

 集団的自衛権行使に踏み切れない片務的な日米同盟は、このポスト冷戦期にあってはそもそもが脆弱(ぜいじゃく)な存在なのである。

 

 脆弱な日米同盟をさらに脆弱なものにしようというのが民主党の本意ではあるまい。

 

 日米同盟は現在では日本と米国の2国関係を律する同盟というにとどまらない。

 

 北朝鮮問題、台湾海峡問題、何より中国の外洋進出を牽制(けんせい)して極東アジア全域の安定性を確保するための唯一の同盟なのである。

 

 日米同盟が崩れれば「極東のドミノ現象」が起こる危険性がある。

 

 どうしても抜けなかった「知恵の輪」が、あれと思うほど簡単に抜けてしまう希有(けう)な条件が整備されているのが現在である。

 

 民主党の諸兄よ、国益を見据えよ。ここは決断の秋(とき)である。

               (わたなべ としお)

 

 

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以下は渡辺利夫先生の多数ある著書の一つです。

 

新脱亜論 (文春新書)

「米国を排除するつもりはない。私の頭の中にどの国が入って、どの国が入らないとは考えていない」

 

なんですか!

この言葉は!!

 

鳩山首相がタイで開かれた東南アジア諸国連合・日中韓(ASEANプラス3)首脳会議、東アジア首脳会議などで述べた言葉です。

 

なにがなんだかわからないというのが最適の評でしょう。

 

鳩山首相は最初は東アジア共同体というのを中国の首脳に伝え、続いて日中韓の三国首脳会談で提起して、いかにも中国と韓国とともに共同体をつくるという構えをみせました。

 

その時点ではアメリカは当然、入らないという感じでした。

現に岡田外相が東アジア共同体にはアメリカは入らないと言明していました。ところが鳩山首相はアメリカも関与するという趣旨を述べるにいたりました。

 

上記の東アジア首脳会議は東南アジア諸国にインド、オーストラリア、ニュージーランドまで合計16カ国が加わっています。その会議の議長声明で「東アジア共同体構想に向けた努力を活性化させる日本の提案を評価する」という歓迎の構えをみせました。

 

ということは、インドもオーストラリアもニュージランドも、東アジア共同体に加わる意向だということでしょう。そうなるとアメリカも入って、太平洋の向こう側からインド洋、太平洋の南側までの「共同体」となります。これだけの広大な国家群の広がりはちょうど既存のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の広がりと同じになります。

 

「東アジア」にアメリカもインドも入らないのは当然です。だから鳩山首相の「東アジア」という部分はこれで瓦解となります。さらにはEUと同じような「共同体」という概念ももう実現は無理でしょう。

主権国家が主権を一部、譲り合い、人、物、カネが国境を自由に移動するという「共同体」が本来の鳩山構想だったはずです。

 

しかし中国の人たちが日本だけでなく、アメリカにまで自由に入っていくのか。常識で考えただけでも答えは明快です。となると、「東アジア共同体」という構想はもう空中分解ですね。

 

もうこの時点で鳩山首相の唱えた東アジア共同体構想は終わりだ、と述べておきましょう。

 

まさに東アジア幻想体、東アジア妄想体でした。

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なお古田博司氏もアジア研究では優れた実績のある学者ですが、東アジア共同体構想が幻想であることをこの書でも説いています。

 

 「ブロッガーというのは危険な仕事」などという記述で始まるアメリカの新聞記事があったので、つい目を通しました。とても小さな記事です。しかもいささか前の記事でした。切り抜いて保存して、読まないままになっていたのです。

 

 といっても2008年末の記事です。

 趣旨を紹介しましょう。

 

 「ジャーナリスト保護委員会(CPJ)」という民間国際組織(本部はニューヨーク)の2008年度の年次調査報告書によると、同年12月1日現在で逮捕され、拘束されているジャーナリスト(この定義も曖昧であありますが)は全世界29カ国で合計125人、そのうちの45%にあたる56人がインターネット上で活動するブロッガーやウェブ記者たちだというのです。10年前に逮捕されていたブロッガーは全世界で1人だったそうです。

 

 拘束されている125人のうち53人は活字の分野、つまり新聞、雑誌の記者、編集者、カメラマンなどです。

 

 このCPJの報告書によると、拘束された「理由」は6割以上が国家転覆、国家機密漏洩、国益損失というような「罪名」を与えられました。2割近くがなんの「容疑」も「罪名」もなしに捕まったまま、その多くが拘束されている場所もわかっていません。

 

 このようにジャーナリストを逮捕する国は限られています。

 中国、キューバ、ミャンマーの3国だけで大多数の逮捕ケースを占めています。その後にはエリトリア、ウズベクスタンが続きます。

 

 さてここまで読まれた方は当然、疑問を抱かれるでしょう。

 

 この調査の対象となる「ジャーナリスト」とはなんなのか、ですね。

 

 単なる反政府活動家や、ブログでのお遊び人間も、このカテゴリーに入る場合もあるのか。

 

 この疑問への納得できる回答はなかなか出てきません。

 

 しかしここで強調したかったことはブログを使う人たちがいまの世界では逮捕の対象になってきている、ということです。

 

 この新聞記事は以下のようなことも書いていました。

 

「気楽なブロッガーたちというのも、もう神話かも知れない。少なくとも世界のいくつかの地域では。

 

 深夜、自宅でパジャマを着て活動している一人ぼっちのブロッガーというイメージは魅力があるのかも知れない。

 

 しかしそのブロッガーたちの自宅のドアがノックされるとき、彼らはさらに一人ぼっちであり、弱いことがわかるのだ」

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  ところがその一方、インターネットが罪のない個人への攻撃や脅迫、誹謗のために悪用されるという事例も、急増しているようです。日本など、その筆頭かも知れません。

 

 この種のブロッガーというのは、公的な目的に資する範疇には当然、入りません。

 

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