2010年02月

 産経新聞の最近の報道に対し、日ごろ産経を支援してくれている方々からの批判がありました。

 

 長年、産経新聞の記者で、現在は政治評論家として活躍する花岡信昭氏のメールマガジンから転載させていただきました。

 

 産経新聞の記者の一人として、この種の建設的な批判には謙虚に耳を傾けたいと私自身は思っています。

 

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<<「やばいぞ」と言われてしまった>>

  これはまずいなあ、と紙面を見た時から思っていたのだが、やはり、痛烈な批判が出た。産経の福地NHK会長へのインタビュー記事だ。

 政治記者の大先輩、渡部亮次郎氏(NHK出身)のメルマガ「頂門の一針」から、許諾を得て転載する。この筆者の大谷氏もNHK出身だ。

http://www.melma.com/backnumber_108241/


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「やばいぞ産経」
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     大谷 英彦

「産経新聞」は2月9日から3日間、福地茂雄NHK会長のインタビュー
を掲載した。

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100209/plc1002090358002-n1.htm

http://sankei.jp.msn.com/economy/business/100210/biz1002100254004-n1.htm

http://sankei.jp.msn.com/economy/business/100211/biz1002110301001-n1.htm


福地氏はつい先日も雑誌「プレジデント」にも登場していたが、さほどの内容は無かった。

今度は、NHKの「シリーズJAPAN」の「台湾・捏造問題」「1万
人訴訟」などを全く無視している全国紙のあるなかで、最も積極的に取上げてきた「産経新聞」だから、と大いに期待した。

聞き手の佐久間修志さんという名前、私には初見の方だが、業界内輪では「産経新聞文化部」のNHK担当記者は他社に比べ相当弱いと耳にしていたので、新しいエースの登場かなという期待感もあって、この3日間は朝の配達が待ち遠しかった。

しかし3日間、今日出るか、明日出るかの期待は裏切られた。

福地氏が「番組は3回見たが、問題はない」とNHKのホームページで表明していることは周知の事実だ。「台湾は所詮、日本の植民地だった」という意味の発言も表明している。

この見解に対して、歴史的事実に反する偏向と反駁している人は「産経新聞」の読者の中にでも少なくない。むしろ「産経愛読者」なるが故に多いはずだ。

純正保守の立場からペンとカメラを駆使して毎日「世界は腹黒い」というブログを精力的に連打している「花うさぎ」さんは「日本が普通の国になるように、産経新聞を応援しています」という「サブタイトル」までつけている。

「産経新聞」社内にも、コレに応える自負は強いとはずだ。

佐久間なる記者は、読者のそんな期待に気づかなかったのか。思惑か、事情あって「的」をわざとはずしたのか。デスクは何のダメ出しも無く出稿をOKしたのか。

かつての「産経新聞」を思い出す。当時の斉藤勉編集局長は、日本の現状をえぐる記事に「やばいぞ日本」という総合見出しを冠した。

私は思わず口にした。「やばいぞ産経」。


 以上、転載。

 この指摘の通りだ。この時期にNHK会長にインタビューするのなら、問題化した「JAPANデビュー」についてまったく触れないというのは、取材報道記事とはいえなくなる。

 いわば「おうかがい記事」になってしまう。同じ産経の15日配信記事。


<「JAPANデビュー」偏向番組訴訟 台湾統治でNHK側は争う姿勢
2010.2.15 18:40
 
 NHKスペシャル「シリーズ・JAPANデビュー アジアの“一等国”」の出演者などから番組内容に偏向があったと批判が相次いだ問題で、出演者の台湾少数民族・パイワン人や視聴者ら計約1万300人がNHKに計約1億1千万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が15日、東京地裁(岡健太郎裁判長)であった。NHK側は争う姿勢を示した。

 また、原告側が意見陳述を行い、「台湾の日本語世代の人たちは、教育への貢献など日本による統治時代を高く評価している。(証言をねじまげた今回の番組は)公共放送として許されない」などとNHKの姿勢を批判した。

 問題の番組は昨年4月5日に放送されたが、「日本の台湾統治を批判するため、出演者の証言をねじ曲げている」などと批判が集まった。>


 福地会長は番組に問題なしと判断しているとのことだが、NHKトップがいまになって「問題だ」とは口が裂けてもいえない。問題だと思っているのなら、もっと早い段階で担当者の処分などに踏み切っているはずだ。

 いずれにしろ、1万人訴訟に発展した重大事なのである。これについて聞かないのであれば、むしろ、インタビューなどしないほうがよかった。

 肝心のことを聞かないインタビューになったから、なにやらNHK側と産経が「手打ち」したかのような印象すら受ける。それは産経にとって、きわめてまずいマイナスになるはずである。産経読者にはそういうことを鋭く見抜ける人が多いはずだ。

 福地会長はアサヒビールの出身だ。中国で販路開拓に躍起となっているビール会社である。中国の意向に反するような言動はできない。そういう福地会長の立場をまず知るべきだ。

 この「JAPANデビュー」問題は、インタビューに応じた台湾の人たちがこぞって「発言の一部を歪曲されて使われた」と断じていることがポイントである。

 NHK幹部にとって悩ましいのは、この番組の制作者の「水準」があからさまにされてしまったことだ。おそらくは制作スタッフは、後藤新平や新渡戸稲造らが台湾でどういうことをやって、台湾側からいかに感謝されているかなどまったく知らないまま取材に着手したのではないか。

 はなから「日本は悪いことをした」という感覚で番組づくりを進めたものだから、こういう結果を招いた。取材相手から「自分の意図が伝わっていない」と一斉に抗議されるなど、NHKのみならず、メディアにかかわっている者であれば、最も恥ずかしいことなのだ。

 つまりは、反日だとか親中だとかといった次元とはまったく別の「制作サイドの知的レベル」という問題が浮かんでしまう。これがNHKにとって、最も痛いところだ。

 産経のインタビュー記事はどういうねらいで行われたのか。そうしたもろもろの事情を担当記者や出稿責任者は承知していたのかどうか。

 承知していなかったとなると、これはさらに恥ずかしいことになる。

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 私の著書『アメリカでさえ恐れる中国の脅威』の書評が産経新聞に掲載されました。

 

 評者は元NHKワシントン支局長で、いまでは有名な作家の手嶋龍一氏です。

 

 この書評はユニークです。

 

 インテリジェンスの専門家とされる手嶋氏ならではの屈折した評です。

 

 行間にあるものを読もうとすると、とくにおもしろい書評だと思います。

 

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【書評】『アメリカでさえ恐れる中国の脅威!「米議会調査機関」の核心レポート』
2010年02月14日 産経新聞 東京朝刊 読書面


 

 ■インテリジェンス感覚磨ける

 21世紀初頭は中国が既存の世界システムに挑戦した時代だった-後世の歴史家はそう記すことになるだろう。
 
 それほどに私たちの眼前に現れる中国の姿は驚きの連続だ。
 
 リーマン・ショックからいち早く立ち直り、企業買収チームばかりか、爆盗団まで送り込んでくるさまは、津波のようなエネルギーに満ちている。

 だが、そんな国と隣り合わせの日本には、相手の肺腑(はいふ)を射抜くような中国報告が少ないと古森義久は苛立(いらだ)たしげだ。
 
 「日本の中国情報には偏向や制限がある」からだという。
 
 過酷な状況下で北京特派員を務めた経験がそう言わせているのだろう。

 そんな古森にとって、アメリカ議会の調査機関である「米中経済安保調査委員会」の中国報告は、価値あるものと映ったに違いない。
 
 いまや世界の行方を決めると言われる「G2」。
 
 そんな米中の間柄が、超大国アメリカの安全保障にいかなるインパクトを与えるかを巨視的に検証した報告書だからなのである。

 中国政府は、人民元を意図的に操作し、巨大な国営ファンドを経営し、大量破壊兵器ばかりか、国家主権そのものを域外に拡(ひろ)げようと策し、サイバーと宇宙空間へも進出を図っている-。
 
 報告はこうした6つの分野に焦点を絞って、新しい中国像を描きだそうと試みている。

 「長期の経済成長の疾走は、政治改革の足がかりではなく、むしろ逆に中国共産党の永続統治の正当化に利用されてしまった」

 共産党支配を正当化するテコとなっているのは、対米輸出を柱とした経済成長であり、それを支えているのは不当に低く操作された人民元の為替レートだと古森は解説する。
 
 確かに報告では、人民元のレートが市場の実勢より30%ほど低く抑えられているという民間のシンクタンクの分析を援用している。

 こうした本書の結論を読者が受け入れるのか、論争を巻き起こすに足る内容だ。
 
 この報告書と古森解説にみられる微妙な体温差も見逃せな
い。
 
 ふたつを読み比べてインテリジェンス感覚を磨くのに、これほど格好の著作はない。(古森義久著/ワック・1575円)

 評・手嶋龍一(ジャーナリスト、作家)

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 鳩山政権の中国への擦り寄りは、周知の事実です。

 

 小沢媚中団の中国訪問もコメディか、ホラーストーリーか、とにかく異常でした。

 

 その小沢一郎周辺からいま発信されているのが「日米中正三角形論」です。

 

 日本はアメリカと中国と等距離の関係にあるというのが、この正三角形論です。

 

 日本にとって民主主義の同盟相手のアメリカも、共産党独裁の領土紛争相手の中国も、同じ関係にあるというのですから、この認識も異常としか呼びようがありません。

 

 ではこの日米中正三角形論をアメリカからみると、どうなのか。

 

 中国ウォッチをもう30年以上も続けてきた民主党系の専門家に聞きました。

 

 以下はその記事です。

 

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日本の日米中正三角形論「非現実的」 ロバート・サター ジョージタウン大教授
2010年02月14日 産経新聞 東京朝刊 国際面


 

 【ワシントン=古森義久】米国歴代政権で中国問題を担当してきたロバート・サター・ジョージタウン大学教授は11日、産経新聞のインタビューで日本の民主党首脳が最近、語っている「日米中正三角形」論について「現実にはそぐわない」との見解を表明した。

 日米中正三角形論は民主党の小沢一郎幹事長が昨年12月、民主党訪中団を率いて北京を訪問した際、胡錦濤国家主席らに伝えたとされ、日本が米中とそれぞれ均等の距離を保つという事実上の米国離れ、中国寄りの考えを表している。

 サター教授は「今、日本で出ている日米中正三角形論が日本と中国と米国が等距離の関係にあるとか、あるべきだと主張する内容だとすれば、日米両国間の同盟という特別なきずなを無視することになり、現実に整合しない」と論評した。

 サター教授は日中関係については「日中間のダイナミクス(実際の動き)はなお紛争や利害の衝突を含み、相互の警戒がある。あるレベルでは協力が存在するが、基本部分では協力に反する構図がある」と述べた。
 
 その根拠としてサター教授は
 
 (1)日中間には尖閣諸島の領有権をめぐる紛争や東シナ海での資源争いなど、特に日本にとってきわめて重要な対立案件が存在する
 
 (2)日本国民の多くは中国への深い不信や懐疑を抱いている
 
 (3)中国側も国民レベルでの日本への反感が存在する
 
  -という諸点をあげた。

 日中関係の今後についても同教授は「一定の象徴的な領域で両国のさらなる接近や友好を示す動きは考えられるが、基本的な利害関係は離反しすぎており、主要な前進は近い将来、期待できない」として日中接近の現状での限界を指摘した。

 その一方、サター教授は日米関係について「日本の立場は同盟国としての米国との非常に緊密なきずなの維持を必要としている」と述べ、日本と米中の距離が均等ではないという見解を示した。
 
 しかし、同教授は「日本が対米関係と対アジア関係の均衡に気を使うことは理解できる。小泉政権では対米関係への傾斜が顕著だったが、今後、中国を含むアジアへの『等距離姿勢』をもう少し打ち出すことは米国にとって特に問題はないだろう。しかし今の日本側の日米中正三角形論からなにか大きな政策の変化が新たに生まれてくるとはあまり思えない」と論評した。

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【プロフィル】ロバート・サター 

 1970年代から米国務省、中央情報局(CIA)、上院外交委員会、議会調査局などの中国政策の専門官を歴任し、クリントン政権、ブッシュ前政権では東アジア担当の国家情報官を務めた。

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日米同盟についての新しい連載を産経新聞2月15日付からはじめました。

 

私自身の記者としての日米同盟に触れてきた体験を土台にして、現在や将来の日米同盟を考える、という趣旨の連載です。

 

第一回目には私自身がかかわった「ライシャワー核持ち込み発言」について改めて報告し、鳩山政権がこの発言が明かした「日米密約」をこれからどうしようというのか、疑問を提起しました。 

 

以下は私のその記事です。 

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【安保改定から半世紀 体験的日米同盟考】(1)「核持ち込ませず」の虚構


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駐日米大使時代のライシャワー氏とハル夫人=1966年8月、大使公邸(共同)

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横須賀の米軍基地前のデモでは、「横須賀をアメリカのベトナム侵略の核基地にするな」との横断幕が

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横須賀に帰港した米空母ミッドウェーに対し、「横須賀核基地化反対」などを訴えて行われた抗議行動

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 日米同盟が揺れている。
  日本の新政権の政策漂流が主因のようだとはいえ、米国側でも歴代政権とは微妙に異なる姿勢がうかがわれる。
  同盟の基礎となる日米安全保障条約が現在のように改定されて今年で50年、永遠の不変の同盟はありえないから、変容も再考も自然ではあろう。
 だが日米同盟とはそもそも日米両国になにをもたらしてきたのか。
 将来への考察は過去や現在の検証なしには成り立たない。
 記者(古森)自身の日米安保関係の実際の動きに触れた長い体験を踏まえて日米同盟をもう一度、考えてみた。

                   ◇

 「日本国民が、そして日本政府が率直にこの事実を認めるときがもうきたと思うのです」

 

 エドウィン・ライシャワー元駐日米大使が日本への「核持ち込ませず」の虚構を明らかにしたとき、何度か力を込めて述べたのがこの言葉だった。

 

 1981年5月、ライシャワー氏のボストン郊外の私邸でインタビューしたときだった。

 

 日米安全保障について2時間ほど語るうち、彼は私の質問に答え、日本政府の核に関する「持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則にもかかわらず、米海軍の艦艇が長年、実は核兵器を搭載したまま、日本の領海や港に入ってきている、と明快に語ったのだった。

 

 当時、毎日新聞記者だった私は、出向の形でカーネギー国際平和財団の上級研究員となり、日米同盟の諸課題を研究対象としていた。

 

 5月の輝く陽光を浴びるライシャワー邸はおよそのどかにみえた。

 

 黒い犬が庭を走り、居間ではハル夫人が親類から預かったという赤ちゃんをあやしていた。

 

 ハーバード大学を引退したばかりのライシャワー氏はそんな環境のなかで、くつろいだ口調のまま重大な発言をしたのだった。

 

                   ◇

 ■ライシャワー発言認めた後 米側解釈、受け入れるのか

 

 「日本側が『持ち込み』と訳すイントロダクションという英語は米側では核兵器を陸上にあげて配備することを意味し、艦上の搭載を含みません。だが日本政府は搭載艦の領海通過もそれに相当するとの解釈をとり、米軍の核はこれまで日本の領海にも港にも一度も持ち込まれたことはないと主張するのです」

 

 この食い違いの許容は日米両国間の秘密の合意とされ、日本政府もよく知っているというのだった。

 

 しかしライシャワー氏は両国政府からの激しい非難が予測されたにもかかわらず、なぜこの時期にそんな「秘密」を明かしたのだろうか。

 

 いま顧みれば、「ウソをつき続けるのももういいかげんにしろ」という憤慨が大きかったように思える。

 

 同氏はもちろんそんな乱暴な言葉は口にしなかったが、「日本政府は日本国民にウソをついていることになる」とまでは述べていた。

 

 ライシャワー氏はまた、被爆体験による日本国民の核への反発にも理解を示す一方、日米同盟では日本の安全保障が米国の核抑止力による「核のカサ」に依存している現実を指摘し、核抑止を受け入れながら非核三原則の「持ち込ませず」の虚構を続けることはあまりに矛盾であり偽善だとも述べていた。

 

 なにしろ当時はいまと違い、ソ連が核戦力を増強して米国と対決し、日本周辺にもソ連の核兵器が満ち満ちていたのである。

 

 だが日本の国民や政府が虚構を排し、事実を認めるだろうというライシャワー氏の予測も希望も実現はしなかった。

 

 一連の世論調査で日本国民の多数派がライシャワー発言は真実だと思うと答えていたとはいえ、政府は一貫して、事実ではないとして排した。

 

 その後の30年近くにわたって、その否定の姿勢になんの変わりもなかった。

 

 そしていま民主党の鳩山新政権下、ライシャワー氏の指摘した「秘密の合意」をはじめとする「日米密約」の実態を明るみに出そうという作業が公式に始まった。

 

 国家の防衛や安全保障の根幹にウソがあるという異常な状態を正すことは遅きに失したとさえいえよう。

 

 ライシャワー発言を毎日新聞が大々的に報道したときから、一貫してこの虚構の排除を主張してきた私自身も大いに歓迎する動きである。

 

 だが鳩山政権は「日米密約」の実態を照らし出し、ライシャワー氏の発言が真実だと立証したあとは、どうするのだろうか。

 

 「持ち込み」については、年来の日本政府の見解を保ち、やはり米軍の核の領海の通過も寄港も認めないとするのか。

 

 あるいは米国の年来の解釈を受け入れ、通過や寄港を認める「非核2・5原則」とするのか。

 

 米軍はソ連共産党体制が崩れたあとの1991年以降、ライシャワー氏が指摘した空母や巡洋艦の戦術核兵器の搭載をやめた。だから「持ち込み」はもう問題ではないという主張もある。

 

 だが日本周辺の核をめぐる状況はいつどう変わるか分からない。

 

 日本が米国の核抑止を自国防衛に取り込む限り、その核の領海通過さえも禁じるというのは、あまりに矛盾がすぎるだろう。(ワシントン 古森義久)

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[写真説明]]駐日米大使時代のライシャワー氏とハル夫人=1966年8月、大使公邸(共同)

 

[写真説明]横須賀の米軍基地前のデモでは、「横須賀をアメリカのベトナム侵略の核基地にするな」との横断幕が

 

[写真説明]横須賀に帰港した米空母ミッドウェーに対し、「横須賀核基地化反対」などを訴えて行われた抗議行動[

 

アカデミー賞の選考がいよいよ最終段階に達しました。

 

各カテゴリーでの候補作品が決まり、あとは3月7日の授賞式での発表を待つだけです。

 

さて候補作品のなかでは、まずベスト・フィルムとされる作品賞10本のなかでは『アバター』と『ハート・ロッカー』が二大最有力候補とされています。

 

『アバター』については説明を要さないでしょう。日本を含む世界各国で大ヒットして、すでに20億ドルの興行成績を記録したそうです。

 

一方、『ハート・ロッカー』はまったく無名の映画です。興行成績は1600万ドルとか。しかも私の知る範囲では日本でも上映はされていません。日本の人でこの映画について少しでも知っているという向きはまずないでしょう。

 

ところが私は産経新聞でも、当ブログでも『ハート・ロッカー』について紹介しました。日本ではおそらく唯一の紹介ではないでしょうか。先見の明あり、とはいいませんが。

 

下は『ハート・ロッカー』の宣伝ポスターです。

実はこの映画はものすごい作品なのです。

 

 

 

 

 以下は私が産経新聞に昨年9月に書き、このブログにも載せた記事です。

     

【外信コラム】ポトマック通信 夏の異色作
2009年09月16日 産経新聞 東京朝刊 国際面


 

 米国では話題となる映画が少ない季節の夏、今年の異色作は「ハート・ロッカー(傷ついたロッカー)」という題の軍事映画だった。
 
 この映画は米軍のイラクでの対テロ戦争を主題とし、陸軍の爆弾処理班の特殊部隊員たちを主人公としていた。

 隊員たちはバグダッドの市街などに仕掛けられた各種の爆弾を探し、配線を切ったり、信管を除いたりして、不発にしてしまうことを任務とする。
 
 特殊な防護装置を身につけ、破棄された自動車の内部に装着された時限爆弾を点検し、処理を進める様子が迫真のサスペンスとして描かれる。
 
 ときには爆弾は爆発し、隊員にも死者が出る。
 
 そんな人間と爆弾との戦いが最初から最後まで冷徹なタッチで映され、期せずしてこの戦争の特殊性を印象づけていた。

 「ハート・ロッカー」は7月末から9月中旬の現在までなお米国各地の限定された映画館で上映され、入場者数では一貫して全米十数位から二十数位を記録した。
 
 ほぼ無名の監督と出演者たちによる地味な映画としてはかなりの話題作になったといえるだろう。

 米国のイラクへの軍事介入は政治的に熱い議論を生んだが、この映画はその米軍の軍事行動を批判も称賛も加えずに、淡々と描いていく基調が特色だった。
 
 ただし最後の部分で爆弾処理班の隊員たちが復員後に米国社会で精神的な後遺症に苦しむ様子をちらりとみせる点が余韻を残す感じはあった。(古森義久)
 
 
     

 

        

 

    

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