2010年07月

 中国新疆ウイグル自治区で騒乱が起き、ウイグル人多数が死に、逮捕されてからちょうど1年、アメリカではこの1周年を記念してなお、中国当局のウイグル人弾圧を非難する集会が開かれています。

 

 

 その報告です

 

【朝刊 国際】
【緯度経度】ワシントン・古森義久 ウイグル問題 討論会の熱気

 

 米国議会上院のダークセン議員会館6階の公聴会室は超満員だった。
 7月19日午後、この時期の首都ワシントンは夏休みのために街路の人通りは少なくなるのだが、この部屋は人の熱気に満ちていた。

 「中国に関する議会・政府委員会」が主催した中国のウイグル問題についての公開討論会だった。

 

 この委員会は名称のとおり、議会と行政府が合同で中国の人権問題について調査し、議論し、議会と政府の両方に政策提言をする。

 

 いまの委員長はバイロン・ドーガン上院議員、副委員長はサンダー・レビン下院議員で、いずれも民主党の有力議員である。

 

 この立法府の代表に対し行政府は国務省の高官が代表になることが多い。

 

 19日の討論会は「抗議や騒乱から1年後の新疆の状況」と題されていた。

 

 中国の新疆ウイグル自治区で昨年の7月上旬から起きた騒乱からちょうど1年、中国当局の弾圧や、ウイグル人と漢族中国人との衝突で死傷者数千人を出した惨劇の後はどうなったか、という探索なのである。

 

 こういう集いをみると、いまさらながら超大国の米国の奥行きを感じる。

 

 ウイグル人問題というのは、中国政府の弾圧が明白でも、オバマ政権は触れたがらないのに、大統領と同じ民主党の有力議員が名前を出しての中国政府批判の討論会が立法府、行政府の共同作業として催されるからだ。

 

 しかも一般の傍聴者で大きな公聴会室が満員となり、立ったまま耳を傾ける人も多いのである。

 

 ウイグル問題には血なまぐさい事件からすでに1年が過ぎても、米国側での関心はこれほど高いのだ。

 

 パネリストでは米国を主体とする民間の国際的な人権擁護団体の「人権ウオッチ」のアジア部門責任者ソフィー・リチャードソン氏が発言した。

 

 「ウルムチ市の中心部の34世帯の現況調査では、そのすべての世帯で最低1人は不在者がいることが判明しました。当局に連行されたのです」

 

 ウイグル人住民多数が正規の司法手続きを経ないで拘束されたままだというのだ。

 

 ウイグル地区の人口動態を研究するマイアミ大学のスタンレー・ツープ准教授は、新疆の総人口2130万のうちウイグル人は46%、漢民族中国人は39%にまで増えた実態を説明する。

 

 「中国当局によるインフラを建設しての経済開発が進むほど、言語、文化、風習などの各面で脱ウイグル化が進んでいます」

 

 議会調査局の中国専門官シャーリー・カン氏は米中関係のなかでのウイグル問題の現状を語る。

 

 「中国当局はウイグル問題を台湾やチベットと並べ、『国家主権にとっての中核の問題』と呼び、絶対に妥協しないという姿勢を強めています。米国政府も正面から提起しないとはいえ、注意を絶やしていません」

 

 しかしさらに核心を突いたのは、傍聴にきていた著名な中国専門家マイケル・ピルズベリー氏の問題提起だった。

 

 「ウイグル人は民族としての独自性を奪われていくという悲劇はチベット人と変わらないのに、米国でも国際社会でも、チベットよりはるかに少ない支援や関心しか得られないのはなぜでしょうか。一部ウイグル人がテロ勢力に入っていたからか、イスラム教徒たちだからか」

 

 この問いには、多様な答えが熱っぽく返された。

 

 「チベット民族には亡命政権があり、ダライ・ラマという象徴的存在があるが、ウイグル人はそうではない」「チベットでの自立の動きの国際的アピールの歴史がきわめて長い」「仏教とイスラム教との一般への印象の違いが大きい」「9・11テロ以後の対テロ戦の相手にウイグル人の一部が含まれたことが大きい」-。

 

 ウイグル問題への米国の対応はオバマ政権の表面の冷淡な態度だけで即断してはならないと思わされる討論がなお長く続くのだった。

 

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 知的所有権の侵害、つまり他社の製作した音楽や映画を無法の海賊版にして売る。

 

 あるいは他メーカーの自動車の部品を勝手に模造して使う。売る。コンピューター・システムの他社が制作したソフトウェアを盗んで使う。他社の開発し、製造した医薬品を模倣して売る。

 

 こんな行為が知的所有権の侵害です。

 

 この種の行為は中国が長年、世界最大の「犯人」として知られてきました。

 

 アメリカ議会では7月21日、この問題を取り上げ、中国を非難しました。その動きの記事です。

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ヘッダー情報終了【朝刊 国際】
記事情報開始知的所有権、中国は最悪の違反国 米公聴会で非難

 

 【ワシントン=古森義久】米下院外交委員会が21日に開いた「米国の知的所有権の海外での保護」と題する公聴会で、中国が世界最悪の知的所有権違反者だとする激しい非難が超党派の議員から表明された。

 外交委員会の共和党筆頭メンバーのイリアナ・ロスレイティネン議員は冒頭で、米国の知的所有権研究機関の調査結果として、外国での模造や偽造により毎年、米国の音楽レコード業界と自動車業界が各120億ドル(約1兆400億円)、医薬品製造業界が460億ドル(約4兆円)、ソフトウエア業界が530億ドル(約4兆6千億円)の損害を受けていると述べた。

 

 同議員は「特定の国では知的所有権の侵害は国民一般の間で許容されているだけでなく、中央や地方の政府がその侵害を推進している」と述べたうえで、中国の国名を具体的に挙げて、「グローバルにみて中国が知的所有権の抜群の最悪違反国であり、中国政府が共犯となっている」と非難した。

 

 「中国政府は米国の知的財産の堂々たる盗用を止めるための行動をとることを何度も誓いながら、実際にはむしろ盗用を奨励しているのだ」とも述べた。

 

 一例として中国最大のインターネット検索サービスの「百度」が自己のサイトに入ってくる顧客に海賊版の音楽サイトへのリンクを提示していることを指摘し、「中国政府はこんな実態はその気があれば電話一本で中止させられるはずだ」と強調した。

 

 同外交委員会の委員長ハワード・バーマン議員(民主党)も、同公聴会で外国の米国知的財産への侵害で米国側企業が巨大な被害を受けていることを指摘し、中国の国名を最初に挙げて、米国製品の中国による模造品、偽造品が米国産業界に最大の損害を出していると述べた。

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  オバマ大統領の不人気ぶりについて以下のコラム記事を書きました。日本ビジネスプレスの私の連載「国際激流と日本」からの転載です。

 

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 米国のバラク・オバマ大統領にとってこの夏は極めて厳しい政治季節となってきた。オバマ大統領の統治や政策や思考の中核部分への激しい非難が高まってきたのだ。

 

 

 

 わずか1年半前、白馬にまたがる王子のように、いかにもさっそうと登場し、米国内だけでなく、全世界に清新な風を巻き起こした、あのオバマ大統領とはまるで別人のような暗澹としたイメージが頭をもたげてきたのである。

大統領報道官が「民主党は選挙に負ける」

 オバマ大統領の苦境を、今、最も端的に象徴する事態としては、まず2つの出来事が挙げられる。

 

 第1はロバート・ギブス大統領報道官が7月11日、NBCテレビのインタビューに答えて、「(今年11月の中間選挙では)下院は共和党が多数を制することはもう疑いがないだろう」とあっさり述べたことだった。

 

 言うまでもなくギブス氏は民主党の行政府の代表である。そんな人物が、自分の政党が次回の選挙では負けるだろうという見通しを淡々と語ったのだ。

 

 下院では現在の議席は民主党が255、共和党が176と大差が開いている。共和党が逆転するには40もの議席を増さねばならない。ところが最近の一連の世論調査では、共和党が逆転を果たすと明言できるほど、民主党の支持率が激減しているのだ。

 

 しかもその原因は、民主党の大統領のオバマ氏への批判や不満に帰せられている。オバマ大統領の代弁者であるはずのギブス報道官までがつい認めてしまったほど、オバマ政権は人気が凋落している。

 

 第2は、ワシントン・ポストとABCテレビが共同で実施した世論調査の結果が、7月13日に報じられたことだ。調査によれば、登録有権者の58%が「オバマ大統領の国家の運営は信頼できない」と答えたという。オバマ大統領の経済運営を支持する割合は43%、不支持が54%という結果だった。

 

 ワシントン・ポストもABCも、本来は民主党支持のメディアである。ラスムセン、ギャロップなど他の世論調査ではオバマ大統領の支持率はもっと下がっている。

 

 ワシントン・ポストの同じ調査では、「経済回復のために連邦政府はもっと支出を増やしてよいと思うか」という問いに対し、賛成、反対がいずれも48%という結果が出た。だが、さらに「その結果、連邦政府の予算赤字を増やしてもよいと思うか」という質問には、賛成が39%、反対が57%と、圧倒的に拒否反応を示している。

 

 米国民の多数派は、連邦政府の支出だけを増すオバマ政権のリベラル的「大きな政府」策には明らかに反対なのである。

経済も外交も、失策続きで四面楚歌のオバマ政権

 これまでオバマ大統領に反対や不支持を表明する人々は、大ざっぱに「保守派」として片づけられてきた。

 

 だが、そうした単純な色分けは通用しなくなっている。まず政治評論家たちの間で民主党寄りとされる長老のデービッド・ブローダー氏までが、「今や米国民の大多数は、共和党を議会の多数派にすることによって、オバマ大統領の政府支出の大増額というリベラル傾向にブレーキをかけたいと望むようになった。これは健全な動きだと言える」とまで論じるようになった。

 

 さらに共和党側で「あのリベラル派の人物までが」と驚きをもって受け止められたのが、民主党支持の政治評論家ボブ・ハーバート氏によるオバマ批判である。

  (つづく)

この記事の全文は以下のサイトに載っています。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4031

 

 世界の金融界を揺るがせる中国の国家主権ファンドの実態の紹介をさらに続けます。

 

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『陰の国家ファンド、SAFEとは』

 中国にはCICのほかにも国家ファンドの組織が存在する。その活動はなお秘密に包まれ、CICとの関係も謎の部分が多い。

 

 二〇〇八年、ある中国政府機関が中米の小国コスタリカの政府債券を大量に買うことをコスタリカ政府が年来の台湾との外交関係を断絶することと引き換えに約束した。同じ中国の機関はテキサスの株式投資会社TPGにも二十五億㌦を投資した。

 

同じ機関はイギリスの石油会社BPの株約二十億㌦相当を購入し、フランスの石油・ガス企業トタルSAの株式二十五億㌦をも買った。二〇〇七年後半にはオーストラリアの三銀行の株式それぞれ相当数を買った。

 

だがこの中国の機関はCICではなかった。その機関は国家外貨管理局(SAFE)という機関のなかの秘密の一部だった。

 

 

 報告はこのSAFEについて述べる。

 「SAFEは中国の外貨総計二兆㌦を運営する公式機関だが、その投資は従来、利率の低いアメリカ財務省債券やファニーメイ、フレディマックの公債、あるいは他の企業債などドル建て固定所得証券が対象だった。だが最近はSAFEは外国の一般企業の株式を買うという、より大胆な行動をとるようになった。この動きは中国政府全般が中国の外国投資を多様に拡散して、リスクを減らすという狙いからとも考えられるが、現実には官僚機構同士の縄張り争いがその原因であることを示す証拠がいくつかうかがわれる」

 

 この「官僚的な縄張り争い」の背景にはCIC自体が生まれた経緯がからんでいる。CICは財政省と中国人民銀行の対立から生まれた組織だともいえるのである。

 

報告の記述をみよう。

 「中国政府首脳が自国の膨張する外貨をどのように活用すべきかをいろいろ考える過程で、中国人民銀行は利益の大きい投資はリスクが大きすぎるとして難色を示した。しかしその主張が認められないと判明すると、人民銀行側はその投資の管理組織としては財政省よりも自分たちの組織が適切だと論じた」

 

 「しかしこうした議論が続くなかで、CICが設立され、国務院の管轄下におかれた。財政省からも中央銀行である人民銀行からも直接の影響力が及ばないように結成され、どちらかといえば財政省に関係を持つ人材がCICの新たな幹部要員となっていった。そのうえに中国の各国有銀行の株のうち中国人民銀行の保有分の多くが新設のCICに市場価格より低い値段で売られていった」

 

 要するにCICは財政省、SAFEは中国人民銀行のそれぞれ影響下にあり、ライバル同士のような存在だというのである。この競合関係では、当初は財政省系のCICが優位にあったが、人民銀行側もSAFEこそが海外でのより利益率の高い投資活動ができるのだということの誇示に必死で努めたという。そしていまではSAFEが優位に立ちつつあるというのだ。

 

報告は述べる。

 「SAFEはいまやCICよりもずっと多額の外貨を使えるようになった。CICは現在、最大九百億㌦しか海外での投資に使えなくなった。そのうえにSAFEの最高幹部はCICの理事会にも名を連ねているからCIC側の活動に関する情報を大幅に得ることができる」

 

 使える資本の額という点ではSAFEはCICを越える存在となったというのだ。そしてSAFEの特徴の一つはその活動の秘密性のようである。

 

報告は次のような事例を指摘していた。

 「SAFEの香港の子会社がオーストラリアの三つの銀行のそれぞれ一%以下の株式を購入したとき、その動きは内密にされた。イギリスの新聞フィナンシャル・タイムズがその購入を報道した後も、SAFE自体はその購入を否定し続ける一方、フィナンシャル・タイムズに対しては内々にそのSAFEの行動の具体的部分を報道しないことを要請していた」

 

 このSAFEの活動で最も注視されたのはなんといっても中米のコスタリカの政府債の購入だった。前述のように、この購入は単なる経済的な動きではなく、より大きな政治的意図に基づいての中国側の国家意思の表明だった。経済面での市場原理や利潤追求という基本を無視しての政治的な動きだったといえる。

 

 

 コスタリカは中米の人口五百万ほどの国である。だが民主主義が定着して、政治的には安定し、バナナの生産が世界第二位と、経済的にも中米にしては豊かな国である。

             (コスタリカ)

 

中国の国家ファンドのSAFEは二〇〇八年一月、このコスタリカの政府債一億五千万㌦分を通常より低い金利で購入した。そのうえに二〇〇九年一月にはさらに一億五千万㌦分の同じ政府債を買うという契約をも結んだ。コスタリカ政府にとっては商業的にはきわめて有利な取引だった。

 

ところがこの政府債売買の裏には、コスタリカ政府が台湾とのそれまでの外交関係を断絶して、中華人民共和国と国交を新たに樹立するという秘密の合意が存在していた。コスタリカはそれまで六十三年間も台湾との国交を保ってきたのだ。だが中国に大量な政府債を有利な条件で買ってもらうことの代償にその台湾との国交を断ったのである。

 

しかも中国はコスタリカの政府債総額三億㌦を買うことのほかに、無償援助として一億三千万㌦の資金をコスタリカ政府に提供することをも約束していた。

 

つまり中国政府はSAFEに合計四億三千万㌦の資金を投入させ、コスタリカの台湾との国交断絶、中国との外交関係樹立という外交上の重要目的を果たしたのだった。

 

コスタリカの財政大臣は中国側SAFEの次席代表と二〇〇八年一月付で書簡を交わし、この取引の秘密を守り、その内容が明るみに出そうなときは、「必要な措置をとる」ことを合意しあっていた。だが内容はコスタリカ最大の新聞によってあばかれ、大々的に報道されてしまった。

 

以上の動きを報告は次のように総括していた。

「台湾も中国も過去においてはいずれも『小切手外交』を実施してきた。だが中国が自国の保有外貨を政治的な圧力をかけるための手段としてこれほど明確に利用したのはこれまでで初めてだといえる。同時にこのコスタリカ事件はSAFEがいざ必要となれば、投資の目的や政策についていくらでも隠そうとすることを立証した」

 

つまりはSAFEの秘密性である。

だがSAFEがこんごも中国の影の第二の国家ファンドとして機能を続けるのか、あるいは中国政府はやがてSAFEが自己の権限を越えたと判断し、その保有資産を他に譲ることを強いるのか、いまの段階では不明である。

 

このようにSAFEとCICとの関係は不明な点が多いが、報告によると、両者の明確な違いは、CICがその活動の内容を開示することへの圧力を受けているのに対し、SAFEはその活動は秘密のベールに包んだままでいられるという点だという。

 

 『CICの透明性?』

 では中国の国家ファンドの表の主役CICは、どの程度の透明性を有する組織なのか。これまでの記録ではCICは投資のタイミングや戦略の具体部分の開示に関して多様な軌跡を残してきた。

 

 CICはその運営の顔ぶれなどの発表は敏速だった。実際の投資でもそれがなされた後すぐに投資の決定を発表してきた。だがその具体的な細部となると、そう簡単には発表してはいない。

 

 この傾向はさほど意外ではない。国際通貨基金(IMF)が作成した国家主権ファンドの活動指針でも、あるいは実際の各種ファンドのマネージャーたちの意見でも、国家ファンドによる早急な情報開示は有害だとされるのだ。CICが実際の投資を実行する前に広がるウワサによって市場が揺れ動き、爆発することもありうる。CICが投資するとされる対象に他の企業などもどっと投資をする可能性があるのだ。

 

 だがその一方で中国のCICの当事者たちは機会あるごとにCICの透明性を強調している。しかし言明と実際の行動との間にはギャップがある。

 

そのへんについて報告は詳しく伝えている。

 「当調査委員会のメンバーたちが二〇〇八年三月から四月にかけ、中国を訪問したとき、CICの高社長から次のようなことを告げられた。『温家宝首相はCICの創設時に三つの原則を確立した。第一には透明で、株式保有者に対して責任を持つこと、第二には市場に対して責任を持つこと、第三には投資先の国の法律を遵守すること、だった』。高社長はこれらの原則がIMFの国家ファンドに関する原則とも整合性があると述べていた」

 

 「高社長はさらにノルウェーの国家ファンドの代表とも頻繁に連絡をとりあっており、ノルウェー代表はCICが正しい道を歩んでおり、他の諸国がCICに慣れてくれば、それに対する批判も減っていく、と述べてくれたと告げた。なにしろCICは誕生後半年ぐらいなのだから、とくにアメリカはもっと忍耐強く、寛容にCICを眺めるべきだ。どうもアメリカは各国の国家ファンドのなかでもCICだけを特別な基準で厳しくみているようだ。高社長はこんなことをも述べたのだった」

 

  高社長はアメリカのCBSテレビの調査報道番組「60分」にも登場したことがある。二〇〇八年の四月だった。インタビュー役は有名な女性記者のレスリー・スタール女史だった。報告はこのインタビューについても以下のような概略を伝えていた。

 

高社長はCICが外国の企業などを買収しても、なにもコントロールする意図はなく、相手の企業に生産方式を変えろとか、人事政策を変革せよとか、指示することはないというのがCICの方針だと強調した。

 

高社長がこのインタビューに応じた理由は中国の外貨を管理する高官がアメリカなど諸外国に向かって、直接に語り、外国側の懸念や誤解を一掃したかったからだという。アメリカなどでは、CICのような中国の外貨機関が市場をコントロールしたり、外国政府の秘密を盗んだり、アメリカ経済の破綻を意図したり、などという企みを抱いているのではないかという不安感が強いということだった。高社長はそうした企みはCIC自体を傷つけ、中国を傷つけることになるから、そもそも存在はしない、と強調するのだった。

 

 高社長はまたこのインタビューで、CICを各国の国家ファンドのなかでは透明性その他で最高とされるノルウェーの政府系ファンドのようにするとも言明した。しかしその後の米中経済安保調査委員会の公聴会でアメリカ側の専門家のカリフォルニア大学アーバイン校のピーター・ナバロ教授は中国とノルウェーの国家ファンドは基本的に異なる、と証言したのだった。なぜなら中国は国家の財政資金を政治目的に使った実例が多々あるのに対し、ノルウェーはそれがないから、ということだった。

 

 報告はCICの透明性について次のようにも述べていた。

 「要するに中国当局がCICの透明性をどれほど高めるか、どの程度の速度でそれを実行するのか、は不明なのだ。CICの楼継偉理事長は二〇〇七年十二月、ロンドン市長主催の晩餐会で演説した際、『私たちはCICの商業利益を損なうことなしに、その透明性を高めていく。いうなれば、段階的に、ということだ。もし私たちがすべての面で透明ということになれば、オオカミどもにすぐ喰われてしまう』。つまりは中国は国家当局からCICへの追加資金の投入のペースや国有銀行がどの程度、ドルを保持することを指示されるか、を明らかにしないため、CICの手持ち資金総額や投資能力はいつもぼかされている、ということだ」

 

 そして報告は国際的にみてのCICの透明性について以下のようなランクづけを紹介していた。

 「ピーターソン研究所のエドウィン・トルーマン研究員は世界各国の国家ファンド(政府系ファンド)の構造、運営、責任性、そして透明性、行動などを総合しての採点を発表している。その採点によると、一〇〇点満点のなかで、ノルウェーは九十四点、韓国は五十一、クウェート四十八、シンガポール四十五、などに対し、中国のCICは二十九点だった」

 

 つまりはCICの透明度はきわめて低いということなのだ。

 

 『アメリカはCICをなぜ恐れるのか』

 CICの投資活動がアメリカに懸念を引き起こすのは当然だろう。たとえば中国の政府機関は一般にアメリカ側が嫌う外国の非民主的な政権とも容易にきずなを結んでしまう。なにしろ中国はアメリカ政府債券総額九千六百七十億㌦(二〇〇八年七月現在)を保有する。世界最大のアメリカ政府債券の保有者なのだ。その金額だけでもアメリカ市場や世界経済に大きな影響を及ぼせる立場にあることが明白である。このことはアメリカ側を常に心配させることとなる。

 

 そのうえCICは商業的利害を無視して巨額の投資活動を実行することが多いのだ。政治性が非常に強いということである。

 

 たとえばCICは二〇〇七年十二月にアメリカの投資銀行モルガン・スタンレーの株式の九・九%相当を総額五十億㌦で買った。だが同社の株はその後の一年足らずで八〇%も下落した。二〇〇八年にはCICはアメリカのクレジット会社VISAの株式一億㌦相当を買った。だがやはり大幅な下落である。

 

要するにこの種の海外投資でCICは大損を出しているのだ。だがそれでも平然としている。本来の狙いが目先の利益をあげることではないからだろう。そのへんの不可解さがアメリカ側の懸念を招くのである。

 

 報告はまずそんな懸念の一例としてこの調査委員会の公聴会で証言した専門家の議会調査局マイケル・マーティン氏の「CICは重要な商品市場や特定の金融セクターで強力な市場パワーを発揮できる」という言明を紹介している。

 

では報告が詳細に述べるこのへんのアメリカ側の懸念を以下、総括してみよう。

 

CICはその膨大な資金力と政府からの全面支援により中国のエネルギー安全保障の強化のために動き、天然ガスや石油、戦略的な鉱山資源類を購入する能力を有している。CICが実際にそのように動けば、中国がその種の特定資源の国際市場でのコントロールを強め、市場価格まで左右し、他の諸国の資源確保の動きを阻んでしまう結果を招きうる。

 

 米側の次の懸念としては、CICの投資活動にからむウワサや推測が市場の荒れを引き起こすことがあげられる。

CICがどこかの企業の株を大量に買いそうだというウワサが広まると、その企業の株価が急騰してしまうのだ。二〇〇八年二月にはCICがオーストラリアの鉄鉱石企業フォーテスキュー社の株を大量に買うという推測が流れて、同社の株価は一日で一〇・五%も急騰したことがあった。

同様に二〇〇七年後半には「CICがオーストラリアの鉱山大手企業のリオ・ティントに大型投資をする」というウワサが流れ、その結果、リオ・ティントの株価が突然、七・五%も急騰してしまった。CIC側はこの「投資」は事実ではないと否定し続けたにもかかわらず、だった。

 

中国政府は外貨保有を多様な形で続けたいと願ってはいるだろうが、当面、ドル建て保有を主体としていくことは変わらないだろう。その結果、中国側資金によるアメリカ企業の株式保有が増加していくことも確実である。その株式保有の実際の主体は中国政府であり、アメリカ側にとっては自国の大手企業の多くが外国政府によって部分的にせよ、保有されることの増大を意味する。

 

その一方、CICなどの国家ファンドがサブプライム問題で手痛い打撃を受けた金融企業に投資することは、市場の安定につながるという側面もある。モルガン・スタンレー、シティグループ、UBSなどトラブルを抱えた主要金融企業への支えになったというのだ。

 

ところがアメリカ証券取引委員会(SEC)の取締部門のリンダ・トムセン氏の証言によると、国家ファンドはこの種の投資では経済利益よりも長期の戦略利益を狙うことが多く、投資資金の配分でも合理性を欠き、純粋な民間企業との競争でも不当な強みを発揮して、市場の過激な変動やゆがみを引き起こす可能性もあるという。アメリカ財務省はその点を明らかに懸念しているというのだ。

 

国家ファンドが民間分野に急速に進出することが資金力の乱用や汚職をも引き起こす可能性がある。CICがすでに実施した投資の内容をみても、中国側の複数の銀行やその他の金融機関が中国の内部と外部の両方で不透明な形でつながりあっているケースが多々あることがわかる。

 

CICは外国の特定企業の買収や乗っ取りにより特定市場の占有シェアを増すことができる。CICからの特定外国企業への資本の流入はその特定企業に対し中国の国内金融市場での不公正な優遇を与えることにもつながる。

 

イギリスに本社をおく世界最大級の銀行グループ「HSBCホルディングス」はまさにそのような結果を望んでいたといえる。二〇〇八年七月のイギリスの大手紙サンデーテレグラフの報道によると、HSBC会長のスティーブン・グリーン氏はCIC幹部たちと数回、会談し、CIC側がHSBCの株を公開市場で買う可能性について協議した。

 

この時点でHSBC側は自社への追加の投資を必要とはしていなかったから、CIC側に有利な株式の購入をさせて、そのかわりにHSBCの上海株式市場への上場を円滑にすることや、中国市場全般での事業拡大への「政治的な障害を減らす」ことを狙ったと観測された。

 

さらにアメリカ側で懸念するのは、中国当局がCICの資金を大量に投資した外国金融機関に不当な圧力をかけて、中国の経済全般の展望や中国の主要企業の財政状況について楽観的で前向きな評価を出させることである。

 

利害衝突もアメリカ側が心配する点となっている。CICは政府代表により構成されている。だが組織自体は少なくとも理論的には政府の規制を受ける側に立つ。つまりは政府当局代表が規制をする側と規制をされる側の両方の地位を占めているわけだ。だから一般の国で政府の規制が民間企業に適用されるような状態は存在しない。CICは規制する側が規制される機関を運営することになる。そのゆがんだ状況では政治的な癒着などの腐敗が起きる危険が高くなるわけだ。

 

CICのような中国国家ファンドへのアメリカ側の懸念はまだまだ尽きない。

 

報告をさらに伝えていこう。

 

アメリカで投資者の保護を任務とする証券取引委員会(SEC)にとって中国などの国家ファンドはいくつかの問題を提起している。

  

そのまず第一はそもそも外国の国家ファンドを監視し、取り締まる能力や権限が不明確な点だとされる。国家ファンドはアメリカの資本市場への他の参加機関と同様に、連邦証券法の規定に従わねばならない。その規定には情報開示や不正防止措置への義務が含まれる。

 

しかしアメリカではヘッジ・ファンドと民間投資ファンドに対する規制は事実上、ないに等しい。この点はCICや他の中国の国家のコントロールを受けるファンドにとって、その対米投資を公衆の目から隠す手段となる。CICのアメリカ側のニューヨーク所在の投資ファンド、JCフラワーズとの合計四十億㌦の共同投資はその好例だろう。

 

CICからの投資はフラワーズがあらたに作ったファンド全体の八〇%ほどを占める。

 

 しかしフラワーズがアメリカ国内の企業の公開株式の一〇%を買い占めても、現行のSECなどの規則ではCICの資金保有八〇%についてはなんの報告をすることも求められない。もしフラワーズの資本の残り二〇%が他の中国機関に保有されているとしても、その事実を公開や報告する義務はフラワーズ側にはないのだ。

 

アメリカでは投資の情報公開が厳しく義務づけられているようにみえても、中国の国家ファンドのこの種の投資は非公開のままで通用してしまうのだ。アメリカ国籍の投資家や投資機関の情報公開の義務の度合いとくらべると、明らかに不公正である。

 

第二の懸念の対象は、CICのような国家ファンドはアメリカのヘッジ・ファンドや民間投資ファンドと異なり、政府の権力そのものを反映するため、政府高官や政府保有情報への直接のアクセスを有する点である。

 

前述のSECのトムセン部長はこの調査委員会主催の公聴会で「国家ファンドが政府との特別なつながりにより未公開、あるいは秘密の情報を取得して、それを使い違法の内部取引を実行する可能性は常に存在する」と警告した。こうしたインサイダー取引の場合、左右される資金の額は巨大となろう。

 

第三は、アメリカ当局がCICなどの外国の国家ファンドの取り締まりを実施するには、他国の政府当局との間のグローバルな協力が必要になるという点である。

 

前述のトムセン部長によれば、アメリカのSECは毎年、合計数百件もの調査要請を外国政府当局に送っている。アメリカ側も同様な要請を多数、受け取っている。だが国家ファンドの行動の違法性を追及する場合、その国家ファンドが帰属する国家当局から受けられる捜査や調査の協力にはおのずから限度がある。この点が米側にとっての懸念の対象の一つである。つまり中国の国家ファンドにからむ不正の疑惑が生まれても、その捜査では中国当局の協力は得られない見通しが強い、ということである。

(つづく)

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読めば「必ず読みたくなる!」

毎月数千点出版されるという本の中には、多数のエンターテインメント小説もある。読書好きの著者が、その中からおすすめ作品を選び、それをさらに医師の視点で読み解き、紹介している。
小説を楽しむだけでなく、読みすすむと医学・医療の進歩にも触れることができる、まったく新しい形式の「読書案内」。

 

「必ず読みたくなる!」23冊ラインナップ
青の調査ファイル/予期(アンティシペーション)/いつもそこに あなたがいた/翳(かげ)りゆく夏/片想い/きみに読む物語/ケンタッキー/再起/ジェフェリー 君のためにできること/シューレス・ジョー/スペインの貴婦人/転生/動機/時の渚/七年ののち/深追い/真夜中の調書/道連れ/メッセージ イン ア ボトル/もう一度会いたい/八百万の死にざま/寄生(やどり)木(ぎ)/レインツリーの国/(50音順)

目次<内容(一部)>

著:小川 道雄

 

 

 この書は小川先生から贈呈を受けました。

 

 私が小川先生との知己を得たのは、私が自分の母親が大学病院で納得のいかない経緯で死んだ体験をまとめた本「大学病院で母はなぜ死んだか」(中央公論社刊)を先生がご自分の熊本大学での医学生への講義の教材に使ってくださったことによります。

 

 

 私の書は大学病院での医師との意思疎通の欠落や施設の不備などを詳細に伝えています。もう10数年も前に出た本ですが、その時点で異色だったといえるのは、登場するすべての医師や病院を実名で伝えたことです。この種の書ではA医師とかB病院という記述がいまもって多いですね。しかし私はおたがいの責任を明確にするという意図から、すべて実名という道を選びました。

 

この書を読んでくれた小川道雄先生は基本的に私の提起した疑問や批判に同意してくださったようで、ご自分の講義に使ってくださり、医学生たちに、この書にそっての模擬実習まで課したとのことでした。

 

そんなご縁から以後もときおり、交信が続いてきました。小川先生の革新的な医療方法が全国ネットのテレビ番組で紹介されたこともありました。

 

小川先生の近著の紹介にはそんな背景もある、ということです。

でもこの「もうひとつの謎解き」はミステリー・フアンにとってもきっと楽しめる書です。

 

 

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