2010年08月

 東條英機といえば、日本の近代史の中ではもっぱら悪役扱いされてきました。しかしその「悪役」というのも戦争の勝者側の論理を一方的に受け入れる前提からでしょう。もし日本がアメリカなどに対し戦争行為を働いたこと自体が「悪」ならば、その非は東條英機という一個人に帰せられないことは明白です。日本国民全体が結束して、その戦争を進めたのだといえるからです。

 

 しかしそうした歴史の解釈はともかくとして、東京裁判でA級戦犯として処刑された東條英機がどう死を迎えたのか。その内面に迫る書が東條英機の孫の東條由布子氏と現代史を研究する学者の福冨健一氏の共著として、出版されました。

 

 『東條英機の中の仏教と神道』(人はいかにして死を受け入れるのか)という書です。

 

 この書は東條英機が仏教と神道の教えをいかに心に刻み、迫りくる死に面したかを東條家の資料などを基に多角的に描いています。日本人の生死に織り込まれた仏教と神道の分析でもあります。

 

 

この書には以下のような記述が出ています。

 

「ドイツ人の『戦犯』は生に執着し、日本人はなぜ凛々しく死んだのか!?」

 

「死を待つ独房の中で初めて悟った人生の意義。巣鴨拘置所で激しく懊悩し、到達した境地とは!?」 

 

「ゆったりとして穏やかな日本人の心の底流には、仏教の教えが静かに流れ、水、空気、太陽、木々の芽吹き、自然現象など、すべてに感謝して祈る神道の心が、日本人の精神を大きく包み込んでいるような気がしてなりません。この本のテーマのように、日本人には仏教と神道の心が知らず知らずのうちに調和よく混在しているのかもしれません」 

 

 東條英機という特別な歴史上の人物の死を通じて、日本の仏教や神道を改めて考察する興味ある書だといえます。

菅首相の韓国への今回の謝罪声明について以下の記事を書きました。

 

【朝刊 国際】


記事情報開始【緯度経度】ワシントン・古森義久 国家は簡単には謝らない


 

 菅直人首相の日韓併合に関する談話で日本国はまた韓国に謝罪した。「植民地支配がもたらした多大の損害と苦痛に対し、改めて痛切な反省と心からのおわびを表明する」というのである。

 朝鮮半島を日本の領土として認めた日韓併合条約が当時の国際規範に沿った正当な取り決めとされた事実と、その条約の結果を悪と特徴づけ、ひたすら謝る菅政権の態度との間には、明らかに大きな断層がある。だがその菅政権の歴史認識のゆがみや矛盾はひとまずおいて、このように国家が他の国家や国民に謝罪を続けること自体の是非を米国からの視点で考えてみよう。

 人間集団の謝罪を専門に研究するハーバード大学のマーサ・ミノー教授は一連の論文で「国家対国家、あるいは国家対個人の謝罪という行為は1980年代以前は考えられなかった」と述べる。主権国家の政府は戦争で降伏し、非を認めて賠償を払いはしても「おわびします」とか「すみません」と心情を表明することはなかったというのだ。

 だが同教授によれば、民主主義の強化で状況が変わり、国家が自国の国民に非を謝るようにはなった。レーガン大統領や先代ブッシュ大統領が第二次大戦中の日系米人の強制収容を謝り、クリントン大統領は米国のハワイ武力制圧を謝った。だが米国が他国に謝罪した例はきわめて少ない。米国がフィリピンを武力で植民地にしたことは明白でも、謝罪はしていない。日本への原爆投下も同様だ。

 他の諸国に目を転じてもイギリス政府がインドやビルマの植民地支配を公式に謝罪したという話は聞かない。フランス当局がベトナムやカンボジアの植民地統治自体を正式に謝ったという記録もない。

 米国ウェスリアン大学のアシュラブ・ラシュディ教授は「罪ある時代の謝罪と忘却」という自著で、「クリントン大統領が1998年にルワンダ大虐殺に対し米国が阻止の行動をとらなかったことを謝罪したが、その謝罪自体はその後の各地での虐殺阻止にはなんの役にも立たなかった」と書いた。謝罪の実効の不在である。同教授は「謝罪は相手の許しが前提となり、心情の世界に入るため、そもそもの原因となった行為の責任や歴史の認識を曖昧(あいまい)にしてしまう」とも論じた。

 日本の謝罪については米国オークランド大学の日本研究学者ジェーン・ヤマザキ氏が2006年に出版した自著「第二次大戦への日本の謝罪」で詳しく論考している。ヤマザキ氏は1965年の日韓国交正常化以降の日本の国家レベルでの謝罪の数々を列挙しながら「主権国家がこれほどに過去の自国の間違いや悪事を認め、外国に対して謝ることは国際的にきわめて珍しい」と述べた。そして米国はじめ他の諸国が国家としての対外謝罪を拒む理由として以下の諸点をあげた。

 「過去の行動への謝罪は国際的に自国の立場を低くし、自己卑下となる」

 「国家謝罪は現在の自国民の自国への誇りを傷つける」

 「国家謝罪はもはや自己を弁護できない自国の先祖と未来の世代の両方の評判を傷つける」

 さらにヤマザキ氏の分析は日本にとり最も深刻な点を指摘する。それは日本の国家謝罪を外交手段とみるならば、それがいままでのところ完全に失敗しているというのだ。

 「日本は首相レベルで何度も中国や韓国に謝罪を表明してきたが、歴史に関する中韓両国との関係は基本的に改善されていない。国際的にも『日本は十分に謝罪していない』とか『日本は本当には反省していない』という指摘が多い」

 これらが謝罪が成功していない例証だというのである。そしてヤマザキ氏がとくに強調するのは以下の点だった。

 「謝罪が成功するには受け手にそれを受け入れる用意が不可欠だが、韓国や中国には受け入れの意思はなく、歴史問題で日本と和解する気がないといえる」

 

 日本国内の中国人たちの存在がことさら大きくなっています。

 7月はじめからの中国人観光客の受け入れ緩和もその原因の一つでしょう。

 

 しかしそれでなくても、在日の中国人の数は増えています。つい最近、在留中国人は韓国朝鮮系を抜いて最大数の在日外国人集団となりました。

 

 その在日中国人たちが生み出す波紋は複雑です。

 

  そんな実態を詳しく伝える有益な書が出ました。

 

 「日本人は誰も気付いていない在留中国人の実態」(彩図社刊)です。著者はつい1ヶ月前まで法務省入国管理局登録管理官だった千葉明氏です。

 

 千葉氏は実は外務省の中国専門の外交官です。チャイナ・スクールの気鋭といいましょうか。中国を正面から学び、実際に在住した経験を基にして、こんどは日本にいる中国人の実情を調べ、分析したわけです。

 

 この書の内容はというと、第一章「在留中国人とはどんな人たちか」、第二章「在留中国人は何をしているのか」、第三章「道を踏み外す人々」、第四章「中国系日本人」、第五章「共生に向けて」、第六章「中国人をどう受け入れるか」などとなっています。

 

 最新の状況と多角的な分析とは組み合わされた書だと思いました。

 

 日本でもそのうち「我が家の隣の中国人」などという時代がきかねません。そんなときに備えてのマニュアルブックという感じもします。

 

日本人は誰も気付いていない在留中国人の実態

 古森義久の連載の紹介です。

 

ヘッダー情報終了【朝刊 国際】
記事情報開始【安保改定から半世紀 体験的日米同盟考】(21)ベトナム難民受け入れ

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多数のボート・ピープルを乗せ沈没寸前の舟。日本の難民受け入れへの難色は米国の批判の的となった=1978年12月(AP)

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初の東京サミットで迎賓館の庭を散歩する各国首脳。(左から)カーター米大統領、大平正芳首相、ジスカールデスタン仏大統領、クラーク加首相、シュミット西独首相、アンドレオッチ伊首相、サッチャー英首相=1979年6月28日(共同)

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 ■カーター大統領の日本批判

 ジミー・カーター大統領はずいぶんと誠実な人物だなと感じた。現職の米国の大統領なのに私たち日本人記者からの質問にひとつずつ、なんとも細かく丁寧に答えるのだ。ホワイトハウスのキャビネット・ルーム(閣議室)でのインタビューだった。大統領は日本メディアを代表する6人の記者の問いに、すべて詳細に応じていった。私の横には読売新聞の斎藤彰記者や時事通信の冨山泰記者が並んで座っていた。1979年6月のことである。

 カーター大統領は母音を柔らかく伸ばす南部なまりで語るのだが、その声は小さく、ささやくようだった。誰かが水の入ったコップをテーブルで動かすたびに大統領の声はかき消されるほどなのだ。だが彼は質疑応答に1時間近くもの長い時間を費やしてくれた。

 「アメリカはインドシナ難民の定住を何万人も受け入れたのに、日本の受け入れはわずか3人だけです。私は日本がもっと貢献できることを確信しています」

 穏やかな語調を保つカーター大統領がただひとつ、声をやや激しくしたテーマがベトナム難民への日本の態度だった。

 同大統領が日本メディアと会見したのは東京サミットに出席するからだった。主要先進国首脳会議はこのころ参加7カ国、G7サミットだった。1975年に始まったサミットの日本での開催は初めてだった。日本側では経済大国としての国際性を誇示する初の好機として官民が興奮していた。

 カーター大統領は私たちとの会見で第一には石油の供給不安定などエネルギー問題への対応について語った。国際的な第二次石油危機のために東京サミットでも最大議題となることが確実なテーマだった。だが、その次に熱をこめて提起したのがベトナム難民の受け入れだったのだ。

 ベトナム戦争の終結からすでに4年以上が過ぎていた。インドシナと呼ばれたベトナム、ラオス、カンボジアの3カ国は共産主義勢力に統治された。だが「解放」されたはずのこれら諸国、とくにベトナムからの住民たちの国外脱出が絶えない。大多数がベトナム政府の監視をくぐり、自前で調達した小舟に乗って、南シナ海へと逃げ出してくるのだ。ベトナム戦争中には起きなかった現象である。

 この種の脱出者たちはボート・ピープルと呼ばれた。簡潔だが、痛ましい言葉である。小舟は公海で外国船に救われ、難民たちは受け入れを認める諸国に送られる。受け入れられたベトナム難民の総数は東京サミット直前の時点でも合計40万人ほど。ちなみにボート・ピープルはこの後もなんと1995年ごろまで続いた。各国への定住は合計200万人を超えた。その過程では小舟が沈み、海賊に襲われ、だれにも救われない、という運命にあい、命を落とした人たちが100万人近くに達したとされる。

 カーター大統領が日本を批判した背景にはその時点で米国が24万人、フランスが8万人、カナダ2万人、西独4千人、イギリス2千人、イタリア300人と、主要各国がベトナム難民にすでに定住を認めたという実態があった。みな東京サミットへの参加国である。ところがわが日本はわずか3人、まだ外国からの難民を日本国内に定住させるという法的制度も整備されていなかった。そのうえ日本政府関係者たちは「日本は単一民族社会だから」という主張を難民拒否の理由に挙げていた。

 私は大統領同行記者団の一員として東京に飛んだ。

 その専用機内でボストン・グローブ紙のカーティス・ウィルキー記者に「大統領の『日本のベトナム難民受け入れはわずか3人』という発言はジョークか比喩(ひゆ)だと思ったら実は事実だと知り、仰天したよ。日本がアジアの指導的国家を自任することとは両立しないね」と皮肉られたものだった。

 東京ではサミット全体会議でも、カーター大統領と大平正芳首相との会談でも、日本のベトナム難民受け入れの異端さは批判的に取り上げられた。日本としては自国の国際性をアピールする東京サミットで期せずして非国際性を摘出される結果となった。日米関係でも価値観を同じくするはずの同盟パートナーの両国が実は大きな差異を抱えるという現実の露呈でもあった。(ワシントン駐在編集特別委員 古森義久)

 日本の「8月の平和論」の欠陥についての評論の続きを紹介します。

 

 日本ビジネスプレスに私が書いた記事の紹介の続きです。

 

  なおこの記事全体は以下のリンクで読めます。

 

  http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4180

 

 オバマ大統領が「戦争は時には必要となる」と言明していることを日本の「8月の平和論」者たちはどう論破するのでしょうか。

 

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 「平和というのは単に軍事衝突がないという状態ではない。あらゆる個人の固有の権利と尊厳に基づく平和こそ正しい平和なのだ」

 この言葉は米国のオバマ大統領の言明である。2009年12月10日、ノーベル平和賞の受賞の際の演説だった。

オバマ大統領、ノーベル平和賞授賞 「平和維持のための戦争」に決意示す

ノーベル平和賞を授賞したオバマ大統領は「平和維持のための戦争」に決意を示した〔AFPBB News

 平和が単に戦争のない状態を指すならば、「奴隷の平和」もある。国民が外国の支配者の隷属の下にある、あるいは自国でも絶対専制の独裁者の弾圧の下にある。でも、平和ではある。

 もしくは「自由なき平和」もあり得る。戦争はないが、国民は自由を与えられていない。国家としての自由もない。「腐敗の平和」ならば、統治の側が徹底して腐敗しているが、平和は保たれている。

 さらに「不平等の平和」「貧困の平和」と言えば、一般国民が経済的にひどく搾取されて、貧しさを極めるが、戦争はない、ということだろう。

 日本の「8月の平和論」では、こうした平和の質は一切問われない。とにかく戦争さえなければよい、という姿勢なのだ。その背後には軍事力さえ減らせば、戦争はなく、平和が守られるというような情緒的な志向がちらつく。

 この8月6日の広島での原爆被災の式典で、秋葉忠利市長が日本の安全保障の枢要な柱の「核の傘」、つまり核抑止を一方的に放棄することを求めたのも、その範疇だと言える。自分たちが軍備を放棄すれば他の諸国も同様に応じ、戦争や侵略は起きない、という非武装の発想の発露だろう。

一切抵抗せずに服従するという平和論

 平和を守るための、絶対に確実な方法というのが1つある。それは、いかなる相手の武力の威嚇や行使にも一切抵抗せず、相手の命令や要求に従うことである。

 そもそも戦争や軍事力行使は、それ自体が目的ではない。戦争によって自国の領土を守る、あるいは自国領を拡大する、経済利益を増す、政治的な要求を貫く、などなど、達成したい目標があり、その達成を多様な手段で試みて、平和的な方法では不可能と判断された時に、最後の手段として戦争、つまり軍事力の行使に至るのである。

 だから攻撃を受ける側が相手の要求にすべて素直に応じれば、戦争は起きない。服従や被支配となるが、戦争だけはない、という意味での「平和」は守られる。

(つづく)

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