SAPIOに私が書いた丹羽中国駐在大使の弱点や不適格性についての論文の紹介を続けます。
中国で活動する日本以外の企業も同様の扱いを受ける。アメリカ議会の政策諮問機関「米中経済安保調査委員会」は昨年の報告書で中国政府が「国家機密」をめぐる規制を利用して外国の企業に攻撃をかける傾向が強くなったことを強調した。
上海の裁判所は昨年三月、オーストラリアの大手資源開発企業「リオ・ティント」の中国責任者スターン・フー氏を中国側大手企業の「秘密」を盗んだとして懲役十年の 刑に処した。同年七月、北京の裁判所はアメリカ国籍の地質学者シュエ・フォン氏に同様の機密盗用の罪で懲役八年を宣告した。しかもその「機密」は実際の盗用の時点では機密扱いされていなかった。
同報告書は「中国政府はこの種の不当な法的手段を動員して中国内部で活動する外国企業を意のままに威圧し、懲罰しようとする」と中国側を批判した。
中国での 外国企業のビジネス活動の継続には、こうした側面が避けられないのだ。丹羽大使は朝日新聞が一月十四日に掲載したインタビューでは「官僚出身者では(中国の)政治に直言することが難しい」と述べていたが、まさに「ビジネス出身者では中国の政治に直言することは難しい」のだ。中国の国内で活動する外国企業、 とくに日本の企業は業種にかかわらず、中国政府に耳の痛いようなことは指摘できないのである。
なぜなら中国当局はいざとなれば、外国企業を抜き打ちに、いかようにも弾圧できる。日本の海上保安庁が尖閣諸島の海域に侵入した中国漁船の船長を逮捕すると、中国側が即座に報復として中国内で活動する日本ビジネス関係者四人を逮捕したことがその実例だった。
丹羽大使 自身、このところもっぱら日中間の経済の交流や協力を強調している。昨年十二月下旬には江蘇省南京を訪れ、日系企業を視察して、今年はじめからは「経済外交」を本格的に始めると宣言した。丹羽氏は伊藤忠の社長・会長時代には江蘇省の経済顧問を務めた経験があり、この訪問の際にも同省の羅志軍共産党委員会書 記と会談した。丹羽氏と羅氏は「老朋友(旧友)」なのだと、丹羽氏自身が強調したという。
日本経済新聞はこの際、丹羽氏が「対中ビジネスで培った『民』のパイプを大使という『官』の役職でさらに強化する丹羽外交のモデルケースと位置づける」と報 じていた。だがこんな丹羽氏の認識自体がおかしい。
丹羽氏は伊藤忠時代には確かに「民」だったが、その相手となった羅氏は共産党の代表、つまい「官」だった。中国ビジネスで日本企業が相手とするのは中国側の「官」なのである。この「官」のおぼえがめでたいことが日本ビジネスマンの成功の証となる。中国共産 党におもねることで生きてきた対中日本ビジネスマンこそ、非経済の政治や安保の重要案件が主要課題となる日中関係への対応では最も不適格な部類の主役だと いえよう。
現に昨年九月の経済とはおよそ距離の離れた尖閣諸島海域への中国漁船侵入事件では、丹羽大使は中国外務省に深夜や未明、連続で五回も呼び出された。非常識な 出頭命令に唯々諾々と応じ、尖閣事件での中国側からの一方的な言明をただ拝聴したという印象が強かった。少なくとも丹羽大使が日本側の主張を明確かつ強固 に中国側に伝達したという記録は残っていない。
中 国当局に対しては長年、経済取引を円滑に進めることを最大目的とし、経済以外の面での中国共産党の理不尽には決して非難の声をあげることのなかった丹羽氏 としては、自然な対応だったといえよう。そもそもそういうビジネス経歴の人物に突然、ビジネス以外の側面で中国への抗議や非難をぶつけることを期待しても 無理なのである。(つづく)