2012年05月

 重大なのに論議が少ないテーマです。

 

【正論】慶応大学教授・竹中平蔵 巨大郵政の「権益」を守るだけだ
2012年05月23日 産経新聞 東京朝刊 オピニオン面

 郵政民営化見直しが各党相乗りで決まった。「見直し」とはいっても明らかな「改悪」である。驚くべきことが2点あった。

第一は、大きな制度変更なのに実質的な国会論議がほとんどなかった点だ。2005年に民営化を決めた国会(郵政国会)では、特別委員会が作られ、衆参で200時間の審議が行われた。今回は数時間の審議で採決された。

≪選挙考え完全民営化を放棄≫

第二は、変更で日本郵政の経営はどう推移するか、収益見通しが示されなかったことだ。05年は当時野党の民主党が将来見通しを政府に求めた。今回、収益性 の議論などなく、従って「ストレステスト」(耐性検査)もなく、各党とも次の選挙で郵政ファミリーの支援を得たい一心で見直しを決めた。「政治家は次の時 代を考えるが、政治屋は次の選挙を考える」との19世紀の米牧師J・クラークの名言を地で行くような姿だ。

変更内容を確認しよう。大き な問題を2つ指摘できる。まず、郵便事業と郵便局が合体した新会社と、金融2社を抱える、巨大郵政が復活する点だ。業態ごとに独立するのではなく、郵便と 郵便局が金融2社にもたれかかる形に戻る。これは巨大な郵政ファミリーという利益共同体の復活を意味する。それで既得権益を守ることこそ見直しの目的と いってよい。

郵便事業と郵便局が一緒になれば、人員的に旧郵政の約9割が復活する。郵便は物流業、局は対面販売業で、業種特性や求めら れる資質も全く違う。ともに極めて厳しい環境下で、徹底した経営管理下で大胆な合理化と新規業務推進が必要だった。郵便料金は今も米国の2倍も高い。ファ ミリーのどんぶり勘定に戻れば、大きな国民負担(高い郵便料金もしくは税金投入)に繋がってこよう。

≪暗黙の政府保証で競争阻害≫

加えて金融2社株を(新郵政が)全額売却しなくてよくなった(義務が無くなった)。「完全民営化」の放棄である。ゆうちょ銀行とかんぽ生命は日本郵政の子 会社であり続けよう。これは、信用を重んじる金融ビジネスで決定的意味を持つ。ゆうちょやかんぽに政府が特別の信用(暗黙の政府保証)を与えることにな り、他の民間企業との対等な競争条件を阻害する。国内的には民業圧迫、対外的にはWTO(世界貿易機関)の内国民待遇違反になり、後者の問題はTPP(環 太平洋戦略的経済連携協定)参加交渉で顕在化した。

保険業務の問題では、諸外国、特に米国の反発は極めて大きい。TPPで高い水準の自由化を求めるという一方でWTO違反になるような決定をし、国際信用を傷付けた政治の責任は大きい。

政府は消費税増税へ向け金利上昇懸念を煽(あお)っている。上がれば、財政を圧迫する遥(はる)か以前に郵政の収益を大幅に悪化させる。そのため、05年 の仕組みでは完全に民営化し、信用リスクビジネス進出の筋書きを描いていた。だが、完全民営化放棄で金利上昇による郵政の脆弱(ぜいじゃく)性は格段に増 した。

郵政問題でTPP参加交渉は進まず、結果的に今回の仕組みの見直しを迫られよう。先日、郵政は新規保険事業への進出を当面、自粛するとの発表に追い込まれた。完全民営化を放棄したツケが自由な経営とビジネス機会の逸失という形で早くも表れている。

これはグローバル金融ルールへの抵触と捉えるべきで、日米保険摩擦の再来と考えてはならない。見直しで総務省の監督権限が強まるが、03年まで郵政は総務省の一部であった。そこが大きな監督権限を持つことはアームスレングスルールに触れる問題だ。

≪民間経営者をトップに≫

ストレスに弱い巨大金融機関を作ったこと自体、システミックリスク軽減へ動く世界金融の流れに反する。国と企業の強い関係、即(すなわ)ち国家資本主義への批判が強まる中、極めて挑発的な政策を採ったと受け止められている。

永田町では、今回の変更は全国郵便局長会が公明党に接近し、同党を取り込みたい自民党が同調した結果といわれている。05年の選挙公約を実質反故(ほご)にしたことへの後ろめたさがあったからこそ、法案に反対した議員にも、自民党は形式的処分しか行えなかった。

与党民主党も当初、民営化自体に反対し、後に郵便国営・保険民営化などの独自案を提示、さらに国民新党案に同調し、最後に今回の案に落ち着いた。見直しが残した最大のものは既成政党全体への徹底した不信感であろう。

今後、政党再編を含む新たな政治体制の下では、今回の変更は早晩、見直さざるを得まい。だが、それまでにやるべきことがある。大方の政党は民営化には反対 しなかった。国営による政府のガバナンスもなく完全民営化による民間のガバナンスもない、微温湯(ぬるまゆ)的状況が郵政ファミリーにとって心地よいから にほかならない。

しかし民営化である以上、最低限、然るべき民間経営者を招く必要がある。経営経験のない元官僚がトップを占める現状は、直ちに解消せねばならない。それは小さな政治判断で可能である。(たけなか へいぞう)

 こんな記事を書きました。

 

【外信コラム】ポトマック通信 異国の柔道少年


 

 5月とはいえひんやりとした一夕、ふっと隣に小さな人影が立ち、日本ふうに丁寧に頭をさげて、あいさつをした。「ジョージタウン大学・ワシントン柔道クラブ」の更衣室。ロシア人の少年グリブ君だった。

 

 「今夜は寒いほどだね」

 

 「はい、そうですね」

  

 「モスクワみたいかな」

 

 ここまで言葉を交わすと、彼は黙って考えこみ、数秒後、まじめに答えた。

 

 「いえ、やはり違います」

 

 モスクワのほうがずっと気温は低いということだろう。言葉は米国の子供と変わらぬ自然な英語だ。

 

 2年半前にこのクラブにやってきたグリブ君と最初に練習をしたのは私だった。モスクワで柔道の手ほどきを受けていた彼は基礎は身につけていたが、英語はまったくできなかった。

 

 以来彼は週3回の練習にまじめに通ってきた。外交官の父や内科医の母に連れられてだが、一度、道場に入ると、親には見向きもせず、大人たちと一緒にすべ ての稽古をこなす。10歳になった今、その真剣な練習ぶりは見事なほどだ。成果は最近の大会でも表れ、同世代同士の試合では連戦連勝である

 

 稽古ぶりは日本の柔道の本格的な規範でも立派だといえる。外国選手が日本選手を破るのも不思議はないと、つい思った。(古森義久)

  毛沢東の中国支配の恐怖を記録した書が出ました。

 

 「壮大なる実験の悲惨なる失敗」

 「3600万人の餓死者を出した共産中国最大の悲劇を描く」

 

 楊継縄という元新華社記者が中国各省の秘密公文書館を渉猟。

 

 翻訳と解説は産経新聞の中国総局長を長年、務めた伊藤正氏が引き受けています。それだけでも価値のある書でしょう。

 

 
 
 
   
 
   
 
 
 
 
 
 

毛沢東大躍進秘録

 

 

 

 

内容(「BOOK」データベースより)

当時若い学徒として、養父が餓死したにもかかわらず、「大躍進」の理想を信じた著者。89年の天安門事件を契機に、新華社記者の特権をいかし、中国17省 の公文書館の内部文書や当時の幹部らへの取材を重ねて、浮かび上がってきたものは、毛沢東の独裁とそれに追随する官僚機構の、悲惨なる失敗であった。各省 ごとの被害の差はどこから生じたのか。失政に抵抗する勢力はなぜ、潰されたのか。飢餓の最中にも、海外への食糧輸出が続いていたのはなぜか。毛沢東は悲劇 をいつ知ったのか。周恩来、〓(とう)小平、劉少奇、彭徳懐、林彪ら建国以来の幹部たちは、どう動き、何を発言したのか。現実を重視する「実務派」と左派 政策をテコに独裁体制を築こうとする毛沢東との間で振り子のようにゆれた共産中国の現代史。その「権力闘争」のなかで今日まで続く中国の国の形が形成され ていったことを鮮やかに描き出す第一級の歴史書。
 

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

楊 継縄

 

1940年、湖北省の農家に生まれる。清華大学卒後、新華社入社。在社35年。同社高級記者(局長級)を経て、政治改革への積極的論調で知られる月刊「炎 黄春秋」副社長。中華全国新聞工作者協会理事。1950年代末から60年代初頭にかけ、毛沢東の発動した「大躍進」政策の失敗で数千万人の農民が餓死した 実態を10年の歳月を要して取材、執筆。記者生命を賭け、香港で『毛沢東 大躍進秘録』(中国語原本『墓碑』)を2008年に刊行

 

伊藤 正

 

1940年、埼玉県春日部市生まれ。東京外国語大学中国語科卒。共同通信社に入社。香港、北京、ワシントンの特派員、外信部次長、論説委員長を歴任。共同 通信時代は、二度の天安門事件を現地で取材。中国報道の第一人者。2000年、産経新聞社に移籍し、中国総局長。現在は同社嘱託。2009年、『〓(と う)小平秘録』により、日本記者クラブ賞を受賞

 

田口 佐紀子

 

1943年、神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学文学部英文科卒。1970年代初め、マラヤ大学社会人学級で中国語を学ぶ。1984年から2年間、北京外文出版社日本語組の専門家として勤務

 

多田 麻美

 

1973年、大分県生まれ。京都大学文学部卒業、同修士課程修了。専攻は中国文学。2004年よりフリーランスのライター、翻訳者に。新聞、雑誌、ウェブ サイトなどに北京や中国の文化をめぐる記事やエッセイを発表(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

 G8サミットで気がついたのは、わが野田佳彦首相のあまりにも希薄な存在感でした。いるのか、いないのか、さえわからないのです。

 

 日本ビジネスプレスの「国際激流と日本」からです。

 この回でこの報告は終わりです。

 原文へのリンクは以下です。
  

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/35262

 

 

国際激流と日本

                       =======

 だがサミット宣言はその中国の人権問題にはなにも触れなかったのだ。その一方でシリアやリビア、北朝鮮などに対しては細かく、鋭く、踏み込んでの非難の表明なのである。

 

 サミットと言えば、G6、G7時代は自由と民主主義と人権の擁護こそが高く掲げた旗印だった。経済問題への取り組みを優先するとはいえ、冷戦時代も、いや冷戦後も、民主主義や人権はサミットの主題の必須な一部だった。

 

 1989年7月のフランスのアルシェでの第15回サミットが、中国当局の天安門広場での民主活動家たちの虐殺を厳しく非難する宣言を出したことは 特筆されるだろう。その翌年の米国ヒューストンでのサミットでも同様に中国を糾弾する宣言が発表され、対中経済制裁の基礎となった。

 

 この時期のサミットの宣言はみな「われわれ民主主義国家群は――」という書き出しだった。民主主義という自己の価値観の普遍性を強調しての構えだった。イデオロギー上の大義でもあった。その種の志はもう今のG8にはなくなったということだろうか。

 

 いや、今回の宣言でシリアやリビアの人権弾圧を糾弾したことは、その伝統の一部は生きているという例証だろう。ところが今の世界でのおそらく最大、最悪の人権弾圧国の中国への言及がないのである。

 

 こう見てくると、G8の意義自体に大きな疑問が浮かんでくると言わざるをえない。

悲しいほど存在感のない野田首相

 さて、最後に指摘したいのは、首脳会議全体の特徴とはやや異なるが、日本の首相の存在感の希薄さだった。

 

 米国メディアの報道では、「ニューヨーク・タイムズ」と「ワシントン・ポスト」のいずれの長文の記事でも、各国首脳の政策に関する発言を伝えるなかで、わが野田佳彦首相の言動の紹介は皆無だった。

 

 野田首相の名前が出てくるのは、わずかに「オバマ大統領は野田首相に5月20日の首相の誕生日を祝すチョコレートケーキを贈った」(ワシントン・ポスト)という記述だけだった。

(終わり)

 G8は極端に中国に遠慮をしている。

 

 そんな趣旨のレポートです。

 

 日本ビジネスプレスからの転載です。              

  原文へのリンクは以下です。
  http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/35262

 

 

国際激流と日本

 

                               =======

 その結果、今回のサミットの首脳宣言は、財政再建や経済復調に関してはなんとも曖昧な表現が多くなった。例えば「世界経済」の部分で、サミット参加 諸国が「経済の復調と強化、そして財政圧力への対処のために必要な措置を取る」とうたいながらも、その具体的な方途については「適正な措置は参加各国に とって同一ではない」と注釈をつけていた。要するに、あちらも、こちらもという「宣言」なのだ。

 

 ギリシャがユーロ圏から離脱しようという動きを見せていることも、欧州全体の国際的な比重低下の方向を鮮明にする。世界の経済を論じる首脳会議ならば「G8」よりも「G20」がふさわしい、という印象が強められたことは否めない。

中国の知財権侵害や人権弾圧には一言も言及なし

 G8サミットの衰えを見せつけた第3の要因は中国への遠慮だった。このサミットを「自由民主主義諸国の集まり」と規定すれば、当初の志の後退だとも言える。

 

 今回の首脳宣言は「世界経済」に関する記述の主要部分で、知的所有権の保護の強化を訴えていた。知的所有権の侵害が経済の成長や雇用の拡大までを阻害すると指摘して、特許や商標の侵害への法的取り締まりの強化をも求めていた。

 

 近年の世界で知的所有権の侵害、つまり偽造品、模造品の製造や流通の最大犯人は中国である。世界貿易機関(WTO)の再三の公式報告がその実態を指摘している。

 

 だが、このサミット宣言の知的所有権侵害の指摘の中には、中国という文字はまったく出てこない。もちろん中国はすでに世界第2の経済大国であり、G20の有力メンバーである。だから名指しの非難はしないという外交配慮があっても当然かもしれない。

 

 しかし同じ首脳宣言では「政治・安全保障問題」の項目で人権弾圧を正面から取り上げ、シリア、イラン、北朝鮮、リビア、ミャンマーなどの諸国の名 を具体的に指摘して、非難を表明していた。中東や北アフリカの諸国の民主化促進の必要性をも強調していた。だが中国の人権弾圧には一言も言及がないのであ る。

 

 米国ではちょうどこのサミット開催の時期、中国の盲目の人権活動家、陳光誠氏の苦境が大きな話題となっていた。議会の各種公聴会でも取り上げら れ、陳氏一家への当局の迫害の数々が報告されていた。陳氏一家の米国への入国の動きも関心を集めていた。この関心は米国だけではなく全世界的だとも言える 状況だった。

 

 中国共産党独裁政権の人権弾圧は陳光誠氏だけに対する措置ではない。チベットやウイグルという少数民族の「浄化」なども、そのほんの一端だろう。

(つづく)

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