2012年10月

 こんな記事を書きました。

 

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〔ワシントン=古森義久〕

 米国の議会と政府が合同で中国の実態を調べ、対中政策に反映させるという「中国に関する議会・政府委員会」はこのほど、2012年度の年次報告を発表した。中国の人権や法の統治について調査した同報告は中国政府が個人の自由の抑圧を多数の分野でなお強め、世界貿易機関(WTO)の規則も大幅な違反を増していると総括した。

 

 同委員会は民主党のシェロッド・ブラウン上院議員と共和党のクリス・スミス下院議員を共同議長とし政府の主要各省の代表を加えた広範な組織で、これまで一年の調査活動の結果をこの報告にまとめた。

 

 同報告はまず世界人権宣言など国際規範で認められた個人の言論や結社の自由が中国ではなお抑圧されているとして、共産党や政府への批判を述べた一般国民や言論人が多数、逮捕されたままの状況を指摘した。同報告は中国の労働者になお自立した労働組合の結成や団体交渉の権利が与えられていないことも強調し、昨年11月の湖南省での炭坑労働者への弾圧などの実例をあげた。

 

 同報告は中国当局がインターネット上での政府の批判も「社会の調和と安定を乱す」という罪状で厳しく摘発する事例を多数あげて、法の統治や公正も無視されていると伝えた。

 

 宗教については同報告は仏教、キリスト教、イスラム教などすべての主要宗派が共産党への届出なしの活動を禁じられ、中国当局はその違反には長期の懲役など厳しい懲罰を加えていると述べた。少数民族については同報告はチベット、ウイグル両民族への弾圧がここ一年また強化されたとして、チベットではその期間に地元住民の45人が抗議のための焼身自殺を図ったと伝えた。

 

 同報告はまた中国領内に逃げてきた北朝鮮難民を中国当局がすべて違法滞在だとして本国に強制送還することを指摘し、国際法にも違反だと非難した。

 

 法の統治の一環として同報告は中国のWTOの規則順守の状況にも不公正貿易慣行や知的所有権侵害を中心に光をあて、「中国は過去5年、WTOの規則を破り、そのシステムをあざけるような行動を続けてきた」と述べ、「中国の国家資本主義は市場経済を対象とするWTOとは合致しない」とまで総括した。

 

 同報告はこうした調査結果を基に米国の政府と議会の両方に中国への多様な対抗や抗議や懲罰の措置をとることを勧告した。

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 尖閣問題と日中関係についての一文です。

 

【朝刊 1面】


【あめりかノート】ワシントン駐在編集特別委員・古森義久


 

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(ロバート・サター氏)

 

■中国の無法を糾弾せよ

 

 尖閣問題での中国の対日威嚇に対し日本側の一部には、あたかも日本が悪いかのような倒錯した議論がある。日本政府が尖閣諸島の国有化という措置をとった ことに中国政府は暴力的な反日デモをあおり、大規模な暴動や略奪を許して、威圧してきた。その結果、日中関係が険悪となった。この流れに対し、国有化措置 が反日デモの原因だから、その措置を反省し、再考すべきだという自虐的な主張が日本側で聞かれるのだ。

 

 日本の措置は平和的かつ合法だった。中国の反発は暴力的かつ違法だった。この2つを同次元におき、前者を不当な原因であるかのように論じるのは、奇妙である。この点をいぶかっていたら、米国の中国研究の権威、ロバート・サター氏から的を射た論評を聞き、うなずかされた。

 

 「米国やその他の中国周辺諸国にとって今回の事件の最大の教訓は、中国側が日本の尖閣国有化という平和的で、さほど重大でもない措置に対し、それを侮辱 とみなし、無法で異常な行動を爆発させたという、中国の国家としての予測不可能性です。全国百二十余の都市での反日のデモや暴動の組織と扇動、そして貿易 面での報復措置など中国政府の行動はみな暴力的で違法だという基本を認識すべきです」

 

 サター氏といえば、1970年代から米国政府の国務省、中央情報局(CIA)、議会調査局、国家情報会議などの諸機関で中国研究を専門とし、対中政策の 形成にかかわってきた長老的なチャイナ・ウオッチャーである。2001年からはジョージタウン大学教授、昨年からはジョージワシントン大学の教授となっ た。政治的には民主党系であり、中国への対応も中道と評される。

 

 サター氏によれば、日本の尖閣国有化は明白に東京都の購入で起きうる中国にとってのより刺激的な変化を防ぐための抑制措置だった。中国政府も当然、知っていた。

 

 「中国当局は日本に対し法律や国際規範の枠内での、強固で効果のある抗議をぶつけられたのに、一気に違法で暴力的な行動に走ったことは関係諸国に中国の 予測不可能性と無法性とを衝撃的に印象づけ、中国のレッドライン(これ以上は許容できないという一線)の位置を全く不明にさせました」

 

 確かに中国の行動は無法である。広大な国土の多数の都市で同時に大規模な人間集団が日系の施設を襲い、略奪を働く。政府がその暴力を仕掛け、仕切る。サター氏は「21世紀の主要国が取る行動とは思えません」とも批判する。そして各国の反応について述べるのだった。

 

 「世界でも最重要な地域の中心となる世界第2の大国が公式には『平和的発展』を唱えながら、これほど無法な暴力行動に出たことは、南シナ海でのフィリピンへの軍事的威嚇と合わせて、各国の中国への信頼を喪失させ、中期、長期の対中姿勢にも重要な変化をもたらすでしょう」

 

 サター氏は中国の対日行動について「核心は違法だという点です」と繰り返した。確かに日本ビジネスの破壊や略奪は中国の国内法でも違法である。しかも日 本側の適法で非暴力の措置に暴力で応じる前例は05年にもあった。日本の国連安保理常任理事国入りへの動きに対する反日暴動だった。当時の小泉純一郎首相 の靖国参拝への反対は後からつけた「理由」だった。

  だから日本は今回の対立では、あくまでも中国のこの無法を糾弾すべきなのである。

 

(ワシントン駐在編集 特別委員)

 アメリカの歴代政権が尖閣諸島の日本帰属を認めていたという記録の紹介です。

 

 ジョンソン大統領も日本の主権を認めていたという記録があります。

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 日本ビジネスプレス「国際激流と日本」からです。

 このレポートはこれで終わり。

 

 原文へのリンクは以下です。

 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36323

国際激流と日本

米国の歴代政権は
尖閣の主権をどう捉えてきたか

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  「米国は尖閣諸島を琉球諸島から区分する言動はなにも取っていないため、この『残存主権』の適用は尖閣を含むと見なされる」

 

 ジョン・F・ケネディ大統領は1963年11月に暗殺された。それまで副大統領だったリンドン・ジョンソン氏が後継の大統領となった。日本の首相 は佐藤栄作氏だった。1965年1月の日米首脳会談の際、両首脳は共同声明を出し、「尖閣を含む琉球諸島などの日本の残存主権を再確認した」に留まったと いう。

 

 このへんの経緯は、前述の議会調査局の報告書よりも、国際関係学者の米国サンフランシスコ州立大学のジャンマーク・ブランチャード教授の「尖閣諸島を巡る中日紛争での米国の役割」と題する論文に詳述されている。

中国への接近を図ったニクソン政権

 再び議会調査局報告書に戻ると、米国政府が尖閣諸島の主権について「中立」を公式に唱えるようになったのは、沖縄返還を履行した共和党ニクソン大統領の時代からだった。

 

 ニクソン政権内部では尖閣への日本の残存主権を非公式に認める動きもあったが、対外的にはあくまで「中立」となった。公式には尖閣諸島からは残存主権をも取り除く立場となったのだ。米国のこの態度はいまのオバマ政権にいたるまで変わっていない。

 

 しかし同議会調査局報告書は、このニクソン政権の政策をはっきりと「政策シフト」と特徴づけていた。このシフトの原因については米国の専門家数人がニクソン政権の「中国への接近」を挙げていたという。

 

 米国政府のこうした過去の日本の主権認知は日中両国が尖閣領有権を巡って激突する現在、日本にとっても軽視できない歴史の側面だと言えよう。

(終わり)

 塩川正十郎氏といえば、かつて自民党にあって、良識の政治家としての評価が高かった人物です。

 

 

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その塩川氏が尖閣諸島防衛の必要性をわかりやすく説いています。「国家の生存」のために憲法改正の不可欠性を訴えています。

 

 いまの憲法のままでは日本国が亡びるという警告でもあります。

 

 私の新著『憲法が日本を亡ぼす』は来月、出版されます。

 同書はすでにアマゾンで紹介されています。

 リンクは以下です。

 http://www.amazon.co.jp/gp/product/4759312773

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【塩爺のもう一度よく聞いてください】元財務相・塩川正十郎
2012年10月12日 産経新聞 東京朝刊 1面

 ■国家の意思示す憲法に

中国では沖縄県・尖閣諸島の国有化に抗議する大規模な反日デモが続いている。9月の国連総会の一般討論演説で は楊潔●(よう・けつち)中国外相が「日本が盗んだ」と発言し、日中間で激しい応酬となったが、尖閣諸島が日本の固有の領土であり、中国側が主権を主張す るのはおかしい。

私は東洋大学役員としての報酬を原資に提供し、平成14年度からアジアの留学生に「塩川正十郎奨学金」を給付している。親日家を育てるために始めたこの制度の、のべ84人の対象者のうち51人が中国出身者だ。それだけに、中国が日中国交正常化40周年の記念行事を中止したことは極めて残念に思う。

中国は、昭和47年の国交正常化以来、経済発展のため日本の政府開発援助(ODA)を利用してきた。その年、国交回復のため訪中した田中角栄首相(当時) に、毛沢東主席(同)は「もうけんかは終わりましたか?」と語りかけた。20周年の節目である平成4年には天皇陛下が中国をご訪問され、両国関係は比較的 良好に推移してきた。

今思えば、1996(平成8)年という年が、中国が反日感情を強める転機となったのではないか。当時の江沢民国家 主席は包括的核実験禁止条約(CTBT)採択直前に核実験を行った。以前にもこのコラムで紹介したことがあるが、同年4月に訪中した私たち自民党訪中団 に、江主席は「われわれが核兵器を保有するのは平和を守るためだ」と強弁したものだ。江沢民時代からの大国意識はなお強まる一方だ。

長い時代、民主主義の経験のない中国は、われわれと価値観を共有する国ではない。日中友好7団体による訪中団は9月27日、共産党序列4位の賈慶林(か・けいりん)・全国政治協商会議主席と会談したが、両国間のパイプは次第に細くなっている。

内閣府が昨年秋に実施した「外交に関する世論調査」によると、日本国民の71・4%が中国に「親しみを感じない」と答えた。日中関係を「良好だと思わな い」とした回答も76・3%に上った。2005(平成17)年以降の反日デモで理由もなく攻撃された日系企業の惨状を見せられては、日本での対中感情はさ らに悪化する一方だろう。

日本を抜いて世界2位の経済大国となることに成功した中国は軍事大国にもなり、いずれ旧ソ連のように米国と覇権争いをするはずだ。

島根県・竹島にも韓国の李明博大統領が不法上陸し、日本は周辺国になめられっぱなしである。こんな時こそ、憲法改正によって国家の意思を示そうと決意すべきだ。

連合国軍総司令部(GHQ)に押しつけられた憲法は昭和22年5月の施行から一度も改正されていない。

憲法前文は「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」としている。また、憲法第9条2項には「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」とある。

こうした条文は、周辺国の経済大国化、軍事力強化、領土主権を脅かされている実情からして、国家としての体制にそぐわない。今こそ、自らの努力で国家の生存を確保する決意を示す憲法に改める必要がある。(しおかわ まさじゅうろう)

●=簾の广を厂に、兼を虎に

 アメリカの歴代大統領が尖閣諸島の主権は日本にあることを認めていた、という話の続きです。

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日本ビジネスプレス「国際激流と日本」からです。

 

原文へのリンクは以下です。

 

 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36323

国際激流と日本

米国の歴代政権は
尖閣の主権をどう捉えてきたか

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  「1951年の対日講和会議に備えての米国政権内の協議では、同講和会議の米国首席代表で、後にアイゼンハワー政権の国務長官となるジョン・フォス ター・ダレスが、尖閣を含む琉球諸島(沖縄)に対しては日本が『残存主権』を有するという概念を明示した。当時の米陸軍が公式に作成した分析によれば、 『残存主権』とは米国が琉球諸島の主権を日本以外のいかなる国にも引き渡さないことを意味する」

 

 周知のように尖閣諸島は日本の独立後も沖縄諸島と一体とされて、米軍の施政下に置かれた。尖閣は米国の統治の下、米軍の射撃訓練の舞台に使われていたのだ。

 

 そして周知のように尖閣諸島は沖縄とともに1972年5月に日本側に返還された。返還後は米国は尖閣の施政権(統治)こそ日本側への帰属を明確に認めたとはいえ、その主権については曖昧な立場を取るようになった。

 

 しかし同報告書は以下のようにも記しているのである。

 

 「アイゼンハワー大統領は1957年6月の日米首脳会談で、岸信介首相に対し『(尖閣を含む琉球諸島)の残存主権とは、米国が統治する間の一定期間は米国がその主権を執行するが、その後には日本に返還される』ことを意味するのだと告げた」

 

 このアイゼンハワー・岸会談の記述について、米国議会調査局の報告書はそもそもの情報源として1961年7月に刊行された米国務省の記録文書であ ることを明記していた。要するに、単に議会だけでなく行政府の公式文書でも、アイゼンハワー大統領が岸信介首相に尖閣諸島の主権は日本にしかない旨を明確 に伝えていたというのである。

ケネディ政権も日本の残存権を認める

 さらに同報告書は、共和党アイゼンハワー政権の後に登場した民主党ケネディ政権についても以下のように述べていた。

 

 「1962年3月にはケネディ大統領が沖縄についての大統領行政命令で『琉球(沖縄)は日本本土の一部であることを認め、自由世界の安全保障の利害関係がその(尖閣を含む沖縄の)完全主権の日本への復帰を許す日を待望する』と言明した」

(つづく)

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