2013年02月

このほど急逝した中嶋嶺雄氏は中国研究では実に貴重な実績を残していました。

 

いまから30年以上も前、「同文同種」「一衣帯水」というような言葉に魔笛の音に踊らされ、「日中友好!」を叫んだ日本の各界にあって、中国独裁政権の本質を冷徹にみすえていた孤高の識者が中嶋氏でした。

 

当時の中嶋氏の論文を紹介し、あらためてご冥福をお祈りしたいと思います。

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【昭和正論座】東京外語大教授・中嶋嶺雄 昭和56年2月20日掲載
2012年11月10日 産経新聞 東京朝刊 

 ■日中経済協力の幻想と虚構

◆軽佻浮薄だったフィーバー

中国が「毛沢東思想」の赤旗を高くかかげ、“造反有理”を 鼓吹していた一時期、わが国知識人の多くは、この文化大革命に熱っぽく陶酔したものだった。その中国が“自力更生”の旗を下ろして「四つの現代化」をかか げはじめると、今度は、わが国の政・財・官界が、あげて中国熱にとりつかれた。「日中友好、子々孫々」「一衣帯水」「中国は信義にあつい」といった言葉が どれほど強調されたことか。だが、日中関係の重い歴史的現実を冷静に見きわめれば、こうしたフィーバーがいかに軽佻浮薄(けいちょうふはく)なものである かは歴然としていた。いまや幻想と虚構は音をたてて崩壊しつつある。

中国が南京石油化学コンビナートなどの大型プロジェクト導入を一方 的にキャンセルしてきた当日、私は、ある日中経済関係者と面談する機会をもったが、その当事者は最大の罵倒の言葉をもって中国側の非を怒っていた。これ は、まったく予想したとおりの日本人的な反応である。だが、つい先日まで過度の中国傾斜を見せていたこれらの人びとは、日中関係がそもそも「異母兄弟」と しての宿命的位相にあるので、過度の接近は必ず反発を招き、そこに金銭的・経済的問題がからむと他人以上に難しい関係に陥り、こうして、日中関係は期待と 幻滅、友好と敵対との往復循環をくりかえしてきたのだという歴史の教訓を真剣に顧みたことがあったのだろうか。

今回の日中経済関係の蹉跌(さてつ)は起こり得べくして起こったものであり、私自身も、これまでにしばしば予告し、警告してきたつもりである。

そもそも、中国における「四つの現代化」は、いわゆる近代化への道ではあり得ず、それ自体、非毛沢東化のための政治戦略だったのである。したがって、当の 中国では、こうした政治戦略が党内で合意を見るまでは、その可能性を大いに鼓吹したのであるが、さる一九七八年十二月の中国共産党三中全会において、トウ 小平らのいわゆる実権派が陳雲らの旧経済派幹部を復権させるとともに、華国鋒らの文革右派を「自己批判」においこみ、こうして「四つの現代化」が国家目標 になったとたんに、目標のより安全な達成のためにも、当初の誇大なプログラムを縮小しはじめたのであった。

ちょうどそのとき、わが国は 七八年二月の日中長期貿易取り決めや同年八月の日中平和友好条約調印に伴う日中ブームのなかで、「四つの現代化」の政治的意味を考慮せず、われもわれもと 一斉に中国へ出ていったのだから、すでにこのときから、今日の結果は予測されていたといわねばならない。

◆政治的な意味も考えず

しかも、今回のプラント導入中止の決定が、全国人民代表大会や国務院の決定ではなく、また党大会や党中央委員会の決定でもなくして、昨年十二月中下旬の党 中央工作会議という“非合法”会議でおこなわれていることにも歴然としているように、中国側は、今日にいたるも、政治闘争の一環として日中関係を位置づけ ざるを得ないのである。だから、同じ十二月の初旬におこなわれた日中閣僚会議がいかに空(むな)しいものであったかも明白であろう。もとより、当面のトウ 小平・華国鋒対立に示される政治闘争が背後にあることは明白であり、この点はいま説明を要しないであろう。

それにしても、宝山製鉄所問 題ではすでに昨年三月二十一日付『人民日報』論文で周伝典・冶金工業部技術弁公室副主任が中国政府側としても明白に問題点を指摘しており、また昨夏の全国 人民代表大会での宝山製鉄所建設問題詢問会では、「もし前半で(日本側に)だまされたなら、後半でだまされ方を少なくする方法があるのかどうか」(李瑞 環・北京代表、『人民日報』九月七日)といった意見さえ出ていて、中国内部ではすでに大問題になっていたのである。私自身も昨年六月、宝山製鉄所の現場を 視察し、問題がいかに深刻であるかを見てきたし、たまたま華国鋒来日にちなんだフジテレビでの稲山嘉寛氏との対談(五月二十一日)でもそれらの問題点を申 しあげたのだが、日中経済協力の立役者・稲山氏自身も大変楽観的だったのである。

このように見てくると、今日の問題は中国側を責める以 上に日本側に甘さがあったことは否めない。その原因を詳述する紙数はないが、まず第一に、政・財・官界のおそるべき単純思考と見通しの甘さ、とくに、本来 エコノミック・アニマルであるはずの財界首脳の見通しの甘さと中国認識の浅さ、第二には、これも幻想でしかない中国石油の可能性への幻惑と“中国石油屋さ ん”の跳梁(ちょうりょう)、第三には「四つの現代化」にアドバイスしたりして中国事情ににわかに通じたかのようなわが国の代表的エコノミストや官庁エコ ノミスト、および代表的なシンクタンクの中国分析の甘さ、第四には、わが国の新聞の「四つの現代化」や中国石油、日中経済関係についての記事の甘さ(この 点では、とくにクォリティー・ペーパーとしての『日本経済新聞』の責任がきわめて大きいことは、ここ二、三年の同紙縮刷版を開けば歴然とする)、第五に は、日中経済関係の窓口である日中経済協会の“親北京”的体質の問題などが指摘できよう。

◆いさぎよく損失覚悟を

こ うして破綻は起こるべくして起こり、いまや日中関係はいつか来た道をくりかえす危険にさえさらされている。かつて一九一七~一八年に段祺瑞政権への“善 意”の「西原借款」が日中の破局へとつながっていったように、いまや「四化借款」が中国の対日感情を刺激しつつある。今回の民間ベースの問題のみならず、 すでに政府円借款にも問題が出はじめており、私は、こうなった以上、財界も政府も中国側に補償など求めずに、いさぎよく損失を覚悟すべきだと思う。トウ小 平副主席は「小さな面倒」といい、谷牧副首相も「三千億円、十五億ドルなら巨大な日本経済の中で小さなものですね」といっているではないか。(なかじま  みねお)



【視点】日中関係史の「幻想と虚構」は、常に災いとなって日本に降 りかかる。昭和50年代に、日本の対中大型プロジェクトが直面した壁は、そのまま尖閣諸島から派生したいまの災いと少しも変わらない。中国共産党内の権力 闘争がふとした問題から日中関係に跳ね返り、やがて日本企業が取り返しのつかない損害を被る。そのチャイナ・リスクを中嶋嶺雄氏は早くから警告していた。 当時のトウ小平副主席はそれを「小さな面倒」だとうそぶき、いまの温家宝首相は「日本に責任」とひとに転嫁する非常識さだ。中国当局による日本企業の利用 と、中国人の反日感情を考えれば、日本が対中投資を抑制すべきことは明らかである。(湯)

 こんなコラム記事を書きました。

 

【朝刊 国際】


【緯度経度】ワシントン・古森義久 日本核武装論 再び


 

 北朝鮮の核兵器開発への必死な動きに対して、ワシントンでは日本の核武装の可能性がまた語られるようになった。

 

 韓国ではすでに核武装が現実の課題として 論じられ始めたことは本紙のソウル駐在の黒田勝弘記者の報道でも詳しく伝えられた。

 

 だが日本の場合、核の選択が同盟国の米国でまず論題となる点が安全保障 での独特の屈折を示している。

 

 共和党ブッシュ前政権で国務次官や国連大使を務め、核兵器拡散防止をも担当したジョン・ボルトン氏は20日付の米紙ウォールストリート・ジャーナルに「北朝鮮の脅威にどう応じるか」と題する寄稿論文を発表し、日本の核武装という政策選択を提起した。

 

 同論文は、オバマ政権内外に北朝鮮の核兵器保有を現実として受け入れ、抑止や封じ込めに戦略重点を移そうとする動きがあるとして、その動きを「敗北主 義」と断じ、「北朝鮮の核兵器をさらに増強させ、核の威嚇や拡散をもたらす危険な状況を生む」として許容すべきではないと、主張した。

 

 ボルトン氏は、北朝鮮の核破壊のための軍事攻撃は犠牲が大きすぎるとして排する一方、非核を受け入れる新政権を生むために、北朝鮮が今必要とするエネル ギーの90%以上を供する中国に圧力をかけて、金正恩政権を崩壊させ、朝鮮半島の統一を目指すべきだ、とも論じた。そして、中国が難色を示すならば、日本 と韓国の核武装を現実の事態とすべきだと強調したのである。

 

 ボルトン氏は、日本の核武装が中国にとって「最悪の恐怖」だと評し、中国を動かすための圧力材料に使うことを提案する一方、その核武装が実現しても構わないことを示唆した。

 

 その理由に「オバマ大統領が『核なき世界』の夢を追うとなると、その一方的な核削減は逆に北朝鮮を含む他国への核拡散を招き、長年、米国の核のカサ(抑止)に守られてきた日本や韓国は(核抑止の)再考を迫られる」という点をあげた。

 

 同氏は「北朝鮮が核兵器を武器にさらに好戦的な言動を取ることへの対応として韓国の政治家たちは自国も核兵器を開発することを求め始めた」とし、「同様 の(核武装賛成の)議論が日本でもひそかに語られ始めた」と述べる。つまりは中国に北の核武装を放棄させるための圧力材料としてだけでなく、すでにある核 の脅威に対する日本の核武装にも理があるとする議論なのだ。

 

 ボルトン氏は、日本や韓国のような「安全な諸国」へも核兵器は拡散させないことが従来の米国の基本政策だったことも明記する。だが、その政策を変えうる「北東アジアの新しい核の現実」が生まれ、その現実に対応する日本の核武装もありうると説くのである。

 

 米国政府が日本の核武装に反対であることは明白だが、議会や専門家の一部には、米国に敵対しうる中国や北朝鮮が核の威力を誇示する現状では、米国と利害や価値観を共にする日本が核を持っても害はないとする意見がすでに出ていた。

 

 2011年7月には下院外交委員会有力メンバーのスティーブ・シャボット議員(共和党)が日本人拉致事件の「救う会」代表らに「北朝鮮や中国に圧力をかけるためにも日本は自国の核兵器保有を真剣に考えるべきだ」と述べた。

 

 09年7月の下院外交委の公聴会でも、エニ・ファレオマベガ議員(民主党)が「日本も核戦力を開発する必要があるという議論が出ても自然だ」と証言していた。

 

 06年10月には有力政治評論家のチャールズ・クラウトハマー氏が「米国は最も信頼できる同盟国で国際社会の模範的一員の日本に核兵器保有を奨励すべき だ」という日本核武装奨励論を発表していた。

 

 日本国内の現状は別にしても、米国側では東アジアの危険な核の状況への抑止策としての日本核武装という戦略オ プションも出てきたということである。

アメリカの専門家たちがみる北朝鮮の実態です。

 

日本ビジネスプレス「国際激流と日本」からです。

 

原文へのリンクは以下です。 

 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37185

国際激流と日本

やはり北朝鮮核実験を許容している中国

 

 

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 リグネット報告が提起するもう1つの重要ポイントは、北朝鮮が今回、爆発させた核物質がプルトニウムかウランか、という点である。周知のように核爆 弾にはプルトニウムとウランの2種類があるが、北朝鮮の今回の実験爆弾が濃縮ウランだった場合の方が国際社会にとっての脅威は大きくなる。

 

  この点のリグ ネットの分析を見よう。

 

  「西側諸国の最大の懸念は、北朝鮮が今回の実験で高濃縮ウランを使ったかどうか、である。もしそうであれば、北朝鮮が核兵器開発計画の規模や内容を拡充する能力がこれまでより大きくなると見られるからだ。

 北朝鮮の軍事用プルトニウムの推定保有量はすでに低くなった。国際機関の推定では北のプルトニウムは最大限、核爆弾4個から12個分だとされる。 しかしウランは濃縮作業がすべて地下で可能であり、プルトニウムよりも所在の探知が難しく、密輸もより容易となる。北朝鮮の寧辺に、プルトニウム抽出の施 設だけでなく、実は秘密のウラン濃縮地下施設が存在したことは、北朝鮮当局が2010年後半にそれを公開するまで、米国を含めて西側諸国の情報機関はどこ も察知していなかった。濃縮ウランの探知はそれほど難しいのだ」

「金正恩政権は柔軟路線」は間違いだった

 リグネット報告は今回の核実験から金正恩政権の本質についても診断を下していた。

 

 「今回の核実験が行われるまでは、金正恩氏がスイスで教育を受けたことなどを重視して、『改革者』だとか、『柔軟路線』だという観測も多かった。しかし今回の核実験はそうした観測が間違いだったことを十二分に立証した。

 北朝鮮は金正恩体制の下、中国も含まれる世界各国からの反対や警告を無視して核兵器実験を断行した。この事実は、金正恩第一書記が父の金正日総書 記の路線を忠実に継承し、『先軍政治』のスローガンの下、軍事最優先の挑発的な政策を続ける見通しを裏づけた。若い金氏は軍事強化によって自分自身の権力 の基盤を固めるという道を歩むわけである」

 

 だから他の諸国はその北朝鮮の軍事最優先の強硬路線にそのつもりで対応しなければならない、ということだろう。北朝鮮情勢はまだまだ厳しい冬の時代が続くということである。このリグネット報告はそんな展望を示していた。

(終わり)

 

北朝鮮の核爆弾実験をどう解釈するか。

 

アメリカ側専門家の見解の紹介を続けます。

 

北朝鮮の最大の狙いは核爆弾を長距離弾道ミサイルの先端に装着できるところまで小型化、軽量化することにあります。

 

しかし今回の実験でその小型化には成功していない、というのです。

 

かといってもちろん安心はできません。

北朝鮮はなお必死になって、その目標へと驀進しているのですから。

 

日本ビジネスプレス「国際激流と日本」からです。

 

原文へのリンクは以下です。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37185

国際激流と日本

やはり北朝鮮核実験を許容している中国

米国の研究報告が「中国の公式声明は本音ではない」

 

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  また金正恩政権が揺らいで崩壊した結果、南北統一へつながるという恐れもある。米国と同盟関係を保つ韓国が主導して南北統一がなされることは、中国がなんとしても防ぎたい事態である」

 

 要するに、中国の公式声明は本音ではないという解釈なのだ。中国としては北朝鮮の核武装をあまりに大上段に妨げることが金政権の崩壊につながったりする事態は絶対に避けたい、というのが米国側の読みである。

小型化には成功していないが濃縮ウラン使用の可能性が

 次に、今回の核実験の技術的な実態はどうなのだろうか。

 

 今回の実験の最大焦点は核弾頭、つまり核爆弾の小型化、軽量化だった。北朝鮮が狙うのは、核弾頭を小型にして、長距離、中距離の弾道ミサイルの弾 頭として装備できるようにすることである。そのために核弾頭を小さく、軽くすることを度重なる実験によって目指すわけだ。

 

  北朝鮮当局は公式発表でも今回の 実験での小型化の目標を宣伝し、その目標が達成されたとも読み取れる言明を重ねている。

 

  しかし核弾頭の小型化というのは容易な作業ではない。核爆弾を地表や地下で爆発させることから始まり、少しずつその爆弾を小さく、軽くしていっ て、ついに弾道ミサイルの先端に着装できるようにするというプロセスは、単に想像しただけでも極めて困難であることが分かる。

 

  今回の実験でその小型化に成 功したか否かは、実験の全体像や実際に放射性物質の内容を把握しなければ、判定は不可能に近いという。

 

 しかしそれでも状況証拠からの推察は可能だろう。リグネットの報告は、北朝鮮が今回の実験ではまだ核弾頭の小型化に成功していないとの見解を打ち出した。

 

 「リグネットとしては、今回の核実験の限定された爆発量やこれまでの長距離弾道ミサイル計画での技術的な困難性から推測して、まだ北朝鮮は小型化 された核装備を生産できる技術的能力を保有するには至っていないと判断する。北朝鮮当局が今回の実験でその能力保有に成功したと宣言することは、不正確、 あるいは誇張であると見る」

(つづく)

突然の訃報に衝撃を受けました。

 

中嶋嶺雄氏、死去 中国研究、正論大賞 76歳


 

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 現代中国研究の第一人者で、国際教養大学長の中嶋嶺雄(なかじま・みねお)氏が14日午後10時26分、肺炎のため秋田市内の病院で死去した。76歳。 葬儀は近親者のみで済ませた。喪主は妻、洋子(ようこ)さん。大学葬が3月17日午後1時、秋田市雄和椿川奥椿岱(おくつばきだい)の国際教養大学で行わ れる。

 

 長野県生まれ。東京外国語大中国科卒業、東京大学社会学博士。東京外国語大学長を経て、平成16年から国際教養大学理事長兼学長。国際政治学者として活 躍し、中国の文化大革命を他に先駆けて毛沢東による「権力闘争の大衆運動化」と分析。中国研究のほか、米国、ロシアなど幅広い視野からの国際関係について 研究・評論活動を行った。

 

 英語教育導入の取り組みでも知られ、中央教育審議会の委員や、第1次安倍内閣の教育再生会議の委員を務めた。本紙正論メンバーとしても活躍、15年に第19回「正論大賞」を受賞した。主な著書に「北京烈烈」「日本人の教養」など。

 

【朝刊 社会】


【評伝】中嶋嶺雄氏、死去 十数年前「中国の危険性」警告


 

 日本の高等教育に革命とも呼べる旋風を起こした国際教養大学をさらに飛躍させようと新たな意欲を示す最中の唐突な旅立ちだった。
開学9年目にして秋田所 在ながら全国でもトップ級の評価と実績を確立した同大学は、中嶋嶺雄氏の「これまでの日本にない、まったく新しい大学」という構想をみごとに開花させた。

 

 中嶋氏は中国研究の泰斗でもあった。中国の人と風物を愛しながらも政治体制の特異性を冷徹にみる姿勢は、日本の戦後の中国研究者の間では異色だった。文 化大革命の暴走を批判し、尖閣問題でのトウ小平時代の「次世代持ち越し」や「領海法」への日本側の甘さを指摘して、十数年前には「環境問題や軍事力増強で 周辺諸国のみならず人類全体に大きな厄災をもたらしうる中国の危険性」さえ警告していた。いまみれば日本の中国認識における救いであり、良心だったといえ よう。

 

 中嶋氏は米国でのアジア研究にも詳しく、国際教養大学が平成21年に主催したセミナーでの基調演説では、近年の米国での日本研究者たちの「左傾化」を実 名まであげて非難した。こうした鋭い批判の精神を大学運営者としての総合的な管理や指導のなかに埋もれさせない点も中嶋氏の大きさであり、深さだった。昨 年正月、中嶋氏が洋子夫人とともに自宅で開いた外国人留学生招待の集いは中国人が主体とはいえ、内モンゴル、ウイグル、台湾など北京政府が冷たく扱う地域 からの学生たちが多数いて、夫妻の懐の深さを印象づけた。

 

 全くの私事だが、私は中嶋学長から招かれ国際教養大学で客員教授として米中関係などをここ3年、教えてきた。今年度の集中講義を終えたのがこの13日、 いつも必ず温かい笑顔で学長室から小走りで迎えてくれる同氏の姿が見えないのが気になった。中嶋氏が「命がけで育てた」という大学に近い地元の病院で旅 立ったのは、そのつい翌日だったという。(ワシントン 古森義久)

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 ■多軸的思考の持ち主

 渡辺利夫拓殖大学総長・学長の話「中国の文化大革命当時、ほとんどの言論人が称賛する中、『これは熾烈(しれつ)な権力闘争だ』とパワーポリティクスの 見方を教えてくれた。地域研究者であると同時に国際政治学者であるが故の多軸的な思考の持ち主だった。日本には、いまだに中国だけは特別な国だという突き 放せない気分がある。怜悧(れいり)に分析して対中戦略を立てなければ、対抗できないばかりか共存さえ難しいとよく語りあったのを思い出す」

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 ■台湾の最大の理解者

 田久保忠衛杏林大学名誉教授の話「何度も対談したが、何よりも中国問題についての高い見識が印象深い。元台湾総統の李登輝氏とも親しく、台湾について日 本での最大の理解者であり続けた。日本と台湾の知識人の交流に尽力し、相互理解に果たした功績は比類ないものだった。数少ない保守系の中国問題専門家にし て、最高峰の人。国際的な人材育成に力を入れる国際教養大の学長として、優秀な人材を育てている最中だったので誠に残念だ」

 

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