2013年03月

いやはや、全柔連のスキャンダル発覚は止まるところを知らず、です。
 
上村春樹会長は自分が「被告」であるのに、「裁判官」のふりをしているようです。
 
日本の柔道はこのような人物の占有物ではありません。
 
いまの全柔連は音を立てて崩れているという感じです。
 
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【主張】全柔連の不祥事 執行部の一新で出直しを
2013年03月20日 産経新聞 東京朝刊 総合・内政面

 女子代表への暴力指導や強化委員会の内部留保金問題に揺れる全日本柔道連盟は、上村春樹会長ら執行部全員の続投を決めた。およそ一般常識からかけ離れている。

全柔連は執行部を一新し、思い切った若返りで出直しを図るべきだ。

留任する上村会長は「第三者委員会の提言を実行していくことが私の責任」と語った。

だが、暴力指導問題を検証した第三者委員会の笠間治雄委員長は提言に際し、全柔連を「組織として未成熟」と断じ、不祥事に対しては「組織の責任者が調査と 解明を率先してやるべきで、自らも含む適切な人事上の対応が求められる」と会長の引責に言及していたのではなかったか。

第三者委員会の答申後にはさらに、独立行政法人「日本スポーツ振興センター」から指導者に支給された強化のための助成金の一部を強化委員会が徴収し、内部留保金として懇親会費などにあてていた問題も発覚した。

度重なる不祥事を受け、会長ら執行部に何の引責処分もなく、全員が留任するという組織を、国内外の目はどう見るか。

全員続投を決めた理事会では、佐藤宣践副会長が執行部の進退を問うたが、追随する声はなく、「全員一枚岩」となることが決まったのだという。理事会には柔 道の創設者、嘉納治五郎氏の孫、嘉納行光講道館名誉館長や、理事の山下泰裕氏も出席していた。佐藤氏自身、副会長に留任した。

もはや組織の体をなしていないと批判されても抗弁できまい。

暴力指導問題も、内部留保金の問題も、発覚のきっかけは内部告発だった。いずれも全柔連内の主導権争いが絡み、「一枚岩」には程遠い状況にあるようだ。

柔道界では昭和58年、全柔連から学生柔道連盟が脱退し、泥沼の内紛劇を演じたことがある。決着には長い歳月を要し、しこりはその後も残された。

第三者委員会の笠間委員長は全柔連の体質について、「伝統に頭の中を支配されている」とも指摘した。提言は、執行部に法律家など複数の第三者を登用することや、女性理事を複数起用することも求めている。

併せて執行部を若返らせ、過去のしがらみを断ち切るときではないか。創始国として、世界に誇れる柔道界であってほしい。

  アメリカ映画「エンペラー」の紹介の最終部分です。

 

 日本ビジネスプレス「国際激流と日本」からです。

 

 原文へのリンクを以下につけます。                      

 

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37396

国際激流と日本

アメリカ映画が描いた昭和天皇

「エンペラー」を見て実感した日米関係の成熟

 

 

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日中戦争を描いた中国の映画とは大違い

 この映画は全米各地の新聞やテレビ、雑誌でも広く取り上げられた。そのうち私は新聞記事だけ十数本に目を通してみた。その中には「ワシントン・ポスト」や「ニューヨーク・タイムズ」という大手紙も含まれていた。映画評に徹した記事は少なく、大多数が話題とか歴史や社会の現象のニュースというふうに取り上げていた。

 

 それら新聞記事は内容はほとんどが「歴史の深遠な瞬間が本格的に描かれている」(デトロイト・ニューズ)とか、「史実とフィクションが上手に混ぜられて、アピールの強い映画となった」(ワシントン・ポスト)というふうに好意的だった。

 

 しかし一部には「日本軍の残虐行為への言及がないまま米軍の日本破壊だけが拡大されたのは不公平」(ニュージャージー州のスター・レジャー紙)という批判も表明された。日本側に甘すぎるという趣旨の指摘だった。

 

 私は中国に2年間、駐在した経験があり、その間、日中戦争をテーマとした中国側の映画やテレビドラマをかなりの数、見る結果となった。そのすべて が日本軍や日本人を残虐無比の極悪人としてのみ描いていた。今回のハリウッド映画はそんな中国映画とは正反対の日本人の描き方であることが強く印象に残っ た。

 なお、この映画「エンペラー」は日本では7月に上映される予定だという。

 (終わり)

 こんな記事を書きました。

 

 

【朝刊 国際】


【緯度経度】ワシントン・古森義久 「日本の防衛を負担するな」


 

 「昨夜、下院のある共和党議員との懇談で、米国はもう日本や欧州から米軍を撤退させたほうがよい、と告げられた。米国のこの財政緊縮の時代に他国の防衛を60年以上も引き受けるというのは無理だから、日本は自国の防衛には自国で責任を持つべきだ、というのだ」

 

 ワシントンの大手シンクタンク、アメリカン・エンタープライズ政策研究所(AEI)の日本部長、マイケル・オースリン氏がこう語ったのに驚いた。3月13日、日米同盟についてのAEIと日本国際問題研究所との合同セミナーでの発言だった。

 

 この集いの主眼が日米同盟の強化であり、著名な日本政治学者のオースリン氏自身、日米安全保障関係の強化論者として知られているから、意外だった。だがすぐに日米同盟の解消とか縮小という一部の意見にも対処すべきだという趣旨からの報告だとわかった。

 

 しかしそこで連想させられたのは、ニューヨーク・タイムズの3月5日付に大きく掲載された「カムホーム、アメリカ」という寄稿論文だった。若手の歴史学者としていま知名度を高めているサンディエゴ州立大学のエリザベス・コブス・ホフマン教授の一文だった。

 

 「イラクとアフガニスタンからの米軍撤退というならば、ドイツと日本からの撤退はどうだろうか」

 

 ソ連の脅威に備えて配備されたドイツや日本の米軍の意義はもう時代遅れであり、「日本はもう自分で自国を防衛する能力が完全にある」と述べる。「世界を守るのに軍事力は必要だが、日本などの同盟国はもう米国のその負担を引き継ぐべきだ」とも主張するのだった。

 

 その背景としてホフマン教授も「米国は予算の強制削減で今年だけでも850億ドル(約8兆448億円)を減らし、しかもその半分が国防費の削減となる時代に、外国の防衛に経費は使えない」と説明するのだった。

 

 共和党の下院議員と、ニューヨーク・タイムズの寄稿論文と、大ざっぱにいえば保守とリベラルの両翼から米国による日本防衛の縮小あるいは終結が唱えられ たのだ。ごく少数の極端な意見といえるだろうが、共通するのはいまの米国の財政危機を主要な理由とする点と、日本の防衛はもう日本が自国で担えと求める点 である。

 

 ふくれあがる財政赤字を抑えるためにオバマ政権が進める政府予算の強制削減の最大の切り込み先が国防費となっている現実をみれば、理屈としてこんな主張が出てくることも不自然ではない。

 

 中国の沖縄県・尖閣諸島への軍事威嚇をともなう攻勢や北朝鮮の核とミサイルの脅威の切迫で日本側でも国防の意識は高まっているようにみえる。しかし主体 はあくまで日米同盟、つまり米国の軍事力への依存だろう。それが戦後の日本のあり方そのものなのだ。だが米国のごく一部にせよ、日本の防衛をもう負担する なという声が出てきたことは知っておくべきである。

 

 日本側ではオバマ政権の「アジアへの旋回」策で日米同盟も強化されるという認識がいま主流だろう。だがAEIでのこのセミナーでヘリテージ財団のアジア 専門家、ブルース・クリングナー研究員が「このアジア旋回策は言葉だけで、米軍の実際の強化措置はなにも取られていない」と指摘したことも付記しておこ う。

 アメリカ映画「エンペラー」についてです。

 

 この映画に彩りを添えるのは、アメリカ軍人と日本女性の恋愛です。

 

 日本ビジネスプレス「国際激流と日本」からです。

 

 原文は以下のリンクです。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37396

国際激流と日本

アメリカ映画が描いた昭和天皇

「エンペラー」を見て実感した日米関係の成熟

  

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  ただし同元帥としては天皇を被告として追及すれば、日本側は一斉に抵抗し、戦争がまた始まることになると判断する。だから、できればなんとか天皇を 有罪扱いにはしたくない、と考えている。フェラーズ准将の必死の調査もその方向を目指して、天皇が開戦の決定には直接には関わっていなかったことを証する 事実関係をなんとか見つけようとする。

 

 このへんまでは歴史上の事実に沿った展開ではあるが、そこに明らかにフィクションのラブストーリーが大きくからんでくるために、映画全体が人間的 な感じを強くする。米国側の要人も日本側の要人もみな実在の人物たちばかりを並べているとはいえ、映画の直接の原作は小説である。

 

 

 その小説が描き出すフェラーズ准将の恋は一途な純愛なのだ。フェラーズ氏が日米開戦のずっと前に米国の大学で知り合った日本人女性を、廃墟のようになった戦後の日本で探そうとするのである。

 

 日本人女性は戦前の米国への留学生で、若きフェラーズ氏と恋仲になる。女性は戦争前に日本に帰るが、彼が日本を訪れ、再会する。だが日米両国の対 決が2人を引き離し、戦争が起きる。そして占領下の日本では、フェラーズ准将は天皇の戦争責任について調査する大任務を引き受けると同時に、かつての恋人 の行方を必死で探すのである。

 

 映画では、戦争行為自体については日本を攻撃するだけでなく、欧米諸国のアジア植民地支配や米国の日本への無差別爆撃に対する批判的な言葉も述べ られる。日本側の要人が「もし他国の領土を武力で奪うことが犯罪ならば、欧米諸国はみな日本よりもずっと先にその罪を犯してきた」などと語るのだ。

 

 米軍の1945年3月の東京大爆撃の模様も詳しく描かれ、戦後の日本側要人がその爆撃を非難するという場面もある。そしてなによりも、日本側の登場人物たちが天皇をはじめとしてみな人間らしくまともに描かれていた。

(つづく)

 

 アメリカの最新映画「エンペラー(天皇)」について再び報告します。

 

 日本ビジネスプレス「国際激流と日本」からです。

 

 原文へのリンクは以下です。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37396

国際激流と日本

アメリカ映画が描いた昭和天皇

「エンペラー」を見て実感した日米関係の成熟

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  昭和天皇の戦争責任を主題とするハリウッド映画「エンペラー(天 皇)」が3月上旬、米国各地で封切られた。米国マスコミはその主題の重さからこの映画の上映を一斉に報じ、その内容についても様々な角度から論評した。

 

  封 切りから10日ほどが過ぎたが、各地の映画館の興行成績でこの映画がトップを走っているという報道はない。成績は、まあそこそこという程度のようだ。

 

 しかし日本人としては当然ながら気にかかる映画である。封切り日の3月8日金曜日の午後、首都ワシントンの映画館に鑑賞に出かけてみた。まだ夕方 にもなっていなかったせいか、観客は少なかった。しかも中高年齢層がほとんどだった。やはりこの種の歴史ドラマは若い層にはそうアピールはしないのだろ う。

 

 だが映画の中身は、昭和天皇をはじめとして戦争の敗者の日本側人物たちにも人間的な光を当てていて、日本人の視点で見ても驚くほど公正だと思った。米国の一部の映画評ではこの映画は日本側に対して甘すぎるという批判が出るほどで、それもまた理解できた。

 

 1つの映画で国家や社会の全体の状況をあれこれ断じることはもちろん危険ではあるが、この映画を見て、少なくとも私は日本と米国が恩讐を乗り越えて本当に友好的な同盟国同士になったようだと、改めて実感したのだった。

人間らしく描かれていた日本人

 この米国映画「エンペラー」の主人公は、日本占領の連合国総司令部(GHQ)最高司令官マッカーサー元帥とその副官のボナー・フェラーズ准将であ る。タイトルの天皇ももちろん重要な役として登場するが、その他の日本側の終戦時の要人たちも顔をそろえる。近衛文麿、東条英機、木戸幸一らがそれぞれに 生き生きと描かれる。

 

 中心に立つのはトミー・リー・ジョーンズが演じるマッカーサー元帥で、映画の中で知日派とされるフェラーズ准将役のマシュー・フォックスも熱演す る。舞台は敗戦直後の東京である。マッカーサー元帥がフェラーズ准将に「天皇が開戦にどれほど責任があったかを10日間で調査し、裁判にかけるか否かを決 めよ」と命令する。

(つづく)

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