2015年06月



[古森義久]【アメリカでも「韓国疲れ」広まる】~韓国の反日「強迫観念」とは~


古森義久(ジャーナリスト/国際教養大学 客員教授)

「古森義久の内外透視」

執筆記事プロフィールBlog

韓国はなぜ日本をここまで目の仇にするのだろう。郵便ポストが赤いのも、カラスが黒いのも、みんな日本が悪いのよ、だなんて、慨嘆したくなるほどの日本叩 きぶりなのだ。その韓国官民の反日傾向についての冷徹な分析がアメリカ人の気鋭の学者によって発表された。アメリカ側でのこうした新たな韓国分析はオバマ 政権の韓国批判にもつながりかねない現象である。

この分析はアメリカ人政治学者で現在は韓国の釜山国立大学准教授を務めるロバート・ケリー氏によりオーストラリアの外交雑誌「ディプロマット」最新 号掲載の論文として発表された。同論文はワシントンのアジア政策関係者たちが加わるインターネット論壇でも紹介され、すぐにオバマ政権内外で大きな話題の 的となった。この論文は「なぜ韓国はここまで日本に妄念を抱くのか」と題され、韓国官民の反日を病理的な「強迫観念(オブセッション)」とまで評してい た。

ケリー教授は同論文では自分自身の韓国暮らしの体験を基にまず述べる。「韓国で少しでも生活すれば、韓国全体が日本に対し異様なほど否定的な執着を 抱いていることが誰の目にも明白となる」そしてその「異様なほどの反日」の実例として韓国の子供たちの旧日本兵狙撃遊びから日本軍国主義復活論やアメリカ 国内での慰安婦像建設ロビー工作までを指摘する。

そのうえで同教授はこれほどの官民一体の日本叩きは70年前までの歴史だけが原因だとは思えないとして以下の骨子の説明と分析を述べていた。

「韓国の反日は単なる感情や政治を超えて、民族や国家のアイデンティティー(自己認識)の自分中心の探求に近い」

「だが民族の純粋性を強調することでは北朝鮮には劣ってしまい、国家の民主主義を強調するには人的コネや汚職が多すぎる」

「だから日本を悪と位置づけ、叩き続けることが韓国の民族の純粋性のレジティマシー(正当性)誇示の絶好の方法となる」

「韓国の国家や民族の正当性の主張は韓国の存在自体を否定する北朝鮮に向けられるべきなのに、日本叩きをその代替の安易な解決法としているのだ」

韓国の勝手な都合で日本が身代わり標的にされているという趣旨なのだ。日本の政治家や学者が同じことを述べたら大変な事態となるだろう。だがアメリ カ側でのいまの議論ではこうした分析への賛同が明らかに増えている。ケリー教授自身がこの5月には「日本の『韓国疲れ』がついにアメリカでも広まり始め た」という論文を発表したほどなのだ。「韓国疲れ」とは「韓国の文句にはもううんざり」という現象を指す。

事実、オバマ政権のウェンディ・シャーマン国務次官は最近の訪韓で歴史問題について韓国に注文をつけ、韓国側の反発をかった。ブッシュ前政権の国家 安全保障会議でアジアや韓国を担当したビクター・チャ氏やマイケル・グリーン氏も最近は韓国の対日姿勢への批判をにじませるようになった。

さらに興味深いのは慰安婦問題で日本を長年、叩いてきたコネチカット大学のアレクシス・ダデン教授が韓国政府高官に「朴槿惠大統領の訪米では日本に 触れないことをワシントンも望んでいる」と助言したという報道である。韓国の反日態度の実態がアメリカ側でもやっとわかるようになり、日韓関係の真実まで が浮かび上がったと思いたいところだ。



継承する前に中身を見直したほうがいい村山談話

日清戦争も日露戦争も日本による「侵略」だった?

2015.6.24(水) 古森 義久
日露戦争で活躍した戦艦「三笠」。神奈川県横須賀市の三笠公園にて(写真:Wikipedia)



 日露戦争は日本による侵略だったのか――安倍晋三首相の戦後70年談話のベースになると見られる村山談話には、どうしてもこんな疑問が浮かび上がる。

 2015年8月15日に発表される日本の戦後70年談話の内容が、国際的に大きな関心を集めている。最大の焦点は、1995年の戦後50周年の際に出された村山富市首相(当時)の談話を、安倍首相がどこまで引用し繰り返すか、である。

「植民地支配」「侵略」「心からのお詫び」は繰り返されるのか?

 特に注視されるのは、安倍首相が村山談話の以下の部分をその言葉通りに自分の談話で表明するか否か、であろう。


 村山談話の中核となるその部分とは次の記述である。


「わが国は遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア 諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は未来に過ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここに改め て痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」


(つづく)






継承する前に中身を見直したほうがいい村山談話

日清戦争も日露戦争も日本による「侵略」だった?

2015.6.24(水) 古森 義久
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日露戦争で活躍した戦艦「三笠」。神奈川県横須賀市の三笠公園にて(写真:Google)

 


  日露戦争は日本による侵略だったのか――安倍晋三首相の戦後70年談話のベースになると見られる村山談話には、どうしてもこんな疑問が浮かび上がる。


 2015年8月15日に発表される日本の戦後70年談話の内容が、国際的に大きな関心を集めている。最大の焦点は、1995年の戦後50周年の際に出された村山富市首相(当時)の談話を、安倍首相がどこまで引用し繰り返すか、である。

「植民地支配」「侵略」「心からのお詫び」は繰り返されるのか?

 特に注視されるのは、安倍首相が村山談話の以下の部分をその言葉通りに自分の談話で表明するか否か、であろう。

 村山談話の中核となるその部分とは次の記述である。

「わが国は遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア 諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は未来に過ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここに改め て痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」


(つづく)


朝日新聞は自分たちと意見を異にする相手には、不快感や負のイメージふんぷんのレッテルを貼って、
非難することが上手です。

そのレッテル貼りには相手を実際とは異なる邪悪な存在に描こうとする「悪魔化」が含まれています。

その朝日新聞が安倍晋三首相の「レッテル貼り批判」を批判しています。

こういうの、古いことわざになにかありましたよね。

.政治  投稿日:2015/6/22

[古森義久]【朝日新聞のレッテル語法に抗議する】~安倍首相の“レッテル貼り批判”の批判を読んで~


 

古森義久(ジャーナリスト/国際教養大学 客員教授)

「古森義久の内外透視」

執筆記事プロフィールBlog

朝日新聞6月21日朝刊に「レッテル貼り 首相が警戒 そのワケは」という見出しの記事があるのを一読して、思わず笑ってしまった。

記事は安倍晋三首相が最近の国会答弁などで「レッテル貼りはやめてほしい」と 述べることを批判的に取りあげた内容だった。

だがレッテル言葉の多用乱発といえば、まさに朝日新聞自身が長年のチャンピオンだからだ。


レッテル貼り、つまりレッテル言葉の貼りつけとは「負の響きだけの意味不明な言葉で一方的に好ましくない決めつけをする」ことだといえる。


私は朝日 新聞のこのレッテル貼りの悪慣行をもう30年以上も前から実例をあげて指摘してきた。詳しくは『朝日新聞の大研究』(扶桑社文庫)、『なにがおかしいの か? 朝日新聞』(海竜社)、『朝日新聞は日本の「宝」である』(ビジネス社)などという自著で説明してきた。


実例をあげるならば、日本の防衛の重要性を説く側への「タカ派」「右寄り」、集団的自衛権の行使や憲法の改正を主張する側には「軍国主義志向」「戦 前復帰」「いつか来た道」などというレッテルである。


日本の防衛費の増加を主張することがなぜ「タカ」であり、「右翼」なのかの説明はない。


あるのは響き の悪い単純な用語での決めつけである。


朝日新聞のもうちょっと手のこんだレッテル言葉としては「前のめり」という例がある。日米同盟を強化する。中国への抑止力を高める。そんな朝日新聞の主張に反する政策はみな「前のめり」となる。


「前のめり」も「後のめり」もネガティブな響きだけの意味不明の表現である。


似たような範囲の表現では「ことさら」「やみくも」「必要以上に」「言いたてる」というのもあった。


いずれも朝日新聞が反対する言動に浴びせる形容 的な言葉なのだ。日米共同のミサイル防衛網の構想が進みそうになると、朝日新聞は「ミサイルごっこの仮想現実」とか「この高揚感が危ない」と表現を使って 反対した。


みな最初に悪の断定ありきのレッテル言葉である。


朝日新聞は小泉純一郎首相の政策を評して「ファシズムか『小泉酔い』か」という見出しでおちょくった。小泉氏をヒトラーになぞらえる露骨なレッテル貼り語法だった。


今回の朝日新聞の記事は安倍首相がレッテル貼りへの批判を述べることを逆に批判して、「説明不足」だと非難する。この「説明不足」という点こそ朝日新聞の年来のレッテル語法への抗議として強調したい。




米国もとうとう「韓国にはうんざり」

中国の脅威増大で日韓関係の改善を望むオバマ政権

2015.6.17(水) 古森 義久
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韓国大統領は「毒蛇」、北朝鮮が恐怖政治発言めぐり反撃

韓国ソウルの大統領府(青瓦台)でジョン・ケリー米国務長官の到着を待つ朴槿恵(パク・クネ)大統領(2015年5月18日撮影)。(c)AFP/SAUL LOEB〔AFPBB News


「韓国疲れ」が日本から米国にも広がりつつある――。


 米韓関係や日韓関係に詳しい米国研究者がこんな考察を明らかにした。


 ワシントンでは "Korea fatigue" と言う。歴史問題を理由に韓国側から非難に次ぐ非難を浴びせられる日本側が、韓国との関係を真面目に考えることに嫌気がさし、「韓国にはもううんざり」と相手にしたくなくなる状況を、米国側の識者がそう表現してきた。


 その現象がついに米側にも出てきたというのである。韓国の政府周辺では、米国での「韓国疲れ」の広がりを気にする反応も生まれてきたようだ。

「アメリカも日本と同様に『韓国疲れ』なのか?」

 米国での「韓国疲れ」の広がりを正面から指摘したのは、米国人学者で、現在、韓国の釜山国立大学の准教授を務めるロバート・ケリー氏である。ケリー氏はオハイオ州立大学で政治学の博士号を得て、特に東アジアの政治や国際関係を専門としてきた。


 ケリー氏はこの5月から6月にかけて、米国のインターネット論壇やオーストラリアの外交雑誌に「アメリカも日本と同様に『韓国疲れ』なのか?」と題する論文を発表した。論文の中心点は以下の記述だった。

(つづく)

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